第25話 狙撃×武装ロボット×逃走

 重苦しい空気に圧迫されながらも襲い掛かる寸胴ロボットを蹴散らして科学特区の岸に到着した一行は一息つく。慣れない船上での戦闘は肉体に疲労を蓄積していた。なかでも足腰は酷い。加えて水面の揺らぎで平衡感覚が微妙にコントロールを失っている。立っていることもままならないクラリッサとロニは地面に尻をつけてぐったりと上半身から俯く。


 残りの三人は体調を崩すわけでもなく平然としている。ブンガイは襲撃で破損した船の修理を行い、那月はダウンしている二人の看病を受け持つ。それらの作業をすることで無防備になった面々を陽が警備に当たる。


(気配を察知できないのは意外と厄介だな……)


 警備に当たって間もなくして陽は難しさを感じた。生命体が持つ生気の流れを読むことで出来る気配の察知は機械に通用しないからだ。任務上、対人戦が大半を占めてきた陽にとってはこの事態には慣れていない。どうしても生気を探ろうとしてしまう。


(だが、考え方次第では今後、有利に働くな)


 これまでの事件に一貫性があるのなら今後も敵として立ちはだかるのが機械相手である可能性が高い。それも船上で襲撃してきた寸胴ロボットより高性能だと考えられる。そこには搭載されていた脳が絡んでいる。寸胴ロボットに搭載されていた脳は人間のものではなかった。医者でもない陽が断言できるのはかの施設で人間の脳を直に見た記憶が鮮明に残っているからだ。


 寸胴ロボットに搭載されていた脳は人間のそれより小さい物だった。おそらくは何らかの動物や鳥から採集したものだろう。それでもロボット一台を自律行動させるだけの知能を与えたことは脅威に当たる。仮に人の脳の採集、或いはオリジナルに劣らない人工脳の開発に成功していて、それを搭載したロボットが完成させていたとしたら、それに合わせた戦闘技術を構築する必要がある。その意味ではこの僅かな警備時間も活用することが望ましい。


(情報は音だけでいい)


 目を閉じて視界を消す。意識を両耳にだけ預けて聴覚を研ぎ澄ませた。少しずつ研ぎ澄まされていく聴覚の範囲を徐々に広げていく。背後で体調を整えるクラリッサたちの息遣いが一つの音として捉えられるようになった。


 そんな状態だからこそ迫る脅威に反応することが出来た。


 風を切り裂きながら迫り来る音を捉えた陽は軌道と位置を先読みして那月たちの前に立った。腰に差す刀を抜刀して軌道上に斬り上げる。連動して金属音と火花が散り、分断された物体は対象を避けるように軌道を変えた。異常事態を察した那月とブンガイは動けない二人をそれぞれ抱えて身を隠す。


「今のは銃弾?」


「ええ。それもかなりの腕前ですね」


 那月たちが身を隠した場所に陽も潜り込む。それから視線を切断した銃弾の行先にやる。


「銃弾が切断されることも込みでの軌道とは恐れ入る」


 切断された銃弾の二発ともが船に直撃して炎上している。銃弾に気付かなければ誰かの命が奪われ、防いだとしても科学特区からの脱出する足を奪う。見事と褒める他に言葉がない。


「息つく暇もないわね……」


 那月は心底から嫌気の差した表情を浮かべながら溜め息を吐いた。彼女も態度では見せぬとも船上での戦いでそれなりに疲労を蓄積していたようだ。


「で、ですが助かりました! よく狙撃に気付けましたね⁉」


「試しが偶然にはまっただけさ」


「……試し?」


「こっちのことだ。気にしなくていい」


 わざわざ説明する必要がないと判断した陽は話題を強制的に切って、それよりも、と話題をすり替えた。


「早くこの場を移動した方がいいでしょう」


「狙撃してきたということはやはり後詰めの部隊が?」


「そう考えるのが妥当でしょうね」


「その後詰めの部隊ってまさかあの寸胴ロボットですかい⁉」


 ロニは船上での襲撃が余程怖かったのか、トラウマになったかのような反応を見せた。そこに追撃ちをかけるように機械の駆動音が空気を伝って届いた。駆動音が邪魔をしてはっきりとした数は把握できないが、それでも地面を打つ機械特有の足音が複数に渡っていた。


 陽は壁に背を預けた形で顔をだけを外に出した。銃兵器を装備したロボットが探索する姿が視界に入った。


「迎え撃つ?」


 陽の頭に両腕を置き、体を預ける姿勢で那月も顔を出した。那月の体重を一身に受ける陽の表情には苦悶よりも苛立ちの色の方が強い。それでも振り払う仕草を見せることはせずに那月の質問に答える。


「本気で言ってる?」


「冗談よ。狙撃手の眼がある所に出向く馬鹿な真似はしないわ」


 那月は陽に預けていた体を離して自立すると、足場に視線を這わせた。そこで目的の物を発見した。


「ここからなら逃げられそうね」


 那月は発見したマンホールを日傘で叩いた。各自がマンホールの周りに近寄る。


「地下水路か。逃走経路としては常套手段ではあるな」


 陽はマンホールを持ち上げた。籠った熱気と異臭が地下から押し上げてきた。思わず鼻を摘みたくなる悪臭だ。科学特区の海沿いには工場が乱立していることからその影響が出ているのだろう。


「地下水路であれば市内にも繋がってますから潜入にも使えますよ!」


「妙にやる気ね。言っておくけど、想像以上に地下水路は汚いわよ?」


「問題ありません! それより地下水路を利用しての潜入ってドラマみたいで憧れていたんです!」


 大したことではない理由にクラリッサを除いたメンバーが肩から崩れた。


 どうにも空気が軽くなりすぎだと思った那月は咳払いをひとつすることで強制的に解除すると、指揮を執る。


「どちらにしても地下水路を利用する他に状況を打破する方法はないわけだし――」


 那月は両瞼を閉じることで改めて意思を固くてから両瞼を開ける。


「行くとしましょうか」


 那月を先頭に一行はマンホールを下りて行った。

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