第6話

 日が沈み商売に出た真楼は不穏な空気を感じた。今日は街の雰囲気がピリピリしてやがる。

 取締りの網の目をくぐり客にラーメンをつくりながら、周囲の様子をうかがう。

 夜も更けて、ピリピリの原因がわかった。機動隊のブルーとホワイトの輸送車がずらっと路駐してあった。なにかあるらしい。

 屋台で街を流す。

 機動隊、それに、ラーメン取締官だ。建物の入り口に殺到している。ガサ入れか。

 あの前でラーメンをつくったことがある。若者が集まるクラブがはいっているはずだ。黒服がVIPルームの客にラーメンを運んでいた。ラーメン禁止法以前の話だ。

 真楼にも事情が飲み込めてきた。あたりをつけ、先回りする。屋台を街灯と街灯の間に駐め、時を待つ。

 男がふたり、目の前の交差点に駆け出て、首を振る。どちらに進路を取ろうか迷っている風だ。

 真楼はエンジンをかけ、ハイビームで男たちを照らす。ふたりは腕をかざして目をかばう。

 窓を開け顔を出す。

「近くなら乗ってくか」

 駆け寄ってきた男達は、おやっさんと声をかけてきた。何度かラーメンを食わせたことのある客だ。見覚えがある。男達を屋台部分に押し込んだ。

 真楼は車を走らせた。途中誰かに見咎められることもなく到着した。

 車をガレージに入れ、シャッターを降ろす。屋台から男達を出してやる。

「おやっさん、ここは?」

「俺のヤサだ。あがっていけ」

 ガレージのドアから自宅へあがる。

「くつろいでくれ」

 畳の部屋に低いテーブル。男達はあぐらを組んですわり、あちこち見回す。

 真楼は酒とコップを用意した。つまみはチャーシューだ。

「で、なにがあった」

 男達はチャーシューを噛み切るところだったり、コップに口をつけたところだったりした。

 ひとりは真面目そうな公務員タイプ。もう一人は、なんといったものか、旅人? そんなどこか逞しさとだらしなさが共存している。

「クラブの奥でラーメンを作ってVIPルームの客に食わせるんですよ。俺たちも一枚噛んでたんですけどね。客として食いに行くこともあったし」

 真面目そうなほうが、チャーシューやわらかくてうまいすねとはさんでからつづける。

「今夜ガサ入れがあって、ラーメン取締官だって騒いでいるのが奥にも聞こえてきて、つれてきてた元ラーメン屋を逃がしたりして」

 コップの酒をあおる。

「直後ですよ、厨房の裏口から逃げようってときにやつらがはいってきて。目撃しました。だしのスープを流しにあけちまって。ぶん殴りに行こうかと思いましたよ」

「そうか。チャーシューな、師匠の直伝なんだ」

「おやっさんに師匠がいて、修業時代があったんですね」

「まあな。そりゃあ厳しい師匠だったよ。新しいのがやってきちゃ、どんどん逃げ出してくんだ。逃げなきゃ追い出すしな。まともに独り立ちしたのは俺くれえだ」

 旅人風の方がチャーシューを頬張ってから立ち上がる。顔が赤い。

「おやっさん、俺たちはやりますよ。こうなったらもう戦いだ。国を倒す。そして、国の食べ物をラーメンにしてやります」

「国のトリ、トキみてえなもんか」

「トキなんて絶滅したじゃないですか。縁起が悪い」

「そうだっけか」

「ともかく、ラーメンを食べる自由を取り返して見せます」

 真面目な方も立ち上がっていた。考えは同じらしい。

「慎重にやれよ」

「おやっさんは手伝ってくれないんですか」

「俺は俺のやり方だな」

「じゃあ、ラーメンのために」

「ラーメンのために」

 コップを差し上げてから、一気に飲み干した。酒が喉にしみた。


 夜が明けて、雑魚寝から起きたふたりは礼を言って帰っていった。

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