第29話 問:戦わずに戦うにはどうすればいい


 埃煙の舞う中立ち上がる。次の攻撃を受ける前に策を練らなければならない。

 ジャリヤとシャーロットに目配せをしてから突貫した。


「シャーロットと共に詠唱中の隙を突いて奇襲する。砂利は後方から支援しろ」

「わ、分かりました!」


 ジャリヤの力強い応答と同時に目の前では二つ目の本棚が空中に持ち上がる。紫髪の少女――ナティア・クヴァラツヘリアは顔にニヤつきを湛え、こちらに視線を向けていた。


「何を訊きたいんかは知らんけど、あんたらは何も知ること無く土に帰ることになる」


 彼女は一歩も動くこと無く詠唱を続ける。しかし、彼我の距離は既に避けるには近すぎるものになっていた。攻撃方法は問わない。詠唱中、至近距離であれば防御のしようも無いはずだと踏んでの突貫。


「ええい、めんどくせえ!」


 アンテールの機銃魔法をイメージし、ナティアに向けてそれを発動する。体がいきなり重くなったのを感じる。戦闘に慣れていたアンテールでさえAMSを必要とした魔法、それを勇者のセンスというだけで使ってしまっている。それでもMP消費が急激なのが実感できていた。

 だが、こんなものを複数回も当てる必要はない。


(一回でも当たれば……!)


 だが、その希望は脆くも砕け散ることになった。


「甘いんねん、雑魚ヌーブが!」

「なっ――」


 詠唱と近接戦闘による隙を狙ったはずがナティアはこちらに完全に意識を向けていた。瞬間、目の前が爆煙で埋め尽くされる。ジャリヤの方へと尋常じゃないスピードで投げ飛ばされ、本棚に打ち付けられた。一瞬意識が切れて、戻る。酷い吐き気と血が引いていく感じがしていた。紫髪の少女が二重に見える。やっと、初めて死を意識した。

 立ち上がれない俺を振り返って見ているのはシャーロットだ。顔面蒼白の様子で構えも忘れて立ち尽くしている。


「勇者様!!」

「他人の心配をしてる場合やないで」

「くっ……!」


 シャーロットは剣を構え直してナティアに対峙する。しかし、次の攻撃を警戒してか接近しようとはしない。

 俺は血を吐いて、ナティアを真っ直ぐ見ようとした。振れる二つの像がなかなか一つにならない。故に焦点も合わずに視界がピンボケになっていた。


「はぁ、はぁっ……どういうことだ? 詠唱中は隙があるはずじゃ……」

「普通の呪術師だったら、そうだったかもしれんなあ」


 ナティアははぐらかすように言う。紫髪の少女は一歩ずつ楽しむように歩いて来ていた。嗜虐的で威圧的な歩みにシャーロットは後ずさりするしかなくなっていた。横で警戒を続けるジャリヤは何かに気づいたようで「そういえば」と声を漏らした。


「通常の呪術師は詠唱自体や集中が途切れれば魔法は発動しません。ですが、詠唱省略が出来るほどのスキルレベルの人間なら」

「そんなバカな話があるか」

「いや、単純な爆発を起こす魔法なら低レベル魔術師にでも出来る魔法です。それくらいであれば生理的な反応速度と同程度のレイテンシで省略詠唱が実現できるはずです」

「ファンタジーのクソが……」


 悪態を付くも状況は変わらない。身長を優に越える本棚を持ち上げている紫髪の変態がこちらに歩いて来ている。彼女の気が変わらなければ次の一撃で俺は仕留められるだろう。

 何か打開策は無いのか――そう考えている時だった。脳内にアイデアの電流が走った。


「ジャリヤ! シャーロット! 走るぞ」

「勇者様、いきなりどうしたんですの?」

「頭を打っておかしくなったのかもしれませんね……」


 酷い言われようだ。だが、この戦闘を終わらせるためにはこれ以外に方法がない。立ち上がってダンジョンの奥へと走り続ける。


「待って下さい、勇者様! そっちは出口側じゃないですよ!!」

「トチ狂って前後も分からなくなったんですわね……」

「酷え言い草だな! ともかく、こっちで合ってるんだ。黙って付いてこい!!」


 三人の動きをナティアが勿論逃すわけが無かった。浮かばせた本棚を投げつけてくる。

 しかし、飛んできた本棚は剣の一閃とともに上下に分離した。シャーロットの一振りによって綺麗に本棚は両断される。バラバラになった本棚はジャリヤの魔法で焼尽され、空中で消滅した。素晴らしい連携だったがナティアへの決定打になったわけではない。


「勇者様!!」

「とにかく前に進む、持ちこたえろ!」


 不審そうな呼びかけを怒鳴りつける。今はとにかく前進しなければならない。

 背後で矢継ぎ早に本棚が持ち上がる音がしていた。延々と本棚が続く道はナティアにとっては弾丸が無限に供給される弾倉だ。投げつけられる本棚はシャーロットとジャリヤの連携によって退けられ、俺達が過ぎ去った道の脇は地獄の様相をなしていた。しかも、後衛二人の疲労は目に見えて溜まっていた。

 走り続けていると俺達は行き止まりに突き当たった。振り返ってシャーロットとジャリヤに怪我がないことを確認する。怪我は無いにしても、二人の顔は失望に満ちていた。これ以上の逃げ場所はないのだから。


「逃げるにしてもまともな選択をするべきやったな」


 ナティアがじりじりと歩みを進める。最後の一撃を加えるために背後の本棚を浮かばせた。


「チェックメイトや……!」


 しかし、決め台詞を言った途端に地面が震え始めた。まるで地震のように足元がおぼつかなくなる。それは明確な予兆だった。

 驚いた様子でジャリヤは呟いた。


「ダンジョンが……消滅しようとしている?」

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