第5話・Hide&Tracking

 そして、デート当日、上森家宅にて……

颯斗は白のYシャツにジーンズ姿のラフな格好で玄関でスニーカーを履いて家を出た。

だが、顔色が悪く。目の下にクマが出来ており、とてもデートに行く人間の顔ではない。


・颯斗は語る

 さて、これからT池公園に向かうのだが、ひとつ問題がある。

散歩しながら話す話しのネタがひとつも思いつかなかったということだ。

嵐斗は今日も部活で朝早くから家を出ているし、依吹に相談する気になれずに自室で時間いっぱいまで考えあぐねていた結果がこれである。


 一方、中町家宅にて……

レンジのチンという音が鳴る台所で、赤のYシャツと黒のバスパンの部屋着に黒のエプロンをつけて赤と白のチェック柄の鍋掴みを両手に填めた杏奈はレンジからふっくらと綺麗に焼き上がった白のカップケーキが2つ乗ったトレーを取り出し、漂う甘い香りをスーッと鼻で頬張って「うん! 完璧!」と自信満々に言って準備を進めた。

 オレンジ色の水筒を棚から取り出してポットを取り、紅茶を淹れ、粗熱が抜けたカップケーキをタッパーに入れて赤のランチバックに詰める。

 お茶菓子の準備が終わった杏奈はエプロンを外し、自室に入って服を着替えた。

バスパンからジーンズの半ズボンに変え、赤のジップパーカーを羽織ってランチバックを片手に玄関へ向かう。

「行ってきまーす!」

杏奈はそう言って勢いよく外へ飛び出した。

 そして、約束の時刻間近のT池公園にて……

T池公園は中央に広さ1キロ㎡・深さ2m以上の池がある公園で池を囲うような散歩コースがあり、休日は子供連れのママさんたちからご老人、そしてカップルたちの散歩場所として市民に親しまれている場所である。

ベンチの設置されている場所には桜の木が植えられているが、生憎既に花は散っており、青葉しか見えない。

 公園の入り口近くの時計台の下で颯斗はスマホを弄りながら、杏奈が来るのを待っていた。

そして、颯斗は気づいていない。そんな自分を10m程離れた茂みから監視する嵐斗と里奈がいることに……

嵐斗は頭にポニーテールが出るように黒のバンダナを巻いて、SWATが着るような黒の迷彩服に身を包み、里奈はタイガーストライプの森林迷彩の迷彩服に同じ柄と色のブーニーハットを被って、揃って双眼鏡で颯斗を捉えていた。

嵐斗「標的B(杏奈)が現れませんね……」

里奈「そうね……時間にルーズな子ではないはずだけど……」

 嵐斗は恋愛どころか対人関係に無頓着だった兄を心配し、里奈は興味本位で部活動終了後にここに来ていた。

 そんなことを知らない颯斗に後ろから声をかける人物が現れた。

「颯斗君! お待たせ!」

颯斗は振り向くと杏奈がそこにいた。

 そして、杏奈が現れたことにより、里奈も盛り上がる。

「おおっ! キタキタ! あの杏奈相手にどうなることやら……」

だが、里奈の盛り上がりとは裏腹に2人は特に会話をする様子も無く散歩を始めた。

 歩き始めた時に杏奈は颯斗の左手を右手で握った。

颯斗は少し戸惑ったが、振りほどくことなく。2人はそのまま歩き始めた。

 しかし、特に話のネタが思いつかなかった颯斗は杏奈のマシンガントークに聞きに徹していた。

「それでね。サバゲー部の里奈ちゃんとは中学時代に軽音部を建てたことがあったんだ」

杏奈の昔話にどう反応すればいいのか解らない颯斗は「へえ」と答える。

「……ダメだ。兄さん、生返事しか出してない。自身の話のネタを考えながら聞きに徹してる」

それに気づいた嵐斗はそう言うと、里奈は「どうしてわかるの?」と尋ねた。

「中学2年の時に師匠から読唇術を習いまして……ちなみに杏奈先輩、里奈先輩のことを話題にしてますよ? てか中学の時に軽音部だったんですね」

 それを聞いた里奈は戦慄した。自分達と颯斗たちとの距離は既に20mまで離れている。姿は確認できても声までは聞こえない。

「嵐斗君……アナタの師匠って一体どんな人なの?」

 里奈の質問に嵐斗は双眼鏡から目を話さずに答える。

「さあ? 元陸上自衛隊に従軍していたぐらいしか知らないです」

そんなことを話していると、嵐斗が「あっ! ちょっとよろしくないですね」と何かに気づいた。

 里奈は慌てて双眼鏡で2人を探すと、ガラの悪い男3人に絡まれている2人の姿が見えた。

「助けますか? 話を合わせてくれるなら誤魔化せますが……」

頼りの無い兄が畳まれるのを黙って見ていられるほど仲が悪いわけでない。嵐斗は里奈にそう言うと、予想外の返事が帰ってきた。

「放っておきなさい。あのチンピラたち……誰をナンパしてるのか解ってない」

里奈がそう言った瞬間、杏奈の振り上げた右足が正面にいたチンピラのひとりの股間をゴーンと蹴りあげた。

 股間を両手で押さえながら後ろに倒れるチンピラに杏奈はズカズカと近づき、男の股間に右足で追撃の踏みつけをぶち込んだ。

「あのさ。私は今日一番の楽しみを邪魔されて機嫌が悪いの……今すぐ目の前から消えてくださる?」

杏奈は「ギャアアアアア!」と悲鳴をあげるチンピラに踏みつけている足をグリグリしながらそう言うと、チンピラたちは悲鳴を上げながら逃げて行った。

当然、これには颯斗もドン引きである。

里奈「ね? 言ったでしょ。杏奈はああ見えてもヤンデレでさ。中学の時も付き合ってた子とイチャイチャしていたところにちょっかい出したバカが杏奈の正拳突きで鼻の骨を折られてね。まっ、それが原因でその時付き合ってた子と別れちゃったんだけど……」

この後、ベンチに座って手作りのカップケーキを頂いた颯斗だったが、杏奈の恐ろしい一面に対する恐怖心のせいで味覚が麻痺していたと言う。

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