天使だったはず

 ダメだ。


 俺は愕然とした。


 おっさんだ。頭のてっぺんからつま先まで、一分の隙も無くおっさんだ。なんてこった。おっさんがおっさんにしか見えない。


 だから。


 おれはもう一度おっさんを眺めてから結論を下した。


 ――却下だ。



「あったかいねえ」


 そんな俺の決断を嘲笑うように、おっさんがのほほんと頬を染める。


「それに、柔らかくて気持ちが好いよ」

「くっ……」


 俺は喉元まで出かかっていた言葉を呑み込んだ。

『おっさん、やっぱりこれは返品しよう』


 だって、天使みたいだったおっさんがおっさんにしか見えないのだ。そんなことが許されるだろうか。否。許されていい筈がない。

 却下だ。何としてでも却下だ。


「渚くん、いつもありがとう」


 にへらっと笑うおっさんはしかし最終兵器。俺のあらゆる抵抗も思惑も無力化してしまう。


「お、おう」


 俺は呑み込んだ言葉を腹に落とし、跡形もなく消し去った。そして、初めからそんなもの存在しなかったかのようにおっさんに笑いかける。


「そうか。よかったな、おっさん」

「うん!」


 弁当を食って腹が太り、風呂に入ってさっぱりしたおっさんはご機嫌だ。防寒用にと取り寄せた新しい衣装がますますおっさんを喜ばせている。今は試着会の真っ最中だ。

 暖かくて柔らかくて、そりゃあ最高だろう。そう思って選んだのだから。


 おっさんが嬉しければ俺も嬉しい。

 でも。


 らくだの股引きを着たおっさんがおっさんにしか見えない!!

 俺の天使はいったい何処に行ってしまったんだ!!!


 さめざめと心に涙を流しながら、それでも喜ぶおっさんの興を削がぬように健気に笑う俺こそ天使ではなかろうか。


「渚くん渚くん」


 そっと涙を拭う俺の袖をおっさんが引く。


「美味しいよ! はい、あーん」


 あったかい部屋でぬくぬくとした恰好をして、おっさんはアイスを食っていた。ままごと用のちっちゃなスプーンでそれを掬って、背伸びをして俺に伸ばす。


 天使!!!


 よかった。

 おっさんはやっぱり天使だった。

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