第8話 帰らぬ者

今日は朝から雨だった・・・

こんな日はお客様なんて期待できない・・・


昼食は軽食用に用意してたパスタを食べる・・・が、こんな暇な日に限って勇者も来ない・・・


自分用に入れたコーヒー、ガトーショコラを取り出し、店内にかかるジャズに身を委ねる・・・


優雅な昼下がりである・・・心は寒いが・・・


昨日来てくれた駆け出し君は薬草採集の真っただ中かな・・・


冒険者、特に新人のうちは雨が降ろうが仕事をしないと明日の食い扶持にも困る事になる。


まぁ、雪なら雪で他の仕事が出てきたりするから、どうにか食えるだろう・・・


そんなことを考えつつ、ただ一人の客も来ないまま時間が過ぎていく・・・


夕方を過ぎてもまだ雨は降り続ける・・・


まさに開店休業!


「明日の仕込み・・・しちまうかな」


・・・と言っても売れ残りは時間経過の無いインベントリの中だし、


勇者の弁当と俺の昼食くらいのもんだが・・・


たまには手の込んだ物を作ってみるかな


そう意気込んで厨房へ向かう


「ベヒモスの肉があったな・・・角煮でも作るか・・・」


・・・最近独り言が増えてきた


勇者発注のミートハンマーはまだ来てないから切った肉をとにかく叩く所からスタートである


東坡肉と行きたいところだが、ベヒモスの皮なんぞ煮ても焼いてもゴムみたいなもんでとても噛み切れん!


バラブロックを手順通りに煮れば東坡肉になるなんてのは勘違いも甚だしい


皮付きの豚バラ肉をつかってこその東坡肉だと俺は言いたい


ネットリとしたゼラチン質の皮があってこそだろう・・・


変な所にこだわる俺だが、某『山〇士郎』もそう言っていた!


脱線しまくりだな・・・


今回は基本的な豚の角煮である・・・ベヒモスが基本か?俺も相当異世界に毒されてきてる


肉の処理の前にゆで卵を作っておく


時間をかけて丁寧に肉を叩く


肉の繊維を叩ききっておかないと固くて食えないベヒモスさんである


まぁ、俺の飯だし、誰にも文句は言わさん!


文句を言う人も来ないんだが・・・


切った肉を鍋に入れ、ねぎの青い部分、しょうがと、たっぷりの水を入れ、中火にかける。


煮立ったらアクを取り、豚肉がゆで汁から出ないように、ときどき水を足しながら30分程ゆでる。


豚肉を取り出してざる等で水を切る。この際ゆで汁は取っておく


鍋に豚肉、ゆで汁、日本酒、砂糖と醤油を適量入れて、強火にかける。


煮立ったら弱火にし、ゆで卵を入れ、落としぶたをして、1時間ほど煮る。


落としぶたを取って中火にし、煮汁がとろりとするまで煮つめて完成となる


こんな気の長い料理をしてても、いまだ来客0である


多めに作ったので弁当の分以外は俺が楽しませてもらおう・・・


「しっかし、よく降るなぁ~」


雨が止む気配もなく歩行者も少ない・・・


そうだ!SPも余ってたから酒耐性を少し上げておこう・・・


新作カクテルを試飲するのにあった方が便利そうだ!


ステータスを開き、酒耐性のレベルを5まで上げる


「こんなもんだろ・・・足りなかったらもう少し振るとして、これで飲みながらでも仕事ができそうだ」


思い立ったが吉日という言葉がある。


早速、さっき作った角煮と日本酒を出す。ここでチョイスするのは八海山 純米吟醸


個人的に好きな銘柄です


バカラの アルルカン タンブラーで飲むのが俺流だ!


角煮をツマミに一口、もう一口と飲む・・・


「くーっ!至福!!」


塩で飲むのがいいってのも一理あるが、先にいいツマミができたんだから仕方がない!


ベヒモスうまし!濃厚な角煮の味を日本酒が洗い流す・・・


なかなかのコンビネーションだ!


・・・って俺も食レポには向いてないな・・・


1人で楽しんでるともう辺りは暗くなっている・・・


「もうこんな時間か~、この調子だともう1合は飲めそうだ・・・」


飲むと決めたら遠慮も我慢も無い男です。


結局2号の酒を飲んだ頃・・・


カランカラーンとベルが鳴る・・・


慌ててブレスケア


「いらっしゃいませ、濡れた外套はそちらのハンガーをご利用ください」


「あぁ・・・」


暗い雰囲気の30代前半に見える男性、腰のショートソード2本から察するにスカウトかな・・・


「お好きな席にどうぞ」


彼は無言でカウンター席に座る


「まずはエールで・・・」


「かしこまりました」


商業ギルド経由で仕入れた高級エールをビールグラスに注ぐ


「お待たせいたしました」


一口飲んで目を見開く


「・・・ジョス・・・」


そう呟くと一気にグラスを空ける


俺は無言だ・・・


「次は火酒をグラスで・・・」


火酒も商業ギルド経由で仕入れてある


ドワーフの酒職人が作った逸品だ


「どうぞ・・・」


彼は無言で酒を見てる・・・


おもむろに一口飲んで軽く咽るが、そのまま2口3口と喉を通す


「・・・ディーボ・・・」


小声で飲呟き・・・


グラスの残りを一気に飲み干す


盛大に咳き込む


「赤ワインとミードを・・・」


俺は無言で2杯のグラスを差し出す


グラスを一瞥し一つ大きなため息をついた後自分の膝に拳を打ち付ける


「・・・アイファ・・・」


と呟きワインを一気にあおる


続けざまにミードを片手に持ち


「シャーリー・・・」


という一言の後ゴクゴクとミードを飲む


俺は何も言わない・・・こんな飲み方をする人がたまにいる


冒険者なんて命がけの仕事をしてるんだ・・・


「・・・ふぅ・・・」


聞こえるくらい大きな息をつく・・・


「何も聞かないんだな・・・」


「・・・見当はついてますので・・・」


「そうか・・・少し愚痴に付き合ってくれ・・・」


彼の口から言葉が紡がれる


「俺達はこないだCランクに上がった青藍の片翼っていうパーティーだった。


ランクアップの試験に受かって浮かれてたよ・・・


ここまで上がるのも早かったしな・・・


シールダー、ウォリアー、メイジ、プリースト・・・そして俺がシーフ


バランスの取れたいいパーティーだったんだ。


そんで、調子に乗ってオークの集落討伐なんて馬鹿なものを受けちまった・・・


ほんと今思えば馬鹿だよな・・・


でも、あん時はみんな行けるって思ってたんだよ・・・みんな・・・さ・・・


集落の場所もすんなり見つけて、すごく順調だったんだ・・・


入口の見張りを俺が殺しきれなくて大声で呼ばれたら中からワラワラと出てきてな・・・」


その状況が目に浮かぶ・・・


何故そこで撤退しなかった?応援を求めるべきじゃ?


そう思ったが、駆け足でCランクまで上がり、『自分たちは強い』という自信からやれると思ったのだろう・・・


「たかがオークだ、勝てると思ったさ・・・俺達なら・・・


まぁ、思い上がりだったんだろうな・・・ジョスが足を取られて背中から・・・シールダーが潰れた後は無残だったぜ・・・


ディーボも善戦してたが数が多すぎた・・・、だんだん動きが鈍くなってな・・・


アイファとシャーリーはボコボコにされて引き吊られていった・・・


俺はアイファとシャーリーにオークが群がってる間に隠形で逃げ出したのさ・・・、あいつらを囮にして・・・


今頃は餌になってるか・・・孕み袋か・・・


あいつらの絶望の眼差しが今でも目に浮かぶんだよ・・・


恐怖を感じたね・・・死が現実に目の前にあるんだぜ・・・本当に怖かった・・・」


グラスの残った最後のミードを飲み切り一息尽く・・・


「ボロボロになりながらもギルドに辿り着いた俺はすぐさま報告したね


ちょうど勇者達が来てて一目散に駆け出して行った・・・


あのオークの集落は確実に潰されるだろう・・・が


万一、アイファとシャーリーが救出されても・・・合わす顔なんて・・・」


例え救出されても、心が死ぬ・・・


オークが朝晩にわたって交代で犯し続けるのだ・・・


性欲の限り・・・何度も何度も・・・


自我が残ってるだけでも幸いといえる・・・


そう、体の傷は魔法で癒せても、心の傷は治せないのだ。


「俺だけがおめおめと生き恥を晒している・・・


そう、俺以外は全滅したんだ・・・青藍の片翼は今日死んだ・・・」


何とも言えない空気が流れる・・・


こんな時、下手に声は掛けられない


慰めも、罵倒も、侮蔑も、上から目線のアドバイスなんて論外だ・・・


何を言っても追い打ちになるのだ・・・


「聞いてくれるだけで少しスッキリした・・・悪かったな、辛気臭い話で・・・」



「先程からの注文は、生前の彼らの好みですか?」


少し落ち着いたところで軽く話を振る


「あぁ、追悼って俺が言うのもなんだが、あいつらと飲んでた頃に戻りたくてな・・・」


「そうですか・・・」


しばらく無言が続く・・・


「もうパーティーを失ってどうすりゃいいかもわからない・・・


俺・・・どうしたらいいんだ・・・何をしたらいいんだ・・・


ただ、冒険者として最前線に繰り出す気力はもう無いよ・・・」


「身の振り方・・・ですか・・・」


「あぁ、あんたならどうする?」


「お気に障るかもしれませんが・・・私なら・・・Cランクまで上がった経験があるのですから後進を育成します。」


「後進の育成?」


「今、ギルドでは高ランクのクエストを受けられる人が減って困ってるそうです。


駆け出しの面倒を見ることで高ランクのメンバーを増やしたいって聞きました。


教官役なら仕事も斡旋してもらえると思います。」


「・・・あいつらみたいになる奴を減らすって事か・・・」


俺は軽く頷く・・・


「あいつらに対しての贖罪にもなるかな・・・」


「立ち止まられるよりは贖罪になるかと思います。」


「ありがとうな・・・もう少し落ち着いたらギルドの方に行ってみるよ・・・」


俺はその言葉を聞きカクテルを作り出す


シェイカーにブランデーとジンを半々で入れ、氷を投入


しっかりシェイクしてカクテルグラスへ・・・


そのカクテルは・・・


スターティング・オーバー・・・再出発という名のカクテル


「私からの奢りです、是非お飲みください」


「ん?これは・・・強いな・・・だが美味い・・・」


「このカクテルはスターティング・オーバー・・・再出発という意味を持つカクテルです。今、お客様には一番かと思いました」


「スターティング・オーバー・・・再出発・・・か・・・」


しみじみと一杯飲み干し支払いを済ませる。


「美味かった・・・また来る・・・」


そう言って外套をかぶり店を出て行った・・・




「勇者達はオークの集落ですか・・・閉店には間に合わなそうですね・・・」



勇者の晩飯を作り始める通常運転の俺だった・・・

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