第36話 ざぁこざぁこ★


 どうやら忘れろビームに意味はなかったようだった。兵士が侵入を伝えたのか俺たちが城壁都市の中に入るとすぐに官吏に見つかって、追いかけ回されるようになった。せっかく侵入した都市から出るわけにも行かず、馬車を捨てて逃げまわる。そして、五人は薄暗い路地の中に落ち着いたのだった。


「はぁ、もう逃げるのには疲れましたよ。こんな状態で情報収集なんて無理なんじゃないんですかね」

「まあ、焦るな。逃げ過ごせばじきに厳戒態勢は収まる」

「そんな、メタルギアのアラートじゃあるまいし」

「……」

「……」


 ジャリヤとお互いに顔を合わせながら沈黙してしまう。


「藪をつついてスネークを出すな」

「はぁ~い……」


 面白くもないといった顔のジャリヤを放っておいて、残り三人の様子を確認する。シャーロットは鍛え方が違うのか全く息があがっていない。アルセンも髪をたくし上げながら周囲を警戒する余裕はあるようだ。しかし、問題はヘイスベルトであった。


「おいっ……まだ……走るのか……」

「少し走ったくらいで生まれたばかりの子鹿みてえに喘ぐんじゃねえ。まったく、情けねえ」

「なんだ……てめぇ……」

「怒ったか、皇太子様」

「今に見てろ……」


 そう言いながらもヘイスベルトは肩で呼吸をしていた。今すぐには動けそうにない。だが、追手も付いてきていない。少し休憩を挟んでから次に落ち着ける場所を探そうと思ったが矢先、が降りてきた。


「見つけちゃったあ! おじさんたち、もう逃げられないよ~!!」


 明らかに気配はしなかった。路地の前後からではなくは上から降ってきた。完全に警戒の範囲外だった。しかし、驚いたのはそれだけではない。見た目があまりにも戦うのに向いてなさそうな少女だったからだ。


「なんなんだ、こいつは」

「あはっ★ ざこ勇者! ざぁこざぁこ!」


 目の前の存在があまりにもステレオタイプの焼き増しすぎて頭が痛くなってきた。振り返ってジャリヤの方を見ると彼女は顎を擦りながらぶつぶつと何かを言っていた。


「これはいわゆるメスガキですね」

「ここってファンタジー世界だよな? そんな単語*いわゆらせたくないんだが」

「ファンタジー世界にメスガキが居るかどうかは非自明じゃないですか! 分からせましょう、勇者様」

「何をだ? 特殊相対性理論の講義でもしろってか」

「違いますよ、もちろんメスガキに分からせるものといえば――」

「黙れ、俺の人生が成人前にR-18になる」

「むぅ……」


 いずれにせよ、目の前にいる少女メスガキは仲間ではなさそうだ。どうにかして無力化する必要がある。だが、相手の出方が分からない以上こちらからも手を出せないのが現状だった。


「おい、俺たちを見つけてどうするつもりだ?」

「どうするって、ざこ皇太子を連れて行っておもちゃにするんだよ!」

「拷問か、まあそんなところだろうな」

「えーっと、拷問っていうか……。いや、まあ、確かに拷問なのかもしれないけど!!」


 少女メスガキは人差し指で頭をかきながら元気いっぱいにそういった。彼女の気が逸れた瞬間、シャーロットが俺の後ろから飛び出した。見つかったときのために事前に定めておいた通しサインを会話中に示していたのだ。シャーロットの攻撃が当たるまでの一瞬、俺は少女メスガキの動きを観察していた。


「今度はざこ剣士かあ。やっちゃうよ★」

「うぐっ!?」


 いきなり響く剣戟の音に俺たちは驚かざるを得なかった。シャーロットはぎりぎりのところで剣を構え直して、少女メスガキの一振りを受け止めたのだった。

 少女メスガキの服装は肩出しで露出度の高い軽装だ。ホルダーなどもない。剣を持っていたとしたらすぐに分かるはずだが、降りてきた瞬間には持っていなかった。

 少女メスガキの手にあった剣は少しすると風化するように消えていった。


「どういうことだ……?」

「あれは回復ヒールですね……」


 俺が呟いた疑問にジャリヤが答える。


回復ヒールだあ? とてもじゃないが回復ヒールしてるようには見えなかったがな」

「あー勇者様は『純粋回復ヒール批判』を読んでないんですね。やれやれ、残念な主人公ですね」

「もったいぶらずに教えろよ、致命的他動詞ぶっころがすぞ」

回復ヒールは存在者を別の存在形式へと作り変える魔法です。いわゆる“存在するとは別の仕方でオートレマン・ケトレ”を背景とした世界の明かし方の一つです。当初は確かに回復に用いられていたんですが、魔法構造に対する超越論的構造の考察が進んでから、そのイデア的な操作形式の外延が――」

「分からん。一言で言え」

「あーえー、コピー魔法です。正確じゃないけど」


 更に語りたそうな顔をするジャリヤを他所に少女メスガキに視線を戻す。コピー魔法を持っているとすれば、全ての攻撃と防御がこいつの技に還元されてしまう。狙うべきは短時間での一撃必殺、そんなことは誰にでも考えられることであった。しかし、どのようにして?

 俺たち五人は少女メスガキを前にして全く動くことが出来なかった。一方の少女メスガキは怪しげな笑みを浮かべる。


「ふふっ、この程度のパーティーにアンテールは負けちゃったんだねー! ざぁこざぁこ!!」

「何だと?」

「あれ怒っちゃったのかな~導火線も短いんだね★」

「お前今、アンテールって言ったか?」

「……?」


 からかっていた少女メスガキは怪訝そうに俺を見てきた。




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