至福
「あっつ!」
四等分にしたコロッケをキッチンペーパーで挟んで手渡してやると、おっさんは勢いよく齧りついた。結果そうなる。
「大丈夫か? 熱いぞって言ったじゃないか」
涙目のおっさんに冷たい水を出してやりながら呆れて溜め息を吐く。
「だってー」
おっさんは一旦小皿にコロッケを置いて、俺が差し出したコップ(これもおっさん用に買ったままごとセットの一部だが、何か?)を受け取った。
「すぐに急いで食べなさい、って匂いがしたんだよ」
焼けた口の中を水で冷やしておっさんはにこりと笑う。
「熱かったー。でもすごく美味しかった! 渚くんの言う通りだね。熱々美味しい!」
そう言うと、今度は慎重にふうふうしてコロッケにかぶりついた。
「おいひー。ひわあせー」
口いっぱいに頬張ってこれ以上無いほど表情を緩める。その頬はうっすらと色づき、ちょっと頭との境目に迷う額はうっすらと汗ばんで。
恍惚ってこういうのを言うんだろうか。え。コロッケで? 笑。
それにおっさん。わもあも言えるのに、何で「ひあわせ」じゃなくて「ひわあせ」なんだ。ウケる。
「旨いか。そりゃあよかった。全部食ってもいいぞ」
コロッケ一口食っただけでこんなにほんわかさせるおっさんのスキル半端無い。餓鬼共の悪巧みなど忘却の彼方に追いやってしまう。
「ダメだよ!」
喜ぶかと思ったのに、おっさんはちょっと眉を顰めて俺を見上げる。
「え?」
「すっっごく! 美味しいんだよ? 渚くんも一緒に食べてよ。二人で美味しいなーって食べた方が絶対美味しいよ」
「……」
ね? と言っておっさんは小首を傾げる。四等分にしたコロッケが三個載った皿を俺の方に寄せて、半分こだよ、と笑う。
「あー。しあわせー」
あっという間にコロッケを腹に収めたおっさんが、小さなフォークで自分の顔ほどある唐揚げをぶすりと突き刺した。そのフォークももちろんアレだ。文句あるか?
「旨いな」
「れひょ♪」
たった一口で食えるコロッケを咀嚼して俺も笑った。この頃はおっさんに釣られてよく笑う。このままだと普段から口角が上がりっぱなしになりそうだ。俺の言葉におっさんはリスみたな顔でもぐもぐしながら頷いた。
「唐揚げもおいしー。次はトンカツー」
でかい唐揚げもペロッと平らげて、おっさんは弁当の周りをとてとてと歩き回る。
「米も野菜も食えよ」
「もちろんだよ!」
突き刺したトンカツを戦果のように誇らし気に掲げて、おっさんが小さな胸をどんと叩いた。
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