万華鏡
「ねえ、お隣いいかしら?」
「どうぞ、素敵なお嬢さん」
「ふふふお上手。お嬢さんなんて歳じゃないのよ、もう」
「その笑顔は、可憐な少女そのものですよ。宜しければ一杯ご馳走させて下さい」
「あら、嬉しい。それじゃあ貴方の言葉みたいに甘ーいカクテルを」
「マスター、こちらのレディにエンジェルズ.キッスを。飛びっきり甘くしてね」
「うふふ、可愛らしい。頂いたことのないわ。どんなお味なのかしら」
「それは来てのお楽しみ。貴女の前に僕の言葉が届く前にウンチクを披露してもいいかな?」
「お酒が届くのでは無くて、言葉?面白い事を言うのね」
「ははっ。それではお耳を拝借。人は、全てのものに名前や意味を付けたがる生き物なんだ。例えば花言葉って知っている?」
「ええ、詳しくないけど。青いバラが私好きなの。それだけ覚えているわ」
「不可能、だったかな?」
「あら、それはもう古いの。今は夢叶う。叶うことも届どくこともなかった物から希望が生まれるなんて、なんだか素敵でしょう?」
「御転婆で知的なレディに拍手を、ただ僕よりも美しい知識を披露されては、些か次の言葉を探してしまうよ」
「御免なさいね、雰囲気に酔ってしまったみたい。貴方の声にも。続けて下さる?」
「声にも、か。魔性な魅力も兼ね備えたレディとは恐れ入ったよ。では気分良く続けさせてもらうとカクテルにも花言葉と同じように、言葉の魔法がかかってるんだ」
「...夜が明ける前に溶けてしまう魔法かしら?」
「ガラスの靴の様に消えやしない永遠の魔法さ。例えば、僕の今飲んでるソルティドッグは寡黙」
「うふふ、とってもお喋りな貴方にぴったりね」
「笑って貰えてホッとしたよ。さて、マスター彼女に僕から送る恋文を届けてくれるかい?」
「あら、お名前の通り可愛いカクテルね。このチェリーは、天使の矢のハートかしら?」
「あはは、今から僕の言う通りに、動いてみてくれるかい?まず、左手で矢の端を持ってくれるかい?」
「ええ、こうかしら?」
「そう、そしたらグラスの縁でチェリーが先端に来るように引っ張ってみて。決して落としてはいけないよ。出来るかい?」
「意地悪な笑顔。ふふ、ほら上手に出来てるでしょう?」
「ああ、とても上手い。最後に左手から右手に矢を持ち替えてその真っ赤な果実をグラスの底に沈めてみて」
「これで恋に落ちる。なんて言ったら興ざめしちゃうわよ?...はい、どうかしら?」
「クリームの雲はどんな形になってる?」
「こんなに楽しいカクテル初めて!そうね、私には唇の形に見えるわ。貴方には?」
「僕には、ハートの形に。さあ、前置きがながくなったね。このカクテルで伝えるメッセージは見惚れて。無邪気に楽しむ君に言葉の通り見惚れしまったよ。今夜、この後は?」
「焦らないで。まだ一口も口をつけていないの」
「それは失礼。さあ、召し上がれ」
「頂戴します。.......うふふ、頬が綻ぶ程甘いわ。素敵なラブレターをありがとうございます」
「気に入って貰えたなら嬉しいな」
ring tone ringer.......
「ごめんなさい、携帯電話が貴方と私に嫉妬して 悪戯を仕掛けてきたみたい。少し席を外してもいいかしら?急ぎの電話なの」
「嫉妬だなんて、本気で心奪われそうだよ。行っておいで。ここでゆっくりjazzでも聞いているから」
jingle-jangle.....
タバコに火をつける。身体中に満ちる安心感と舌に残る若干の苦さが甘ったるい後味を消してくれた。
彼は私が右手で、携帯電話を操作したのに気づいただろうか?
ご馳走さま、素敵な紳士さん。
今夜は色っぽいミステリアスな才女という設定で振舞ってみたが思いのほかうまく行ったようだ。
美容院でセットした頭を掻き乱す。
2つ開けたブラウスのボタンを上まで閉めて眼鏡をかけたら0時の鐘が鳴る。
解けない魔法なんてありはしない。
今夜も違った。しっくり来ない。
秘密の私の趣味。毎晩違う女に成り済まして男性と少しばかり時間を共有する。
そうしてるうちに、いつかホンモノを見つけれる様な気がするから。
映し鏡みたい、どこまでも無限に広がる寂しさ。
それを埋めてくれる殿方はどこにいるのだろう。
明日はどんな女の子にしよう?
そうだ、真面目そうな文学ヲタクなんて愉快だ。
空を見上げると煌めく星が私を嘲笑うようにはためいた。
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