第22話 告白 マリアside

 いつもより早めに起き、身支度を済ませる。


「どう? 大丈夫かな?」

 レイラがそわそわと不安げに身だしなみについて聞いてくる。


「大丈夫。問題ないわ」


 どうやらプレゼントを渡すつもりらしく、お嬢様と会うとなるといつもこうだった。


「じゃあ、いってくるわね」

「いってらっしゃい」


 軽くノックをして部屋に入る。

「失礼します」


 足音を殺して静かに寄り、天幕をかき分けお嬢様が眠っているのを確認する。


「すぅ、すぅ」

 安らかな寝顔。

(本当にそっくりで……)

 ――様を思い出す。


(それに、こんなに大きくなられて……)

 生まれたときから見ていると、ここまで大きくなったことには感慨深いものがあった。


 起こさないように静かに部屋を誕生日仕様に飾り付け、準備は万端。


「お嬢様」

 耳元でささやいてみる……も起きない。


「お嬢様。起きてください。朝ですよ」

 肩を持って揺さぶる。最近のお嬢様はいつにも増して寝起きが悪い気がする。


「ふわぁ。ふぅ……マリア?」

「おはようございます、お嬢様」


 身支度、朝食を済ませると散歩――お嬢様の言うところの探索に出かける。


「お誕生日、おめでとうございます」

「ん、ありがと」

 行く先々で祝われるお嬢様を見ていると、私まで嬉しく感じてしまう。


 昼からは様々な贈り物を開封していく。まずは貴族の贈り物から。

 お嬢様はあまり衣類には興味が無いらしく、代わりに私が選んでいく。

 毎朝、私が選んだ服装をすこしの文句もなく着て、一日を過ごす。こういうところには不安を感じている。

 しかし宝石類・装飾品には興味があるらしく、そこは真剣に物色している様子であった。

 その価値にとらわれず、キラキラした物を純粋に楽しむ子供らしい様子には微笑ましい物があった。


 次に民からの贈り物。


(これは、下着……)

『何色?』

 そっとお嬢様から取り上げ、次に促す。

 時々こういうものがあるから油断できない。


 贈り物を見終わり、戻る時には外は暗く怪しげな空模様になっていた。

 部屋に戻ってきてすこしすると雨が降り出し、それを見たお嬢様の表情にはどこか陰がさしていた。


「お食事の用意が出来ましたので、行きましょう」

「うん」


 食事中、壁の側に立ってお嬢様を見守る。

 陛下とお嬢様。共に口数は少なく会話はわずかしかなかったが、それらからは十分にお互いのことを思いやる気持ちが感じられた。


「マリア」

「はい」


 食事の終わり、なにやら陛下に呼ばれた私はそれに応える。


「いかがなされましたか」

「ディアナに、真祖のことは」

「い、いえ、まだ……」

「そうか。もう、いいだろう。今日この後に伝えてくれ」

「はい。かしこまりました……」


 お嬢様ももう九歳。来年には学園に行かないといけない。そろそろ言わないといけないということは分かっていた。


 部屋に戻ってからはそのことを話すタイミングだけをずっと伺っていた。

 夜も更け、そろそろお嬢様が寝る時間。

 なかなか話を切り出せないまま、こんな時間まできてしまった。

 意を決して座っているお嬢様の後ろから話しかける。


「お嬢様、この帝国の成り立ちについて覚えていますか」

「うん」

 短い返事の中に戸惑いを感じた。


「その中にでてきた真祖という存在ですが……実は現在、一人だけ現代に存在することが確認されているんです」


 真祖だということは人より遙かに長い、五百年を生きるということ。


「その、一人というのは……」


 それを打ち明けたときお嬢様がどんな反応をするか。何度考えても答えは出なかった。


「実は……」


 賢者様に教えてもらえるほどの並外れた知性を持つお嬢様ならその事実を知って絶望する、なんてこともあるかもしれない。そうなったら……と考えると怖かった。


(しかし……言わなければいけない)


「お嬢様なんです!」

 このとき、近くに雷が落ちた。


「それに伴ってお嬢様も次期皇帝候補となります。いままで隠していて申し訳ありません!」

 それと同時に大きな音が鳴っていた。


 一瞬、意識をそちらに奪われるが、すぐにお嬢様の次の反応へと意識は戻った。

 お嬢様の反応は――


「いや……な……」

『嫌……なんで……』


 お嬢様のため、それとも自分のためか。後ろから抱きついた。


「お嬢様、大丈夫です!私たちがお支えします」


 咄嗟に出た言葉にはなんの根拠も説得力もなかった。


「マ、マリア、大丈夫、大丈夫、だから……」

 その声は震えていて弱々しく、痛ましかった。


「お嬢様!」

 抱きしめる腕に力が入る。

(もう、失いたくない)

 その一心で抱きしめる。ただ、それだけしかできなかった。


 それから気が気でない、私にとっては無限にも思える時間が経った。


「マリア、離して」

 その声は平坦で、なんの感情もうかがうことはできなかった。


「お嬢様……」

(だめだった……)

 そう思った。


「マリア」


 しかし次の言葉には力強い、確かな意思がこもっていた。


(まさか……)


「私、強くなる」

(お嬢様……)


「そして、生きる!」

(よかった……)


「はい、生きてください!」


 これからもなにかに打ちひしがれることがあるかもしれない。しかし、今日のことがあって分かった。

 お嬢様は転んでも起き上がれる、強い方だと。


(もう、私がいなくても……)


 ――そう。私がいなくても、大丈夫なほどに……

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