第5話 困惑

「では撮りますの。はい、いーちゃんニッコリ笑ってくださいの。 きーちゃんいつも通り最高ですの」


 誰がいーちゃん? なんで俺こんな格好で水着の女の子と写真撮られてんの? どういう状況なのこれ? と男は頭でぐるぐる考えながら。陽菜の言うとおりに動き続けた。何も考えたくなくて、いっそ気持ちよくまでなっていたのだ。本当にどうかしていた。

 そして、気づいたら男は家のベットに横たわっていた。どうやって家に帰ったのかはわからない。どのような会話がなされたのかはもう分からない。今日の出来事は夢だったのではないかとも思った。しかし、それを否定するよう部屋にはウィッグに化粧品、かわいい丸文字での化粧の指南書が置かれていた。いろいろ考えようと思ったが考えるには男にとって今日の出来事はあまりにも脅威だった。

 そして、そのまま考えるのをやめて男は眠りについたのだった。


 朝起きて家を出る準備をする。いつも通り全く肉のつかない体を見ながらシャワーを浴びて歯磨きをしシャツを着、たばこを吸いながら髪を整えた。二回の乗り継ぎを経由し大学前駅で下車し、そのまま教室に入る。必修の教室は大教室などではなく高校のような教室だ。男の学部は外国語学部なので基本的にはこのサイズの教室でほぼ決まったメンバーと授業を受ける。高校生かよ

 あの出来事からすでに一週間男は家にこもってとにかく寝続けた。久しぶりの出席だった。というか今日はテスト前最後の授業だから流石に出ないと不味いという理性が寝ていたいという本能が働いた。


「おはよう」

「久しぶりだな。一週間くらい姿見なかったけど」

「寝てた」

「成長期かよ」


 軽口を交わすコイツは男の大学での数少ない人間の一人だった。


「で、本当は?」

「海で知り合った超絶美人に、化粧で女の子にされてショックで寝込んでいた」

「・・・大変だったな」


 友人は男に生暖かいまなざしを向けた。気持ちは分からなくもないが釈然としない


「まあ、いいや。それよりもさ。見てくれよ」


 まあいいやじゃねえと思ったもののこれ以上会話に広がりが見えないため、それ以上の反論はしなかった。そして男の動きに目を向ける


「これ!! みた? 」

「・・・こ、これ」


 そこに写っていたのは紛れもなく木島麻衣だった。木島麻衣ともう一人だった。


「・・・なにこれ」


 それを見た男はそう言葉を絞りだすのに精いっぱいだった、そこに写るもう一人は紛れもない自分だったのだから


「これ今、可愛すぎる謎のコスプレイヤーってのでバズりまくっている人だよ。すごいよなコレ。加工でもこうはならねえよ。どうなってんだこの肌ツヤ」

「どうもこうもねえよ。化粧水塗ってベースメイクしてんだよ!!!」


 と叫びそうになったが男はそれをなんとかグッとこらえた


「ちょっとそれ見せてくれない? 」

「いいぞいいぞ。かわいいもんなー」


 そういいながらスマホを渡してくれた。アップしている写真から戻りテキストを確認する。


『今日からレイヤーデビューのいーちゃんです!! 肌も白くて華奢で何よりも顔が美しい』


RT8万いいね21万


「やってんな!! コレ」

「どうした可愛すぎて頭いかれたか?」

「頭いかれてるのが少なくとも21万人もいることに絶望しているんだよ。」


男は大きくうなだれた。いや怖いなネット

男は恐る恐る友人に確認する


「ちなみにお前から見て、このいーちゃんはどう見える?」

「めちゃくちゃかわいいだろ。近くにこんな人がいたら迷わず告白してるわ」

「いや、マジ勘弁してください」

「なんでお前に俺の淡い恋心否定されなきゃいけないの? 」

「ガチ恋とかほんとマジでやめて?」

「お前でもそんな言葉知っているんだな。アイドルか何かにはまった?」


 普段、サブカルコンテンツに全く興味を示した事がない男からそんな言葉が出たことに友人は疑問に思った。同時に男はサブカルに詳しい友人に適当なことを言おうものならどうなるかを考え回答に窮屈しているとき不意に携帯がなった。


「お、」


なったのはどうもLINEの通知だった。


「ちょっと確認するわ」


 一言断りを入れて確認をする。それでなくても普段全く通知が来ないLINEの上、機種の古さから若干バージョンが追っつかなくて、バグっている節があり、たまに一件通知が来たらそのまま連動して来ることもあったが今回はレベルが違った。


「おおおおおおおおおおおおおおおおお」

「どうした?」


 通知が100件を超えたのは初めてだった。90%がきーひーコンビだった。


「迷惑メール?」

「ほ、ほぼ」

「ほぼってなんだよ」

「ね、何なんだろうねホントにね」

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