ジャック・オー・ランタン

「じゃあ楽しみにしてるわね」


 かずこさんはにっこりと悪魔のような微笑みを浮かべておっさんずに手を振った。しゅんと項垂れたおっさんとこれでもかと顔を顰めたぴーちゃんが、嫌そうに手を振り返してすっと消える。


「いつ見ても不思議。あれって何処から来て何処に帰るの?」


 何気ない私の問いをかずこさんは軽く無視してソファに腰掛けた足をぷらぷらと遊ばせた。いつものことだから私も気にしない。余計な詮索を叱られたのは初めだけで、答えを求めなければかずこさんの眉も釣り上がらない。疑問は自然と湧いてくるもの。傾げた首を突っ込んで来なければ大して罪にもならないとかずこさんは苦笑した。


「ねえ美鈴ちゃん。ハロウィンも近いしカボチャのスープでも作りましょうよ」

「カボチャでいいの? カブじゃなく?」

「あら。美鈴ちゃん物知りねえ」


 ジャックオーランタンは本当はカボチャじゃなくってカブなんだと。何処かで聞いたことがある。それがどうしてカボチャになったのかは知らないけれど。


「でも、ジャックオーランタンはカボチャの方がいいと思うわぁ」

「どうして? 真っ白で可愛いじゃない。カブのジャック」


 首を傾げる私の膝をぽんぽんと叩いてかずこさんは眉を下げる。


「あのね、美鈴ちゃん。カブって萎びるのよ」

「うん?」

「カブでジャックを作ったら後悔するわよ。ホラーよ。ホラー!!」

「ええっ」


 へらへら笑う私に溜め息を投げて寄越してかずこさんは立ち上がった。


「でもそうねえ。カブのスープも美味しそうね。この頃ちょっと肌寒いもの。あったかいものが食べたいわ」


 結局今日と明日で両方作ることにして、私はかずこさんと買い物に出掛けた。



     🎃



「かずこさんのあれは意地悪なの?」


 茹でたカボチャを裏ごしながら訊くと、ううん、という答えが返ってくる。


「あの子たちがドレスなんて着る訳無いじゃない。ぴーちゃんは知恵を絞るだろうし、おっさんは渚くんに泣きつくわよ。ちょっとしたかわいいイタズラよぉ」


 やあねえ。あはは。

 かずこさんはひらひらと手を振って笑う。

 相手はそうは思ってないみたいだったけど。まあいいか。


「でもちょっと見たかった。おっさんずの姫」


 妄想力を暴走させてフリフリのドレスを着た二人を思い浮かべてみる。


 おっさんは絶対、渚くんの陰に隠れて震えてる。少しだけ顔を覗かせて。ちょっと涙目。お菓子ちょうだい、ってちゃんと言えるかな?

 ぴーちゃんは悪態吐きながらドレスの裾を持ち上げてズンズン迫って来そう。がに股で。得意の巻き舌で言うんだろうなあ。菓子寄越せ、って。


 ヤバいかわいい。どうしよう。


「美鈴ちゃん」


 かずこさんの冷めた声が私を現実に引き戻す。


「気持ちは分かるけど、カボチャにヨダレ落とさないでよね」

「えっやだっ。ヨダレなんて出てないもん。じゅる」

「今じゅるって言ったわよ」

「い、言ってない……よ?」

「はいはい。楽しみね」


 いつの間にかカボチャを丸めて作っていたミニチュアのジャックをお皿の端に飾って、かずこさんが笑った。


「妄想も程々にね」

「自分のことは棚に上げてー」

「あら。あたしはいいのよ」

「ずるーい」


 くすくす笑い合いながらご飯を作るのは楽しい。ひっそりと腐っていた私にとって、かずこさんは初めて出来たお仲間だ。ものすごく頼りになるかずこさんは妄想の種をじゃんじゃん蒔いてくれる。


「さ。食べましょ。美味しそうね」

「うん!」

 

 いただきます、と手を合わせる二人の間で、温かい湯気がふわんと上がった。


 

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