第16話 †語りえないことについては、沈黙するほかない†


「そういや、大賢者ってのは一体何なんだ?」


 翻訳魔術協会に向かう道すがら、俺とジャリヤは訊けていなかったことを手当たり次第に訊くことにしていた。彼女たち二人は今までと同じような装備で外面上は同じ、ジャリヤは軽装に関節を守る防具を付けていて、シャーロットは騎士団のときと同じような鎧から顔を出していた。

 ジャリヤは綺麗な金髪を陽光に煌かせて、こちらに振り向く。


「賢者というのは魔術師の中でも特段の実力を持つものに王室から与えられる称号なんですが、大賢者は彼らで合議して決められた賢者の最頂点のことですね」

「はあ、それでカトリーナ何とかとかいうのは公認されているうちで最強の魔術師ってわけか」

「はい、話によると王国第二の都市フォックス・ヨークオラを包囲した魔族の軍勢5000に対して彼女一人と数百人の低レベル魔術師で守りきっただとか、『語りえないことについてはロギッシュ・フィロゾフィッシェ、沈黙するほかない・アプハンドルンク』という超級魔法で一万の魔族を焼き払っただとか凄い話ばっかり聞きますね……」

「なんか聞いたことあるようなやつばっかりだな…… ま、まあ、市民を守るような人間なら話は通じるだろうよ」


 楽観的な俺の言葉に、シャーロットは難色を示すように首を振る。


「普通の貴族の考えていることなんて保身ばっかりですわ。私のように高貴で誉れを守って戦っている人間なんて数えるくらいしか居ないですもの。その話も脚色がありそうな気がしますわ」

「確かに彼女、国内最高の魔術師とだけあって余り表に出てこないんですよね。王宮の使いの身分である私でさえ日常的に顔色が伺えないから、腹の底で何を考えているのかも分からないですし」

「なんか、今更怖くなってきたな……」


 どんよりと重い空気が三人の間に漂う。

 もし、ジャリヤの話が本当なのであれば戦闘での勝ち目はほぼ無いだろう。気の難しい人物だったりすれば、話を誤解されて消しに掛かる可能性も無いわけではない。

 だが、そんな憂いは再考されることもなく、先導役のジャリヤが歩みを止めたことで断ち切られてしまった。


「そんなこんなで、結局着いちゃいましたね。翻訳魔術協会」


 ジャリヤが見上げる先には天高く聳え立つ尖塔を備えた協会のような建物があった。入り口には衛兵らしき兵士が甲冑を着けて立っている。ジャリヤは鉄門の先に進もうとするが兵士が槍を重ねて行く手を阻んだ。


「ここは関わりのある魔術師以外立ち入り禁止だ」

「通してください。大賢者様にお話があります」

「そんないきなり来て通すわけが無いだろう!」

「私が勇者様を連れた王宮の使いだと言ってもですか?」


 ジャリヤは首元からアクセサリーを出して兵士たちに見せつけた。とさかだけがリアルな図表化された鳥の線画が描かれたアクセサリーだ。それを見た兵士たちの目が窄まる。彼らはお互いの顔を見合わせて怪訝な顔をした。 


「“白水の社シュトルクトゥーア・デス・ヴァイスヴァッサース”……? 何故こんなところに」

「とにかくこの門を開けてください。さもなくばあなたたちの首が物理的に飛びますよ」


 ジャリヤの剣幕に兵士二人は怯んでいるようだった。行く手をふさいでいた槍も既に上げられていたが、彼らは何か異様なものを見るような目で彼女を見ていた。


「シャーロット、“白水の社シュトルクトゥーア・デス・ヴァイスヴァッサース”ってのは何なんだ? なんか、聞いたことがあるような、ないような……」

「王国の貴族家の一つで、数千年の間王宮に仕え続けている名家の一つですの……」

「……? シャーロットは名前を聞いたときに気づかなかったのか?」


 シャーロットは首を振って否定した。


「彼らは本当の苗字を決して明かそうとしませんし、後に継承もしませんの。ただ、親から子に受け継がれるのはあのネックレスだけで、あれを持っている者だけがその地位を認められるのです」

「なるほどな……」


 なんだか非常に重要な話を聞いたような気がしなくも無いが、当人は俺たちの話しているのもお構いなしにずかずかと構造物のほうへと向かっていた。入り口あたりで呆けた表情で空を見上げていた少女を彼女は捕まえていた。


「大賢者様はどこですか? 少しお話があってきたのですけど」

「え、えーっと、大賢者様はここに居るわ。でも……」

「お部屋まで連れて行ってもらえますかね?」


 少女は気圧されて何も言えないままに首をこくこくと縦に振っていた。ジャリヤのほうは何を焦っているのか威圧を解くつもりは無いようだった。なんだか可哀想に思えて、俺は少女とジャリヤの間に割って入る。


「俺が先頭に立つから、砂利は後ろに居ろ」

「で、でも、もしもの時は私が盾になれるように」

「らしくもねえ心配なんかすんじゃねえ。まったく、すっこんでろってんだよ」


 ジャリヤは俺の言葉を聞いて、肩を落としながら後ろに下がる。少し強く言い過ぎた気もしなくは無いが、少女が可哀想だからだとかは、口が裂けても言えない。

 先ほどまで気圧されていた少女を見る。身長は小学生かと見紛うほどの低身長、紫色のローブ姿で、フードの暗闇から伺うようにこちらを見てくる。暗い茜色の髪の毛にはオパールの遊色効果のような独特の光沢があった。瞳はオッドアイのようで片方は灰色で、もう片方は藍色だ。


「それじゃあ、案内するわね。こちらへどうぞ」


 少女はにかっと笑みを見せると歩き始めた。俺には何か違和感が感じられていたが、とりあえず少女の先導するがままについていくことにした。

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