天の川

 どうかしている。こいつらの体はいったいどうなってるんだ。


 昼間から始まった宴会は、夕飯の調達を兼ねた二回目の買い出しの後も延々と続き。弁当屋のおばちゃんが特別に作ってくれた、酒の肴にも食事にもなるいい感じのメニューをつまみながら夜を迎えた。

 それまでの散財に恐れをなした俺と融は、三度目の買い出しでビールを諦め発泡酒とストロングなチューハイを買い込む。コンビニよりもお安いディスカウントショップまで足を伸ばしてだ。


 だってあいつら、壊れたザルみたいなんだもの。


 台所には、一度に出したら怒られるんじゃないかとビビるくらいの空き缶が転がっている。かずこさんに強請られて買った一升瓶も空になり、二本目の月桂冠に三人はきゃっきゃと口をつけている。マグカップで。知らなかったら水飲んでると思うような勢いで。


「顔色ひとつ変わらないねえ」


 ぷちぷちと枝豆を剥きながら融が苦笑する。因みにぴーちゃん用だ。でっかくなったんだから自分で剥けばいいようなものだが、この一年で培われた性分は無意識に発せられるらしい。頼まれもしないのに、融はせっせと枝豆やらピーナツやらを剥いている。ぴーちゃんも当たり前に剥かれた豆に手を伸ばす。


 おっさんとかずこさんはきゃっきゃ言いながら酒を酌み交わし、ぴーちゃんは時折相槌を打ちながら黙々と酒を呑む。何度か、普段なら蹴り倒されるようなことを融が口走ったが小突く程度に抑えているところを見ると、まだまだ理性が働くようだ。今のぴーちゃんが暴れたらきっと死人が出る。

 おっさんとかずこさんは何だか粋だし(きゃっきゃ言ってるくせに)、どうやら誰も酔っていない。三人とも、体積の半分は既にお酒と化しているに違いないのに。


「ねえほら、見てごらんなさいよ」


 からからと窓を開けてかずこさんがベランダに出る。


「天の川、すごく綺麗よ」


 連日の雨で大気が洗われ、ちょっとした事情で今は街の明かりも疎らだ。見上げた空には星の川が瞬いていた。


「好かったわねえ。これなら、年に一度のデートもバッチリだわね」


 そう言えば今日は七夕だ。織姫と彦星が年に一回だけ出逢える日。何で年一でしか逢えないんだったかは忘れたが、子供の頃はこの日晴れることを願って笹の葉を飾っていた。


「来年も晴れるといいわねえ」


 かずこさんがやわらかく笑う。風が吹いて、涼しげな夏の着物の袂を揺らした。遠くを見る目が思案気に細められる。遠い誰かを想っているんだろうか。


「ねえ渚くん」


 かずこさんが振り返る。その目が切なそうに揺れていた。


「ん?」


 伏せられているかずこさんの過去が少しだけ気になってくる。


「無くなっちゃったの」


 失くした過去に手を伸ばしたくなることもあるだろう。けれど俺たちは、それを手繰り寄せてやることが出来ない。


「月桂冠」

「は?」


 かずこさんの目が潤む。


「全部飲んじゃったのぉ。買ってきてー」

「……」

「うふ♡」


 うふ♡ じゃねえわ。

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