第37話 茶会 クレアside

 復讐を誓ったあの日から、一週間が経った。


 私は――


「ふふっ。ふふふ、あははは!」

 高らかに、自室に笑い声を響かせる。


(なによ。ディアナなんて雑魚じゃない!)


 それは、勝者故の高慢。勝利の愉悦に浸っていた。


 よくよく見れば、彼女が私に勝っていることなどほとんど無い。強いて言えば勉学。しかし、それも皇帝になるに当たって特段、必要というわけでもない。


 皇帝になる者にとって最も必要なもの。それは知でもなければ、武でもない。


 それは――人。人を束ね、人を率いること。少なくとも私はそう教えられてきたし、私だってそれに納得している。


 この一週間。ディアナを見ていてわかったけど、彼女はいつも一人だった。


 授業は前の席で受け、周りには誰もいない。休み時間になっても、誰とも話す様子もなく一人で何かを熱心に読んでいる。昼も一人。登校も一人。下校も一人。


 それに比べ、私の周りには常に人がいる。そして、その中心は私。比べれば歴然だ。ディアナなんて私の敵ではない。


(それでも……)


 入学式での彼女の挨拶がチラつく。


 ひとりぼっちのくせに、堂々としたその姿を見て私は――


「お嬢様」

 従者の声に意識を浮上させる。


「え、ええ」

「明日のお茶会のことですが……」

「ええ、それは……」


(ううん。今は明日のことに気を向けないと)

 気持ちを切り替え、明日のお茶会に思考を巡らせる。



――翌日。


「――です。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

「ええ。今日は楽しんでいってちょうだい」


(ふぅ。あと、一人ね)


 今日はウェストの勢力拡大のためのお茶会。生徒の中から様々な方面の人を誘っている。


「こちらです」

「は、はい」


(これで、全員ね)

 と思い、席に座った生徒を見る。そこには――


(な、なんで彼女がここに……)


 そこにいたのは私と同じ次期皇帝候補の一角、ディアナ=デア=サウス。


「あ、あなた」

「はい」

 こちらを見るその顔は、この一週間注視してきた彼女そのものであった。

「ディアナ=デア=サウス……どうして……」


 呼んでいないはずの彼女の来訪に戸惑いを隠せない。


「え、あ……よろしく」


(い、いけない。戸惑っている姿をみんなにみせるわけには……)


「……ふんっ。まぁ、いいわ」


(ふぅ。落ち着かないと……とにかく全員揃ったわね。それにしても、どうして彼女がここに……彼女が仕掛けてきた? それなら、上等よ……返り討ちにしてやるわ!)


「みんな、今日は私、クレア=レア=ウェストの招待に応じてくれてありがとう。存分に楽しんでいってちょうだい。では……お茶会を始めましょう」


 気分を新たに、お茶会の始まりを告げる。


 私を中心に誰にも触れるように会話を広げていき、会場は徐々に賑わいを増していく。

 

 その間、さりげなくディアナの動向を見守っていたが、彼女は何も仕掛けてくることもなく、お菓子に手をつけることもなかった。


(いったい、どういうつもりで……)


 彼女の真意を測りかねていた。彼女だけに触れないのも不自然な気がして、とりあえずお菓子を勧めてみる。


「どうぞ遠慮せずに食べて」

「あ、ありがと」


 そういうも、相変わらず彼女は目前のお菓子に手をつけることはなかった。


 彼女の目前のお菓子は、この日のために私お抱えの職人が開発した新作のケーキ。私も味を見、自信を持っていた。


 いつまで経っても手をつけない様子に苛立ちが募っていた。


「ほら」


 そして――遂には彼女の口にケーキを突っ込んでいた。


「むぐ!」


(は! や、やっちゃった……)

 ディアナを見ると彼女の瞳は深紅に染まっていて、やはり強い怒りを表していた。


(ここで怖じ気づくわけには……っ、このまま――)


 何も気づいていない体で、勢いのままに言葉を放つ。


「どうよ! ウェストのシェフ新作、このケーキの味は!」


 その気迫とは裏腹に内心はびくびく。更なる怒りを買うことさえ想像していたが、彼女の表情は想定していたものではなく――


「ん? あ、うん……美味しかった」


 ぽかん、とした表情。それが美味しいという感想がお世辞などではないことを証明していた。


「ふふふ。もちろんよ!」


 それからというもの、彼女はそれまでを挽回するかのような勢いで周囲のお菓子に次々と手をつけていった。普段の彼女からは考えられない、その様子がおかしくて私は笑いを抑えられなかった。


「ディアナ」

「うん?」


 今もひたすらお菓子に手をつけているその様子に既に『仕掛けに来た』なんて考えはなくなっていた。単純に考えて彼女がここに来た目的、それは『私の下につき、私に守ってもらいたい』これしかないと考えを改めた。


「これ、受け取りなさい」

「ん?」


 差し出したのは十字架をかたどったバッジ。それはウェストの象徴。私の下に集う者の証。


 手のひらの上のそれをしばらく眺めた後、彼女は「ありがと」と心底嬉しそうに感謝の言葉を口にした。


「ふん」


 そのやりとりが、なんだか照れくさくて。どうにも口元が思い通りに動かなくて。そんな顔は恥ずかしくて見せられなかった。


(もう、なんなの)


 それからというものディアナと何を話したら良いかわからず、一言も話さないままお茶会は幕を閉じた。


side???


「激昂姫?」

「うん、ディアナ様。みんなそう呼んでるよ」

「なんで激昂姫なの?」

「うーん。なんでだろうね。多分、いつも怒っているからとかじゃない。あ、私、寮だからまたね〜」

「うん」


 お茶会の帰り道。同級生と別れ一人、寮へと足を向ける。


「はぁ、残念。ディアナをクレアにぶつけるとこまではうまくいったんだけど……結局、なにも起こんなかったかぁ。まぁ、けど……」


 その台詞とは裏腹に少女は笑みを浮かべ、足取りは軽やかなものであった。


「ふふふっ」


 誰にも聞かれず、少女の声は虚空に消えていく。

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