第二幕 一振りの剣

 若葉の冒険家は、メテウスにとっての初めての客だ。

 それもあり、鉄を打つメテウスの手には力が入る。

 二本のダガーは鉄の塊となり、新しい武器へと生まれ変わろうとしている。


 ――これは、ほんの第一歩。この一振りの剣から始まるんだ。

   これから先、俺の造った武器が、俺の鍛えた防具が、冒険家の成功を後押しする力となる……!!


 毎夜、こっそり工房で剣を打ち続けるメテウスのことに、一部の兄弟子は気づいているようだった。

 それを告げ口されたり、叱責されたりしないのは、メテウスの日頃の行いの賜物だろうか。

 幸いなことに、親方に知られることはなく、剣の製造は順調に進み、約束の一週間が過ぎた。


「メテウス! ちょっと出てくるから、適当に店じまいしちまってくれ」

「はい、いってらっしゃい」


 定刻の時間に、兄弟子を連れて親方が工房を出ていく。

 すれ違いざまに、あまり材料を使いすぎるとバレるぞ、と小声で忠告してくれる兄弟子もいた。

 良い兄弟子を持ったと、メテウスは思う。


 ――すべての工程はうまくいっている。

   親方、俺はもう十分にあなたの工房の誇れる職人なんですよ!


 メテウスが仕上げたのは、ブロードソードだった。

 材料の鉄が足りず、本来のものよりもやや短めの刀身だが、若葉の冒険家の小柄な体躯を考えれば、むしろこの方が使いやすいだろう。

 柄や柄頭に何かしら装飾でもつけようと思ったものの、製造工程が滞るため、仕方なく諦めていた。

 不本意ではあるが、納期に間に合わせるのも、職人としての責務だ。


 そして、時計の針は一週間前と同じ時刻を差した。

 カウンターに置かれたランタンにだけ灯りがともっており、すでに工房は真っ暗である。


「こんばんは」

「いらっしゃい、時間通りですね」


 メテウスは出来上がったブロードソードを若葉の冒険家に渡した。


「これが、あのダガーの生まれ変わった姿!」

「今回は使える材料に制限があったから、地味な姿になっちゃったけれども……」

「いいえ、とてもよく出来ていると思います。

 毎晩、あなたに精魂込めて打ってもらったからですね」

「え?」

「ユニオンに寄るのが遅くなった時は、外から工房の中の様子を覗いていました。

 あなたの一生懸命な姿、感動しました」


 剣を打つ姿を視られていたとは、気恥ずかしい。

 しかし、それもまぁ悪い気はしない……こちらの気持ちが伝わったのなら、なお良しだとメテウスは考える。


「この剣と一緒に、私も千夜一夜の武勇伝を志してもよいのでしょうか」

「冒険家っていうのは、夢と浪漫を追い求める夢追い人でしょ。

 俺の剣がその夢の手助けになれれば、そんなに嬉しいことはないですよ」

「そうですね。私も、いつかきっと……」

「そのためには、扱う武器は長持ちさせないと。

 刀剣油と砥石も一緒に渡しておきます。

 使い方のコツだけれど、魔物と一戦交えた後――」


 手入れの説明をしようとした時、酒場の方から自分の名を呼ぶ声が聞こえてくる。

 何やら急いでいる様子だ。


「メテウス、まだいるか!?」


 ――げっ! 親方だ!!

   なんでよりによって今、戻ってくるんだよ!? 


 親方の視界から隠すように、状況を把握していない若葉の冒険家をとっさに柱の壁に押し付ける。

 ギリギリセーフで、冒険家の姿は親方には見えなかったようだ。


「……コホン。親方、どうしたんですか一体?」

「先方からの依頼が急遽増えてな。ちょっと今いる人数じゃ今日中に検品しきれねぇから、お前も手伝え!」

「急にそんなこと言われても……」

「どうせ今帰るところだったんだろ?

 さっさと来い、これも勉強のうちだ!」


 胸ぐらを捕まれ、メテウスは強引に工房の外へと引きずられて行く。

 ユニオンの建物を出る時、工房の方を振り向くと、ランタンの光に照らされた若葉の冒険家の姿が視界に入る。こちらに向かってペコリと頭を垂れるのが見えた。


 ――まだ手入れの説明が済んでないってのに!

   いや、そんなことよりも、俺のブロードソードはあの冒険家にとってしっかり力になる代物に出来上がっていただろうか。

   また会う時に、それを確認したい。それは俺の自信に繋がることだ。


 それから数日間、メテウスは毎日のように検品の手伝いに駆り出され、仕事がようやく片付いたのは月も終わりに差しかかった頃だった。


「お前、夜なべは無事に終えたのか?」

「……ええ。おかげさまで」

「秘密の客ができたのか。

 あまり破格の値段で売りつけるなよ、そんな噂が広がれば工房の品が安く見られちまうからな」


 兄弟子との会話。

 後払いの口約束しかしていない、とはとても言えない。


「大丈夫ですよ。

 兄さん達が恥をかくような真似はしてませんから」

「ならいい」


 あれから数日経つが、まだ若葉の冒険家は工房に顔を出していなかった。

 早くブロードソードの感想を聞いてみたいが、名前もわからなければ、顔も身なりもちゃんと覚えていない。

 日の出ている時に訪ねられても、あの冒険家だとわかるだろうか。


「あの、注文をしたいのですが」

「……あ、いらっしゃい。

 注文は武器類ですか? 防具類ですか?」


 カウンター越しに立っていたのは、シルクのマントを羽織った若い女性だった。

 腰にはブロードソードを提げていることから、冒険家だろう。

 そして、首元にはどこかで見た覚えのある洒落た赤いスカーフを巻いている。


 ――あれ、この人どこかで?


 腕に若葉の腕章をつけているのが目に入り、ようやくメテウスはこの客が何者かを思い出した。


「き、君は……若葉の冒険家?」

「ふふっ。なんです、それは私のあだ名ですか?」

「いや、ちょっと驚いた。

 というか、気づかなかったよ……君が女性だったこと」


 若葉の冒険家は、女性だった。

 薄暗い工房でしか会ったことがなかったし、男物と思われるコートを着て、帽子で顔も隠れていたから、メテウスは彼女が男だと思い込んでいた。

 前回会った時は新米の冒険家ゆえに若者だと察したが、あらためて素顔を見ると、成人してまだ間もないといった容貌だ。


「いただいたブロードソードは、とても冒険に役立ちました。

 先日、砂漠で仲間とキャンプした時に襲ってきたジンを、一撃で斬り倒すことができましたから」

「ああ、よかった。

 初めて客向けに作った剣だったから、ちょっと不安もあったんだよ」

「そうなんですか。

 では、私はあなたの初めての客ということなのですね」

「え? ああ、まぁ、そうだね」

「あなたのおかげで、遺跡発掘の仕事にも貢献できています。

 私などが冒険家としてやっていけるのか不安だったのですが、この剣のおかげで自信がつきました。

 あなたのおかげです、ありがとう」


 彼女の満面の笑みを受けて、メテウスは照れ笑いを浮かべた。

 お客にここまで自分の武器を褒められるのは、鍛冶職人としての冥利に尽きる。


 ――夜なべをした甲斐はあったかな。

   俺も、君のおかげで自信をつけることができそうだ。


 気恥ずかしさから口には出せなかったが、それがメテウスの本心だった。


「そうだ、注文だったね。

 今回も武器類かい? それとも防具類?」

「あの、その前にこのブロードソードのお代金を……」

「それはまだいいよ、急な話だったしね。

 君がもっと冒険家として活躍した時、出世払いで返してくれればいい」

「よろしいのですか? 助かります。

 生活費や、衣服を買い揃えるのに報酬金をかなり使ってしまったので……」

「ああ、そうか。

 冒険家と言えども、女性は女性らしい服を着た方がいいよね」

「あ、あの……今日の注文は――」


 若葉の冒険家が頬を赤らめたことなど、メテウスは気にかけなかった。

 彼女の要望を、言われるがままにメモに書き留める。


「盾のように手に持たずに済む防具か……。

 前腕に装着するガントレット式のバックラーがあったな。

 たしか在庫があったから、君の腕に合わせて調整してもらおう」


 防具類専門の兄弟子に声をかけ、注文内容を説明する。

 すぐに彼女に合わせた専用サイズのバックラーを用意してもらうことになった。


「ところでメテウスよ。

 お前さん、狙ってたのか?」

「は? 狙うって何を」

「あの子じゃないのか、例の剣のお客はよ」

「そうですけど……狙ってたって?」

「いや、なんでもない……。

 それじゃあ、さっそく寸法合わせをさせてもらうよ、お嬢ちゃん」


 若葉の冒険家は、兄弟子に連れられて工業机に向かった。

 彼女は、兄弟子に腕の寸法を取られている間、しきりにメテウスの方に視線を向けている様子だった。

 時折目の合う彼女の顔を見て、メテウスは思い出したことがある。


 ――手入れの説明がまだ途中だったな。

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