第5話

 今日、私たちの部活で三年生だけの送別会とか何とかというわけ分からないイベントがあるらしい。


 当然、私はパス。そんな暇があるなら練習しろ。高校で全国制覇を狙っている奴等はもう既にこの時期から練習をしているぞ。


 ちなみに玉井も誘われた。二年生で唯一。

 それに関して彼女は「人望ゲットです」とか何とか言って喜んで参加していた。お前はパシりとして呼ばれただけだぞ。あと人望、人望って言い過ぎて闇営業に誘われないように気を付けろよ。


 そして真っ直ぐに帰宅。


 私は深呼吸をする。右手には進路希望表。そこの第一志望校には籠原南高校。カゴナンと書かれた文字。


 親にこれを見せたら私は恐らく怒られるだろうな。


 母、春美もバドミントンプレイヤーだった。それも私なんかより全然有名な。雑誌に乗ったことがあるような。


 かつて上里第一高校バドミントン所属していた。母親世代でもやはり埼玉けやき高校というのは猛威を振るっていた。県大会は埼玉けやき高校のランキング戦とも呼ばれているほどに。


 そんな中、圧倒的実力で上里第一高校が埼玉けやき高校を倒した。その時のエースが私の母、原島春美。旧姓三尻春美。


 高校卒業後、プロに転向してそのままユーバー杯などに出場するのではないかと思われた。しかし怪我によってそれは叶うことはなかった。


 そのまま私の母は結婚。そして私と姉、春佳が誕生。


 私の姉もバドミントンをやっていた。


 私はその姉に対して尊敬をしていた。バドミントンの実力は県内でも上位。母の血をきっちりとひいている。


 そんな姉はバドミントンを辞めた。それは選抜高校インターハイ、1回戦。

 埼玉3位として姉はその大会に出場。そしてその1回戦の相手に木っ端微塵にされてしまう。


 その相手が北六甲高校の花園雅である。

 今でもその瞬間の記憶というのが鮮明に残っている。


 何を打っても跳ね返される。そして反撃を食らってしまう。


 当時、埼玉けやき高校以外に彼女よりも強い人なんていない。そんなことを考えていた私にしてみればその事件というのは非常に大きなものであった。


 スコアは21-4 21-8。誰がみても惨めな成績。


 そして姉はその試合後、コートの真ん中で母に殴られた。


「みっともない!」


 そして母は怒声を周囲に巻き散らかした。私の母は厳しい。勝ち以外のものには興味がないような人だ。


 当然、耳目は集まる。その時、私は恐らく人生で初めてかもしれない恐怖を感じた。真夏なのにどこか肌寒く感じられた。


 姉は強い人間である。そのはずなのに、彼女の目からは大粒の涙が溢れた。そして一言。


「バドミントンをやめてやる!」


 そういって体育館を走り去った。

 私はその背中を追いかける。


 姉は体育館の外で、肩で呼吸をした。先程まで試合をしていた彼女からすればもう既に体力の限界だったらしい。


 そして私に薄ら笑いを浮かべる。


「一体、私は何のためにバドミントンをしていたんだろうね」


 そう彼女は言った。私は何も言えない。何かを言おうとしても思考が邪魔をする。

 そして姉は続ける。


「私みたいになっちゃ駄目だよ」


 私は首を縦に振ることも、横に振ることもできなかった。

 それに私みたいにとは一体どういうことを言っているのだろうか。全国大会で惨めな試合をするなということだろうか? 勝ち続けろということだろうか。


 姉はそれ以降、母から逃げるように東京の大学へ。そしてバドミントンとは無縁の生活を送っている。


 このように私の母は非常に厳しい人間だ。私が子供の頃、母に何度殴られたか。そんなヒステリックな性格だから、恐らく父も逃げていったのだろう。うちの母は父と離婚をしている。


 ともあれ、私は籠原南高校に進学したいですと言ったら殺されるだろう。どうして負けた選手がいるチームの軍門を下るのか。


 母的には上里第一高校に進学してそこで全国を目指して欲しいというのが本音だろう。


 ただ籠原南高校もバドミントンが弱いというわけではない。埼玉けやき高校の影に隠れているだけで、去年は関東大会に出場している。なんだったら関東大会にすら進出していない上里第一高校よりも実力は上かもしれない。


 試合の時よりも激しく鼓動を動かし、私は母にその進学希望票を見せた。


 しばらく母は黙り混んだ。


「籠原南高校……」


「そう。私はその高校に進学したい」


「原井日向」


 クソ。嫌なやつの名前を出しやがった。


「その子がいるから。そうなんでしょう?」


「いや、別にそういうわけではないんだけど」


「じゃ、何? それ以外に上里第一や武蔵野千葉、豊郷学院の推薦を断ってこの高校に進学する意味は」


「……それは」


「まぁいいわ」


 おや、思ったよりもあっさりと話が進みそうだ。


「私はあなたが無名高校に行こうが、名門校行こうがどちらでもいい。ただみっともない試合をするな。結果を残せ」


「そのみっともない試合って?」


「そうだね。春佳の選抜大会の試合とかがまさにそれ」


「人はどんなことが勝ち続けることなんて無理なんだよ」


「知っている。だから負けたら、勝ちにいけ。何度でも挑戦しろ。勝つまで勝負を挑め。それが勝負の意味。勝ちが手に入らない努力など無駄だ」


 これは私が小学生の頃から教えられたことだ。とにかく勝てと。

 私は母に誉められたことなどない。これから先も母に誉められることはない。誉められるのは勝ち残り、最後の一人になったとき。


 私は進路希望票を母に渡し、二階にある自室へ戻った。

 花園は、インハイで楽しめと言った。だけどそれは違うと思う。


 どうして花園がバドミントンを楽しめるのか。それは勝ち続けているからだ。私みたいな選手など、ちょいちょい負けを知っている私などバドミントンを楽しむ権利などないのだ。

 

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