第43話 観光島×安息日×秘めた誓い

 一行が目指す目的地は五つの人工島の外にある。


 観光島“イ・ラプセル”。そう名付けられた島はその名の通り至福を味わえる観光地として人工的に造られた島である。中央島を除いた四島からそれぞれレールが敷かれおり、その上を海上列車が走る。島移動するには身元の証明をする必要があるがそれも形式的なものであって、五島を行き来するような厳しい審査はない。


 入島の審査が緩いのはイ・ラプセルが友好関係の構築を目的として建造されたからである。導火線がいつ点火してもおかしくない一触即発の空気を変えようとした管制特区と各島の穏健派が打ち立てた打開策で、五年の月日を費やした大掛かりな計画だ。強硬派からの反発は強く、様々な邪魔立てされての開発五年は迅速な建造と言っても過言ではない。そうした苦難を乗り越えて建造されたイ・ラプセルは狙い通り島の垣根を越えた友好の地として活動している。


 異能特区から始発で移動した一行の列車が海上の入り口に差し掛かる。水平線から姿を見せた朝日が紺碧の海を照らして宝石のように輝かせ、車輪に巻き込まれた海水が裂くように飛沫をあげた。海上列車でしか味わうこともお目にすることも出来ない光景だ。そのことから海上列車に搭乗する乗客は窓を開けて外を眺めるのが恒例だ。


 陽たちも例外ではない。同列の二席を確保して四対三の形で席分けをした。開放された窓から潮風に乗って波の音と潮の香りが車内を色付けしていく。男性陣は顔面に直撃する潮風に目を細め、女性陣は靡く髪を押さえる。


 その瞬間を待っていたかの如き速さで調は首から下げた一眼レフのカメラのシャッターを切った。最初は気恥ずかしそうにしていた面々も慣れて、角度や被写体を変えてはシャッターを切る撮影会が始まった。場の空気か夏の陽気に当てられたのか、はたまたカメラの魔力か、皆々が自然と笑顔を浮かべてしまう。それを皮切りに席替えや用意したお菓子を開けるなどプチパーティを開始する。本来ならば公共の乗り物で騒ぐのは迷惑をかける行為としてマナー違反だが、始発列車のためか乗客が他にいないことから年長に当たるイゼッタや那月も叱ることはせずに黙認した。


 陽は騒ぐ調たちの輪から離れて空席になっている窓側に腰を下ろした。縁に肘を置いて身を車体に預け、腕に頭を乗せた。視線だけを窓の外に向けて海を眺める。列車が進行するごとに海面が動いて波を打つ。風が吹くたびに潮風が鼻腔をくすぐり、同時に髪や肌がべたつく。耳を澄ませば空を飛び、海面に立つ海鳥の鳴き声が優しい音色となって鼓膜を揺らす。これまでの激務で心身ともにすり減らしてきた陽にとって安らぎの時間と空間がそこにあった。そうなれば襲ってくるのは睡魔。これまでの蓄積された疲労と心地よい環境に抗う術も必要もない陽は静かに瞼を下ろした。間もなくして吐息が車内に響く。それは騒いでいた調たちの耳にも届いて自然と声を小さくする。


 調が足音を消して眠る陽の傍に寄って顔を窺う。指で軽く頬を突くも反応はない。


「まったく起きる素振りがないや。余程、疲れていたのね」


 陽の寝顔に調が優しく微笑む。陽が臨時職員として行政区で働いていることを調は知っているからこその労いだが、学生が学校を休んでまで全うする仕事が正常でないことは分かる。そのことで一時、調は独自で調査したことがあるほどだ。学生の本分である学業よりも優先される仕事がどんなものなのか、知的好奇心を刺激するには十二分な魅力である。仮にブラックに等しい仕事ならば陽に手を引くよう進言するつもりでもあった。


 その結果は調査を途中で断念することとなった。いくら調査をしても中身が一向に見えてこない。それこそが仕事内容がブラックである何よりの証拠ではあるが、物証にはならない。陽に直接尋ねたこともあったが、核心に迫るとこれまでの付き合いで一度として向けられたことのない目つきで睨まれた。そのときの調の気持ちはまさしく蛇に睨まれた蛙だ。硬直した体は指先も動かず、それどころか呼吸すらままならない重圧が全身を襲った。


(あれ以来、陽の仕事を調査することはやめたのよね……)


 断念したことに後悔はない。知的好奇心が収まったわけでもない。後輩の心配が尽きたわけでもない。ただこれ以上の深入りは学校の新聞部部長という立場では役不足だと判断した。だからこの一件は卒業して記者活動を初めてから再開しようと調は密かに心の中に秘めていた。

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