第27話 別離
目を開けると――そこには知らない天井が広がっていた。
(あれ? 私は、確かお嬢様の髪を……)
わからない。何故、私はベッドに寝ているのか。
(お嬢様は……)
その影を求め、身体を起こす。
「ぁ……お母さん!」
レイラは喜色を露わにこちらを見ていた。
「レイラ? どうして――」
突如として間近に迫ったその顔には涙が浮かんでいた。
両腕はしっかりと私の身体を抱きしめて離さない。
「心配……したん、だよ。お母さんがいなくなったら、私……」
「レイラ……」
なにもわからないままに抱きしめ返す。
ただ、その感情だけはとても伝わってくる。
(今日は、よく抱きつかれる日ね)
レイラが落ち着き、離れたところで今の状況を聞いた。
「うん、お嬢様が言うには――」
どうやら私は突然倒れたらしくその後、部屋を移されこのベッドにいたらしい。
「ごめんなさい。心配をかけたわね」
「もう大丈夫なの?」
最近はあまり眠れておらず、疲れがたまった結果なのだろうと考えた。
「ええ、大丈夫よ。それで、お嬢様は」
辺りに見当たらず、部屋にいるのかと思ったが一応聞いておく。
「それが……突然、走って行っちゃって今はどこにいるか」
(え……)
あの大人しいお嬢様が走って勝手にどこかへ行ってしまった。今まで、そのようなことは一度も無く心配になる。
「そう……」
さすがに城からは出ていないはず。といっても城は広大で何処に行ったのか検討のつけようもない。
しかし、探さないという選択肢は初めから無い。
「レイラ、お嬢様を探しに行きましょう」
「うん!」
お嬢様の服装、容姿は明らか人の目につき易い。そう考え、すれ違う人に話を聞き後を追って行った。
(お嬢様、どこに……)
見たという人は何人もいるのに見つからない。まるで雲を掴もうとでもしているかのような気分になる。
得体の知れない不安は焦燥へと変わる。
「ごめんなさい。私が、お嬢様を止めなかったから」
私の焦りを感じ取ったのか、そんなことを言わせてしまった。
「ううん。レイラ、あなたのせいじゃないわ。元々は私の――」
「昨日!」
突然、どこからか怒鳴り声が聞こえた。
(この声は)
声がした方向に急いで駆けつける。
「聞こえた……マリア、別れるって……どうして、なにが、どう、したら……」
部屋の中から聞こえてくるその悲痛な声に、たまらずドアを無作法に開けた。
「お嬢様!」
「マリ……ア?」
お嬢様は涙に濡れた深紅の瞳で唖然とこちらを見つめていた。それを認識するとすぐ、お嬢様を抱きしめた。
「違います、違うんです。お嬢様はなにも悪くないんです」
昨日の話を聞かれていた。しかし、あの件とぼかして言っていたから断片的な情報しか伝わっていなかったのだろう。さきほどの発言、お嬢様は私と離れることを自分に非があってのことだと勘違いしていた。
「お嬢様、よく聞いてください」
ここまでお嬢様の心を乱してしまったのも、全てはいままで言い出せなかった私の責任だ。
それを受け止め、覚悟を決めた。
「もうすぐ学園に入学することになりますが、それに当たってお嬢様には通学ではなく学生寮に入っていただきます。そのときはお嬢様、それと従者としてレイラの二人のみで」
「えっ」
レイラの驚いた声が聞こえた。
このことはレイラにも言っておらず、打ち明けるときは二人一緒にと決めていた。
「どう、して……マリアは?」
「それは……」
それはお互いを引き離すため。私がお嬢様と離れるため。
お嬢様の負担にはなりたくなかった。
それと、いづれお嬢様は多くの別れを経験する。自分が行き続ける中、周囲の人が死んでいくという状況の絶望をすこしでも軽減するために今回の別れを糧にして欲しかった。
「マリア、言いづらいようなら私が」
今はその言葉がとても魅力的に聞こえた。
「いえ……大丈夫です」
しかし、のるわけにはかない。
これは私の責任で、誰かに任せて良いものではない。
「お嬢様。私はお嬢様よりもはやく死にます。それは……わかりますね」
「わかん……ない、どう、して……」
お嬢様がそれを理解していないはずがなかった。
それでも理解したくないほど別れを惜しんでくれていることが分かり、嬉しかった。
「お嬢様も、本当はわかっているはずです。そうなったとき、私がいなくても大丈夫なようになっていただきたいのです」
「いや、だよ……そんなの」
その悲痛な声が胸に突き刺さる。
(私だって本当は別れたくない)
しかし、このまま私がお嬢様の側にいたところでそれは誰の成長にも繋がらない。
誰のためにもならない。
「大丈夫です。私がいなくなってもお嬢様はきっと一人になることはありません」
だからお嬢様には納得して欲しかった。
「違う!」
(お嬢、様……)
「マリア、だから!」
(そう、ですよね……)
「マリア、が、いいの!」
(私……だって……)
「お嬢……様……」
相手のことを抱きしめ合う。
それは互いを、互いに慰め合うように。
いつか涙が涸れるまで……
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