第27話 メイド集団×銃撃の嵐×別行動

 地下水路の各地で駆動音が響く。そのリズムに合わせて移動時に揺れる装備品が機械の体躯に接触して金属音を鳴らす。二つの音に隠れて靴底が地面を打つ音も聞こえてくる。ホイール移動をしていた寸胴ロボットにはなかった足音。そのことから地下水路に送り込まれたロボットは船で襲撃してきた物とは形状が違うことが分かる。


 陽と那月は辛うじて襲撃者の靴底の音を拾えた。


「……人型かしら?」


「見てみないことには断言できないけど、おそらくは人型だと思う」


「仮に人型だとしたら搭載されている脳は人間のものかしら?」


「もしくは人工脳の完成に成功したか。どちらにしても寸胴ロボットより遥かに優秀な兵士だと考えた方がいいかもしれない」


 陽が最も恐れるのは人間の脳の人工化が成功したことだった。科学特区が人の脳を採取して研究していたことは間違いない。七年前に陽も那月もその目で確認している。二人は船を襲撃した寸胴ロボットを見て現在も開発には成功していないのだと安心していた。しかしここにきて人型のロボットが自律で動いているとしたら認識を改める必要がある。自律行動と脳の質が比例するものだとしたら地下水路を徘徊するロボットは人間の脳か人工脳のどちらかが搭載されているはずだ。


 陽の心の内で怒りが再熱していた。表面には一切出さない静かな怒りだ。同時に戸惑いも生まれていた。同じく境遇の者たちの犠牲によって誕生した技術とはいえ、犠牲者との繫がりは浅い。名前すら知らない者もいた。拉致された当初の自分であれば様々な感情が渦巻いても納得できるが、実験の果てに人間性を欠落して欠陥人間となった今でも琴線に触れるものがあった。


 自然と拳を握ってしまう。


「大丈夫?」


 陽の拳を那月が優しく握った。さすがは義母親と称えるべきか、僅かな感情の揺らぎをいち早く察知して陽に声をかけた。女性特有の温もりか、義母親特有の真心か、或いは両方か、どちらにしても陽の怒りが洗われた。


 陽は怒りが再熱しないように大きく深呼吸をした。それを数度繰り返して完全鎮火したのを確認する。


「もう大丈夫。迷惑をかけた」


「ふふ、息子は義母に迷惑をかけるものよ」


 那月は嬉しそうに言った。高校生であればまだまだ親に迷惑をかける年頃。しかし、陽は過去の境遇から達観した精神を持ったことで大人以上に大人である。


「やばいです兄貴! 前から銃を持ったメイドが迫ってきてやす!」


 慌てた様子で駆け戻ってきたロニが疑いたくなるような言葉を発した。


「銃を持ったメイド? お前がいくらメイド好きだからって、現実と妄想の判断もできなくなったのか?」


 部下の発言にいち早く苦言を呈したのは上司のブンガイだった。ロニの趣味を知っているだけに緊迫した環境下にいると現実と妄想が区別できないパニックを起こしたと考えた。


「……どうやら見間違いではなさそうよ。見てみなさい」


 那月の指示に皆が従ってロニが駆け戻ってきた方向に視線を送った。丁度、曲がり角の終点に差し掛かったメイドの半身が視界に入った。メイド服に身を包んだ集団はスカートを踏まないように両端を摘み上げて駆ける。ホワイトプリムを頭に着用し、足にはエナメルのパンプスを履く。その格好はまさしくメイドそのもの。ただしガンスリングをメイド服の上から装備して、集団で地下水路を駆ける姿は本来とは遠くかけ離れた姿である。この状況を一言で表現するならば“恐怖”だ。


 眼前の恐怖で足が竦んだのも一瞬、メイドがスカートから手を離して銃を構えたことで硬直は解けた。


 陽はロニとブンガイの首根っこを掴み、那月はクラリッサの腕を引っ張って壁に身を隠した。


 無数の銃弾が先程まで立っていた場所を通過していく。その一部が身を隠す壁を穿って破片を散らす。そのたびに体を縮ませた。


「どうするの⁉」


 銃声に負けない声で那月は意見を仰いだ。銃弾の嵐は止むどころか激化していく。おそらく身を隠している間にも増援されているのだろう。数体であれば銃弾を装填する合間を縫って反撃に出られるが、数が多くてタイミングを図ることは絶望に等しい。ただでさえ道幅の狭い地下水路ではこれ程に効率の良い攻撃はない。


 だからといって身を隠し続けるにも限界がある。結局のところ陽たちが選択できる手段は逃走だけだった。運よくお互いに身を隠した先には道が繋がっている。どうにも罠の可能性が否めないが、致し方ない。


「こうなっては別行動するしかない!」


 もちろん危険は承知である。敵地で別行動など危険行為に他ならない。それでもこの状況を打破するには危険を冒す必要があると陽は判断した。


「ひとまず地上を目指す。合流はその後だ」


「致し方ないか……」


 しぶしぶといった形ではあるが、那月は納得した。わざわざ合流を地上にしたのは地下水路では電波不良で端末の使用ができなかったからだ。


「無茶だけはしないように!」


「それはお互い様だろ!」


「ブンガイさんとロニさんもお気をつけてください!」


「クラリッサの嬢ちゃんも気をつけてな。地上で再会しようや!」


 各自が幸運を祈るように声をかけると、背を向け合う形でそれぞれ安全な道へと進みだした。

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