ぶどうを狩る

『大丈夫です。何とかします!』


 残念なことに、美鈴ちゃんは快諾した。言い回しから察するに先約があったんじゃないだろうか。別に何とかしてくれなくても好かったんだが、まあしょうがない。かずこさんが大人しくしておいてくれるように祈ろう。


 融は意外にも運転が上手く、一時間半のドライブは快適だった。とは言え座りっ放しでちょっと腰が固まってしまった。それを伸ばしつつ係のお姉さんの説明に耳を傾ける。


「園内のぶどうは好きなだけ取ってもらって構いません。時間は三十分間です。ブルーシートやテーブルを用意してますからもぎたてを召し上がってくださいねー」


 お姉さんの言葉通り、そこここに席が設けられていて、休み休みぶどう狩りを楽しめるようになっている。ぶどう棚から木漏れ日が差してなかなかに好い感じだ。


「三十分は短く感じるかもしれませんが、皆さん時間いっぱい楽しんでくださいね。ここでひとつ、大切な注意事項でーす」


 おっさんたちは美鈴ちゃんが提げたかごバッグのなかに待機している。それがさっきから不自然に揺れるのが気になってしょうがないが、幸い周りの客たちはお姉さんの説明に聞き入っていて気づいてないようだ。


「ぶどうは好きなだけ取って構いませんが、時間内に食べきれなかった分はお買い取りいただきます。なので、考えて取ってくださいねー。シャインマスカットはお高いですよー」


「「「はーい!」」」


 かごバッグから元気な返事が響く。俺たちは慌てて手を上げて「気をつけます!」と続けた。恥ずかしい……。



   🍇



 早速一房取ってブルーシートに腰を下ろした。三人で背中合わせに座り、その陰に隠すようにおっさんたちをかごから出す。


「美味しいね!」

「旨いな!」

「甘ぁい♡」


 おっさんたちはそれぞれに歓声を上げながらぶどうに齧りついた。


「ほんと、旨いな」

「甘いね」

「皮もぷりっとしてて美味しー」


 六人で食べると一房なんてあっという間だ。じゃあ次、という段になるとぴーちゃんが立ち上がった。


「次は俺が取る!」

「「「ええっ!?」」」


 いやいや無理だろう。どうやってハサミを持つつもりなんだ。


「任せろ」


 ぴーちゃんは場の空気など読む気は無いようで、ひらりと融の頭に飛び乗るとぺたりと張りついた。一応隠れているつもりらしい。


「融、あそこまで行ってくれ」


 指差した先にはぷっくりと膨らんだ旨そうなシャインマスカット。周りを見渡せば、皆ぶどう狩りに夢中で他人のことなど目に入っていないように見える。大丈夫……なのか? 激しく不安だ。ところが。


「よしきた。オッケー」


 はしゃいだ声を上げて融が立ち上がる。そして止める間も無くぶどうの下に行ってしまった。もうこうなったら見つからないように祈るしかない。

 融の頭の上でぴーちゃんがジャンプする。絡まる蔓の辺りまで飛び上がり、身をくねらせて回し蹴りを……。って。えええっ!

 ぴーちゃんの右足は見事にヒットし、蔓からぶどうを切り離した。支えを失ったぶどうが融の手のなかにすとんと落ちる。


「さっ。食おうぜ」


 ご機嫌なぴーちゃんが、融の肩を滑り降りてぶどうに抱きついた。

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