第15話・息抜きのための趣味

 終業式が終わって数日後の夜、颯斗は自室で課題を終わらせようと机に座ってシャーペンをテキストに走らせていた。

 時刻は夜中の11時を回っており、課題が終わって颯斗はペンを置いてテキストを閉じ、両腕を上にあげて羽を伸ばす。

そんな時、玄関の扉が開く音が聞こえた。


・颯斗は語る

 今の音を俺は知っている……嵐斗がバイトから帰ってきた音だ。

ここ数日、アイツはお昼近くまで部屋を出ない……

起きたと思えばすぐにシャワーを浴びていつもの白のYシャツと黒のウエストベストとズボンを穿いて家を出ては遅ければこれぐらいの時間に家に帰ってくる。

 泥棒ではないだけまだましだが、最近のアイツは随分疲労しているのが見て解った。

浅い呼吸に眼の下にクマ……まだ頭はしっかり働いているが、完全に寝不足だ。

 いずれ限界が来る……ただ闇雲に貫徹でテスト勉強をして失敗した俺のように、いずれヘマをやらかしかねない。


 颯斗は椅子から腰を上げて嵐斗を迎えるために部屋を出た。

(嵐斗……いくら飃祖父ちゃんの孫とはいえ、張り切りすぎじゃないか?)

颯斗はそう思いながら階段を降りると、台所の冷蔵庫の前で麦茶を飲む嵐斗がいた。

 白のYシャツに黒のウエストベストにズボン、首に解いた黒のネクタイをかけた嵐斗に颯斗は「仕事終わったか?」と小声で尋ねると、嵐斗はコクコクと首を縦に振った。

両親は既に1階の寝室で寝ている……大声で話せば起こしてしまうだろう。

 話をする元気もなさそうだと思った颯斗は「早めに寝ろよ」と言い残して2階へ戻ろうとしたその時……

「遊びの時間だこらぁ!」←かなり小声

階段の上から現れたのは画面付きのゲームパッドを抱えて高いテンションとは真逆に小声でそう叫ぶネグリジェ姿の依吹だった。

 何のことだと頭の中に「!?」が出ていた颯斗とは台所から居間まで移動していた嵐斗は何かを思い出したかのように「そういや課題が終わったらゲームやる約束してたな」と小声で言って、3人揃って階段を上がる。

 颯斗は自室に戻ろうとしたが、嵐斗に左肩を掴まれ「偶には兄さんも付き合えよ?」と威圧的に言って、依吹も加勢するようにキラーンと両目を光らせて颯斗の左腕をガッチリ掴み、颯斗を嵐斗の部屋まで引き摺りこんだ。

 部屋に入って早々、颯斗は依吹にゲームパッドを渡され3人は藍色の座布団を敷いた床に輪になって座り、ゲームパッドのスイッチを入れた。


・颯斗は語る

 ゲーム機を持つなんて何年ぶりだろう? 最後にやったゲームソフトすらも覚えていない程だ。


 3人が始めたのはTPSゲーム、ポップでキュートなデザインのキャラクターが銃を撃つ全年齢対象のシューティングゲームである。

「右アナログパッドで狙いを定めてR2で射撃、移動は左アナログパッドでジャンプは×マークのボタン」

 嵐斗に操作方法のレクチャーを受けてから颯斗も参加してオンライン対戦を始めた。

依吹「颯斗お兄ちゃん、後ろから敵来てるよ?」

颯斗「あれ? 嵐斗、爆弾ってどのボタンで使ってる?」

嵐斗「兄さんの使ってるキャラだと使えないよ」

颯斗「へえ、キャラによって違うんだって……あっ! 死んだ!」

依吹「颯斗お兄ちゃん下手すぎ!」

カチカチとゲームパッドのボタンを押す音を鳴らしながら3人は和気藹々とゲームを楽しむ。


・颯斗は語る

 数年ぶりにやるゲームはとても楽しいが、それでも依吹の言う通り、嵐斗達に比べて絶望的に俺だけ下手くそすぎる。

 今思えば、俺には息抜きのための趣味が無い……嵐斗のようにサバゲーをやってるわけでも無ければ、依吹のように漫画を描いているわけでもない。

 趣味というモノは人によって様々だ……俺からしてみて、勉強が趣味だとするなら今までの生活も納得できるが、思い返してみれば、息抜きと呼ぶには難しいモノだ。

 手近に出来ることを趣味にするなら、ゲームが一番いいかもしれない。

今はまだプレイもおぼつかない下手くそだが、上達すれば立派な趣味にはなるだろう。


 7時間後……

夜が明け、朝日が外を照らす頃、嵐斗の扉が外からノックされた。

「アナタ達! もう8時よ!」

嵐斗と同じ赤髪のショートヘアでパジャマ姿の母親がそう言ってドアを開けると、奥から颯斗・嵐斗・依吹の順番で部屋の壁に背中を預けて電源の切れたゲームパッドを両手に握って寝ている3人の姿が映った。

「あら? この子達ったら……」

母親は珍しい光景を見たような顔をしてそっと部屋の扉を閉じた。

(あの子たちが並んで寝ているのなんて何年ぶりかしら? 颯斗も颯斗で珍しく息抜きをしていたみたいだし)

母親はそう思いながら勉強一筋の颯斗が変わったことに感心して階段を降りて行った。

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