第11話 嫉妬

 自分を変えるために、勇者になると決意した。だからこんな状況を見過ごしてはいけないとわかっている。わかっているけど……


 ディアナは角から顔を少し出してその光景を覗いていた。


 そこにはうつむいている使用人の少女がいて、その少女を挟んで2人の女性が口々に少女のことを罵っていた。

 僕がどうしてこんな状況になっているのかというと――


 始まりは二日前、友達を作るための作戦からだった……

「マリア」

「なんでしょうか、お嬢様」

「使用人、やってみたい」

「料理人の次は使用人、ですか……」

「この城で、働く、みんなの、気持ち、知りたいから」

「お嬢様……」

(もらった)

 もちろん嘘だ。すべては友達を作るためだった。

「わかりました。全力で協力させていただきます」


 前回、料理人たちのとこへ行った時の敗因はわかっている。おそらくだけど、この髪の色だろう。あれから何度も城を探索して回ったけど、銀髪というのは一人もいなかった。そのことから今回は特に変装に力を入れてミッションに挑みたいと思う。

 友達を作るには同じ立場。やっぱりこれが大事だと思う。


「ありがと。今回は、本当、一人がいい。リアルな、現場、知りたい」

「それは……」

(やっぱりだめか)

「うーん……わかりました。今回はお一人ということで」

「本当! やった」

(まさか通るとは)

「では、二日後。その日は早く起こすので、明日は早めに寝てくださいね」

「わかった」

「では、今日もこれから探索ですか?」

「もちろん」


――というような会話があった2日後、早朝。


 身バレを防ぐためにマリアに髪を青色に染めて適当に髪型を変えてもらい、さらに伊達メガネをつけて準備は完了だ。前回は明らかに騎士と分かるあの男がいたということも問題だったが、一人でということを念入りに伝えておいてマリアも分かってくれていたようなのでそこも大丈夫なはずだ。


「行ってくる」

「お気をつけて」


 今日の僕は城の使用人を目指す遠方より来た田舎娘という設定だ。さすがに今の僕の姿を見て姫だと気づく人はいないだろう。

 マリアとの打ち合わせで城で働いている使用人にくっついて仕事を体験してみるということになった。てきとうな理由をつけてなんとかマリアにできるだけ僕と年の近い人を、と頼んでおいたからその人と、あわよくば他の人とも友達になりたいと考えている。


 集合地点の部屋につき、これから出会う人のことを想像して待っていると外から足音が聞こえてきた。


 ガチャ。


 黒髪の、おそらく僕と同じくらいの年であろう少女が入ってきた。


「あなた名前は?」

「ディナ……です」

 反射で名前を言ってしまったが今の立場を考えた結果、付け足すような敬語になってしまっていた。


(女の子か……)


 前世、男だったことから友達のいなかった僕でも男の気持ちなら多少は分かったが女子の気持ちとなると全くの管轄外だった。以前、女子と会話した記憶なんて、すでに遙か彼方まで飛んでいってしまっている。


「私はレイラです。あなたには今日は私についてきてもらって私の仕事を一通り体験してもらうことになります。いいですね。」

 淡々とした、全く感情の感じられない声色だった。

「はい……」

 すでにこの作戦の失敗がみえてきた。

「では、ついてきてください」


 彼女について廊下を歩いて行く。

「使用人の仕事にはいろいろありますがまずは掃除を体験してもらいます。ではこれを」


 そう言って渡されたのは一枚のぞうきんだった。


「ここを?」

 そこにはさすがは皇帝の居城といった長さの廊下がある。

「これで?」

視線を手のひらのぞうきんに移す。

「はい。とりあえずこの廊下をぞうきんがけしてください」


(なかなかにきつそうだけど……これも、彼女と仲良くなるためだ。ここは一生懸命にやって彼女の好感を得よう)


 両手をぞうきんの上にのせ、勢いよく廊下を駆ける。

 久しぶりの疾走感、風を切る感覚が心地良い。


 こうしていると小学生の頃を思い出す。周りが友達としゃべっている中で掃除という、やるべき作業を与えられていたことが唯一の救いだった。


 思い出すとなんか悲しくなってきた……


「……ィナ、ディナ! そんなに何度もしないでいいですから」

「はっ、はい」


 久しぶりの感覚に時間も忘れて浸ってしまっていたみたいで、やり過ぎたみたいだ。


(張り切りすぎて引かれた……かな?)


 彼女の表情がすこし引きつっているようにみえた。


「次、いきますよ」

「はいっ!」

(次で挽回だ!)


 ぞうきんがけはそれ一回きりでその後は洗濯、荷物を運んだりなんかもした。

 そのたび僕は全力を尽くし、真剣に取り組んだが彼女の反応は相変わらずだった。


「では、次はここを掃除してください。窓を開けて、ほこりを掃いておくだけで良いですから。私は隣をやってくるので、今日はこれでおしまいです。」


 遂には別々にすることになってしまった。


「はぁぁ、どうしよ」

 ほこりを払いながら、一人つぶやく。


 コツコツコツ……

 そうして悩みながらほこりを払い落としていると、隣に入っていく複数の足音が聞こえた。

 少し気になり、耳をそちらに傾ける。


「……なた……さ……」


 どうやら何か話しているようだ。


(まさか――友達? 友達と話しているのだろうか? 彼女が? 全く想像がつかない)


 彼女の話している様子が気になって角から少し顔を出してのぞき見る。


 純粋な好奇心から覗いたその先にあったのは友達同士の和やかな会話、などではなくうつむくレイラと彼女を罵る二人の女性という、悲しくなるような構図であった……

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