弾丸(たま)と女とシナモンスティック

冷門 風之助 

ACT1

 その日、俺は銀座に居た。


 え?何?


乾宗十郎いぬい・そうじゅうろうが銀座なんかうろついているのは似合わない)って?


 詰まらんことを言うなよ。


 俺だって銀座ぐらい来ることはあるさ。


 今日は仕事じゃない。


 まったくのプライベートさ。


 俺が煙草をらないのは良く知ってるだろ?


 その代わりと言っちゃなんだが、シナモンスティックを咥える。


 しかも特注だ。


 仕事で使うもの以外は、あんまり金もかけない俺にとっては、本当に数少ない贅沢ってやつだ。


 銀座四丁目、三越の真向かいに位置する小さな店だ。


 主に洋風の香辛料を扱っている。


 月に何回かこの店に、特注のシナモンスティックをブレンドして貰っている。

 

 当然値段は張るのだが、ここのは一番味がいいし、おまけに店主とは何かと気が合う。


 俺はアルミのパックに24本入ってる奴を全部で8パック購入した。


 貧乏探偵の俺としちゃあ、痛い出費ではあるが、道楽に使う銭は決して無駄だとは思わない。


 さて、今日の用事は済んだ。


 今日は仕事も入っていない。


 しかし、太陽はまだまだ頭の上だ。


 酒場だってこんなに早くいちゃいないだろう。


 仕方ないな。


 俺は有楽町マリオンの真裏にある小さな喫茶店に入ることにした。


 ここは俺が東京でも数軒というくらいの、上質のコーヒーを出すと信じて疑わない店だ。


 店内は、混んでいた。

 

 まあ、当たり前と言えば当たり前だろう。


 平日とはいえ、午後一時半を少し回ったところだ。


 ランチタイムを終えた人々が、この店・・・・名前を『コジマヤ』という・・・・の、美味いコーヒーを飲みたくなる筈である。


 店に入ると、俺は窓際の、二人掛けの席が空いていたので、そこに腰かけた。


 しかしこれだけ混んでいても、ウェイトレスの教育はなかなかのものだ。


 直ぐに注文を取りに来た。


 俺はキリマンジャロを注文し、ウィンドの外を眺めながら、銀のシガーケースを開けて、残っていた最後の一本をつまみ出して口に咥えた。


 カップを運んできたウェイトレスが、怪訝けげんな顔で俺を見る。


 壁には『恐れ入りますが店内禁煙にご協力ください』と書かれた札が張り付けてある。


 落ち着いた店内にしちゃ、無粋なもんだな。


 俺は彼女の前で噛み切ると、半分だけぼりぼりと、わざと音を立ててやった。


 それでやっと納得したんだろう。


 彼女はカップを置くと、


『ごゆっくり』


 頭を下げて去っていった。


 俺はゆっくりと、キリマンジャロを啜る。


 いい気分だ。

 

 仕事もない。焦らなくてもいい。


 このまま夜まで時間を潰し、そして酒場にしけ込む。


 たまにはこんな日も俺には必要だな。


 俺は半分になったスティックを齧り、コーヒーを口に運びという作業を繰り返した。


(ああ、そうだ)


 俺はテーブルの端に乗せたケースが空になっているのを思い出し、買ってきたパウチの一つを開け、詰め替え作業をしておこうと思った。


 しかし、袋がなかなか開かない。


 無理に力を入れてあけようとすると、半分開けかけたアルミの袋が手から滑り落ちた。


(しまった!)


 そう思った時である。


 すっ、と・・・・誰かの手が伸び、床に落ちかけていたスティックをキャッチした。



 目を上げると、そこにはベージュのサマーセーターにカーディガン。オフホワイトのスリムなパンツ姿の女性が立っていた。


『危なかったですね。はい』


 にっこりと微笑みながら、彼女はそれをテーブルの上に乗せる。


『あの、ここ、空いてますかしら?』


 彼女はちらりと俺の前の椅子に視線を送った。


『ええ』


 応えると、彼女は肩から下げていたバッグを持ち直し、腰かけた。


『よかった。折角銀座まで来て、ここのコーヒーを飲みたかったのに、満席じゃなくて』


 にこりと笑い、彼女はウェイトレスにブレンドを注文した。






 



 

 

 


 


 



 

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