第48話・父と娘、ついに─────。

 ゴブリンの殲滅で、猛と杏奈は英雄になった。

 戦場でバイクを乗り回し、ショットガンと魔法でゴブリンを蹴散らす様は、この世界の冒険者にとっては英雄のように見えたらしい。

 特に杏奈は、様々な術師から尊敬の念を受けた。爆発、閃光、隕石を自在に操る姿は亜術師や法術師たちからすれば驚くしかない。猛も興奮していたので気にしていなかったが、戦闘が終了してから「マズイ」と思った。すでに手遅れだったが。


 そんな猛たちを救ったのがシルファだった。

 シルファが「私の仲間だ」と言っただけで、冒険者たちは納得した。今更すぎるが、シルファは冒険者としてかなり名が売れている。おかげで、冒険者に囲まれていたがなんとか抜け出せた。

 シルファは、冒険者たちに後始末の指示を出す。そして、猛に向き直って言う。


「タケシ殿、ここは私に任せろ。探し人がいるのだろう?」

「シルファ……」

「アンナ、お前もだ。母に会って来い」

「シルファ……めっちゃイケメンなんですけど」


 猛はバイクを収納し、この場をシルファに任せて町の中へ入った。

 杏奈も緊張しているのかあまりしゃべらない。町中はゴブリン・スタンピードのせいで静まり返っている。住人は自宅に隠れているのだろう。

 冒険者たちが街中を行き来しているのを見て、その集団を止めて聞いた。

 猛と同じ年代の冒険者チームだ。猛は、緊張しながら聞く。


「な、なぁ、この町の宿屋で、ミユキという女性が経営している宿屋はあるか?」

「ああ、知ってるぜ。下町の宿屋だろ?」

「……ッ!! ば、場所、は?」

「あそこは避難所にもなってるからな、下町に行けばわかるぜ。じゃあな!」


 忙しいのか、冒険者チームは去っていく。

 杏奈が、猛の袖をキュッと摑んだ。


「行こう」

「…………あ、ああ」


 ディプノウの町の下町。そこに深雪はいる。


 ◇◇◇◇◇◇


 ディプノウの町は、聖王国ホーリーに比べれば小さいが、それでも今まで行った度の町より大きく、発展していた。

 町の外周に沿った昔ながらの木造建築の家が並ぶ区画が下町と呼ばれる場所で、ここには多くの人々がゴブリン・スタンピードなど関係なしにたくさんいた。

 その中に、三階建ての大きな木造建築の立派な建物があった。

 

「…………ぁ」

「き、決まりだね……」


 宿屋の名は─────『武内亭たけうちてい』。

 小さな看板は、丁寧な漢字・・で書かれていた。

 武内。それは……猛と、杏奈の苗字。

 

 猛は、足が震えていた。

 ほんの数十メートル先に、深雪がいるかもしれない。そう考えただけで、足が竦み腰が抜けそうになった。

 カタカタと、手が震えた。

 肩に止まるクウガがバサッと飛び上がり、武内亭の屋根に止まる。まるで早く入れと言っているように見えた。


「お父さん、ここまで来てなにやってんの?」

「……す、すまん。その、こ、怖い」

「こんのっ!! シャキッとしなさいよ!!」

「ぐぁっ!?」


 バッチィィン!! と、杏奈は猛の尻を平手でたたく。

 猛はたたらを踏み杏奈を睨むが、杏奈はそれ以上に猛を睨んでいた。


「この世界に来た理由は?」

「え……」

「お母さんを探すためでしょ? なにビビってんの?」

「…………」

「どんな結果だろうと、あたしはお父さんの傍にいる。だから……行こう。この世界にきた理由を確かめに」

「…………杏奈」

「あたし、さっきまでのお父さんはカッコいいと思ったけど、今のお父さんは情けないから嫌い。クウガだって失望してるよ」

「っぐ……」

「ほら、行こう」

「……ああ!!」


 猛は、尻をさすって前を向き─────。






「─────猛?」






 一人の女性と、目が合った。


 ◇◇◇◇◇◇


 美しい、黒髪だった。


「─────ぁ」

「─────ぇ」


 猛も、黒髪の女性も、信じられないと言わんばかりに互いを見つめる。

 黒い、いや──濡羽色と言うべき美しさの髪だ。女性は杏奈を見て、さらに目を見開く。

 宿屋の入口から出てきた女性は、口元を押さえた。


「う、そ……マジ、で」


 杏奈も驚愕していた。

 なぜなら、女性は杏奈にそっくりだったのである。

 年代は二十代半ばから後半で、エプロンを付けている。まるで、何かの作業中に息抜きをしにきたようにも見えた。


「み、ゆき……」

「た、猛……うそ、なんで、そ、そっくりさん、かな?」

「武内深雪……はは、わ、若いな」

「……そっちは、オジサンだね」

「仕方ない。お前が、その……死んで、10年も経ったからな」

「そっか……」

「深雪、なのか……? その、武内、深雪」

「う、うん……はい」


 ぎこちない会話だった。

 隣の杏奈はイライラしている。


「あーもう、お父さんってば「お父さん? あ……まさか、杏奈!?」……へ? あ、はい」

「うそ……ああ、こんなに大きくなって……そっか、まだ六歳だったもんね」

「…………お、お母さん、だよね。なんか、若い」

「ふふ、私、こっちじゃ26歳だからね」

「へぇ~……あたし16歳だから、母親ってか姉妹だね。って、こういう場合、お母さんの子供でいいのかな? ねぇお父さん?」

「…………」


 猛は、深雪に質問した。


「深雪─────俺は、お前を探してここまできた」

「…………はい」

「その、迷惑でなければ、その……」


 深雪は、クスリと笑った。




「安心して。私……独身よ? 猛ってば、聞きにくいことがあると頭を掻くクセ、治ってないのね」




 こうして、父と娘の旅は終わった。

 母を探して旅を始め、ついに再会したのである。


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