悪魔の女王

ある町で、一人の少年が生まれた。少年は町の修道院に生まれた聖職者であり、聖職者の子として育てられた。だが、数年後———何者かの手によって少年は目の前で両親を失い、故郷も失う事になった。焼き払われた故郷から追われ、傷ついた修道士に連れられたまま流れ着いた先は、クレマローズ王国の教会だった。少年を連れた修道士は息絶え、少年はクレマローズ王国の教会に引き取られるようになった。少年には生まれつき光の魔力が備わっている。その魔力は、神の加護によるものだと言われていた。


少年の名は、ルーチェ・ディヴァール。


ある日の早朝———シスターに挨拶を交わしつつ、ルーチェは聖堂に足を運ぶ。ルーチェの育ての親となる神父ブラウトの下で、祈りを捧げる人々。一通り祈りを捧げ終えると、人々はそれぞれ聖堂から去って行く。ルーチェはブラウトの部屋を訪れる。

「失礼します」

「ああ、ルーチェか。どうした?」

「勝手な頼み事ですみませんが……久しぶりに故郷に行きたい。お父さんとお母さんの墓参りに行きたいんです」

ルーチェの故郷となる町———そこはクレマローズから北に数キロ程離れたシルニアと呼ばれる小さな町である。現在では廃墟となっており、犠牲となった人々の墓が建てられている。その中にはルーチェの両親の墓も存在しているのだ。

「そうか……だが今では魔物が凶暴化している事もあって危険だ。クレマローズの兵士達を護衛に付けなくては」

ルーチェは俯き加減に黙り込んでしまう。

「ルーチェ、何かあったのか?」

「……ここ最近、同じ夢ばかり……見るんです。過去の夢が、何度も何度も……」

数日前から、ルーチェは過去の夢を何度も見ていた。突然現れた何者かの手で八つ裂きにされていく両親の姿。惨殺されていく人々。そして焼き払われる故郷。そんな過去の悪夢を、連日に渡って繰り返す形で見続けていたのだ。

「なんと……まさか神のお告げなのか……いや。何か妙な予感がする。ルーチェよ、今は大人しくしていなさい」

「……それはできない。お父さんとお母さんが呼んでいる。そんな気がするんだ」

「何を言ってるのだ。第一君はまだ……」

「ごめんなさい」

ブラウトの制止を聞かず、ルーチェは部屋を飛び出してしまった。



正午を過ぎた頃、レウィシアはクレマローズ城の前に集まる兵士達を統率し、馬に跨り、兵士達と共に王国を出た。向かう先は北の地に存在するサレスティル王国。かつて大陸に現れた驚異に立ち向かい、多くの戦士と共に大陸を救った歴戦の戦乙女と呼ばれていた女王によって建国された戦士と騎士が集う王国であったが、数ヵ月前から王国を治める女王が突然心変わりし、クレマローズを始めとする各地の王国の制圧と領土拡大を目的とした全面戦争を仕掛けると宣言したという知らせを聞かされ、レウィシア率いる城の特殊部隊総動員で女王の元へ向かう事となったのだ。

「むっ!?姫様、あれを!」

出発してから少し経った時、トリアスが魔物に追われている一人の少年の姿を目撃する。少年は、ルーチェだった。

「小さい子が魔物に!?助けなきゃ!」

レウィシアは颯爽と馬から飛び降りて剣を抜き、ルーチェを追う魔物達に斬りかかる。魔物の身体に剣を突き立てると、魔物は耳障りな雄叫びをあげながらも長いシッポを振り回す。シッポの一撃を盾で防いだレウィシアは後方に飛び退いては剣を構え、魔物の懐に飛び掛かって二段斬りを繰り出した。深い傷を刻まれた魔物は赤黒い血を撒き散らしながら、正面にバタリと倒れた。

「もう大丈夫よ」

レウィシアは樹に隠れていたルーチェに声を掛けると、ルーチェはそっと顔を出す。

「ぼく、ケガはない?」

レウィシアはルーチェの目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。

「もしかして……レウィシア王女様?」

「ふふふ、そうよ」

レウィシアは笑顔でルーチェの頭を撫でる。

「ふふ、可愛い……いくつ?」

「10歳だよ」

「10歳かぁ……ねえ、どうしてこんなところにいるの?おうちは?」

「……ぼく、墓参りに行きたいんだ。お父さんとお母さんの」

「え?墓参り?」

「クレマローズから北にある町に……ぼくのお父さんとお母さんの墓がある。そこへ行きたかったんだ」

ルーチェの事情を知ったレウィシアはうーんと少し首を傾げるが、再び笑顔を向ける。

「だったらお姉ちゃんが連れてってあげる!一人だと危ないし、お姉ちゃんが付いてると魔物も怖くないわ!みんな、ひとまずこの子に協力するわよ」

「しかし姫様!我々はサレスティルへ……」

「何よ、こんな小さい子一人を置いていけっていうの!?」

「いえ、ここは兵士一人に任せておくのが……」

「あなた達がやらないっていうなら私一人でも連れて行くわよ」

レウィシアはルーチェにそっと手を差し出す。

「あ、そういえばお名前聞いてなかったわね。お名前は?」

「ルーチェ・ディヴァールです……」

「ルーチェ君ね。ずっと手を握っててね。あ、抱っこの方がいいかな?」

「いや、このままでいいよ。抱っこされなくても大丈夫だから」

レウィシアは嬉しそうにルーチェの手を握る。幼い弟がいた影響で子供が大好きなレウィシアにとって、子供の相手をするのはとても嬉しい事であった。乗っていた馬の手綱を引きながら、レウィシアは兵士達と共にルーチェが目指している町の場所へ向かう。数分後、廃墟となっていたシルニアの町に辿り着いた。

「ここは確かシルニアの町……何者かの手によって滅ぼされたと聞いたが、一体誰がこんな惨い事を……!」

トリアスが拳を震わせる。人気のない廃墟には幾つもの墓が建てられており、かつて修道院があった場所にルーチェの両親の墓があった。ルーチェはロザリオを手に墓の前で黙祷を捧げ、レウィシアと兵士達も黙祷を捧げた。

「可哀想に……まだ幼いのにお父さんとお母さんを失うなんて……」

ルーチェの両親の墓を前にレウィシアが呟く。

「……この町は、ぼくの故郷でもあるんだ。ぼくがクレマローズの教会に引き取られる前は、ここにあった修道院で育てられた」

無残な形となっていた修道院跡には、破壊された女神像や建物の残骸で埋め尽くされていた。

「ぼくの目の前で……お父さんとお母さんは殺された。そして町を滅ぼしたのは……黒い何かと人間のようなものだった」

「えっ!?」

ルーチェの黒い何かという言葉に、レウィシアは思わず反応する。黒い何か———それはかつて大臣のパジンとガルドフ達を利用して太陽の輝石を奪い、行方をくらましていた謎の黒い影の事ではないかと睨んでいた。

「どうかしたの……レウィシア様?」

「あ、ううん。何でもないわ。色々辛かったよね……」

レウィシアはルーチェの背丈に合わせるようにしゃがみ込み、そっとルーチェを抱きしめる。ルーチェはレウィシアに抱かれながら、風に靡くレウィシアの髪の匂いと鎧の間から露出した肌から伝わる暖かい体温を感じ取っていた。

「レウィシア、様……」

「いい子ね……」

ルーチェの頭を撫でるレウィシア。そっと身体を離すと、レウィシアは立ち上がる。

「誰か。三人ほどルーチェの護衛をお願いするわ。この子をクレマローズまで送ってあげて」

「ならば私が引き受けましょう」

引き受けたのはトリアスであった。同時に二人の兵士がルーチェの護衛を引き受ける事となり、レウィシアは残りの兵士を連れて再びサレスティル王国へ向かう事になった。

「いい?民を守るのも我々の務め。命に掛けてでもその子をお守りなさい」

「ハッ!」

「じゃあね、ルーチェ。お姉ちゃんは今からやらなきゃいけない事があるからまた後で会おうね」

ルーチェをクレマローズへ送り届ける事となったトリアスと兵士二人を残し、レウィシア達は馬に乗って再び目的地へ向かって行った。



その頃、クレマローズ城ではガウラ王がバルコニーに立っていた。

「あなた、どうかされました?」

アレアス王妃がやって来る。

「……不穏な空気を感じる。邪悪な何者かがこの城に迫ろうとしている」

ガウラは灰色の雲に覆われていく空を仰いでいる。

「もしや二年前に太陽の輝石を奪った黒い影とやらが……再び現れようとしているのか」

天候は曇りとなり、間もなく雨が降りそうであった。尚も空を仰ぐガウラは只ならぬ予感を感じていた。

「まあ……あなたったら、ひとまず中で落ち着いたらどうです?」

「うむ、そうだな」

アレアスの一言にガウラは振り返り、ゆっくりと謁見の間へ戻って行った。



サレスティル王国に辿り着いたレウィシア達は、異様な雰囲気を感じていた。暗い表情をした人々に、城下町全体を包む物々しい空気。それはまさに女王の豹変による王国の変貌を物語っていた。

「待て!」

サレスティルの兵士達がそれぞれ剣を手に一斉に立ちはだかる。

「貴様ら、さてはクレマローズの者だな。このサレスティルに何用だ?」

「サレスティル女王が我がクレマローズや各地の制圧と領土拡大を目的とした全面戦争を計画しているとお聞きしました。そこで女王にお話をお伺いしようと訪れたのですが」

「何だと!」

兵士達が戦闘態勢に入る。

「お待ちなさい!」

声と共に現れたのは、紫色の長い髪を靡かせ、白いドレスを着た姫と騎士の男であった。

「姫様!ヴェルラウド様!」

「敵国の者といえど、濫りに争いを起こしてはなりません。クレマローズの者達がこちらに来る事はお母様から聞かされています」

姫の言葉に兵士達は剣を収める。

「失礼致しました。あなた方はクレマローズの者ですね。私はサレスティル王女シラリネです」

続いて騎士の男が前に出る。

「俺はヴェルラウド・ゼノ・ミラディルス。サレスティル女王とシラリネ姫をお守りする王国の騎士だ。宜しく頼む」

ヴェルラウドが挨拶をすると、レウィシアはこちらこそ、と返答した。ヴェルラウドとシラリネの案内で城に招き入れられるレウィシア達。謁見の間には整列した数人の重装兵と騎士、そして女王がいた。

「よくぞ来てくれた。クレマローズ王女レウィシアよ」

女王を前にしたレウィシアとクレマローズの兵士達は跪く。

「なるほど、そなたからは大いなる輝きを感じる。まるで太陽のような強い意志の輝きをな。そなたならば我々の力になれるかもしれぬ」

レウィシアは顔を上げると、不敵に笑う女王の顔を見た。

「サレスティル女王、単刀直入にお聞きします。我がクレマローズや各地の制圧と領土拡大を目的とした全面戦争を計画しているとの事ですが、一体何故このような事を?それに、私達がこちらにお伺いする事を予め存じていたようですが」

女王はクククと笑い始める。

「何、単純な事よ。我が王国の更なる繁栄を目的とした全ての支配だ。各王国を我が手によりて支配下とすれば、サレスティルの栄光は永遠のものとなろう。その為にも、そなたの力が欲しいのだ」

レウィシアは思わず立ち上がる。

「支配……ですって?かつて大陸を救った英雄たる者がどうして……!」

「クックックッ……レウィシアよ。そなたはいつまでも王家のくだらぬ使命に従うまま生きるのを望むのか?我にはわかるぞ。そなたには国を支配する素質がある事を」

女王の言葉によって周囲に不穏な空気が漂い始める。レウィシア達はやはり女王はおかしい、と思いつつも固唾を呑む。傍らに立つヴェルラウドとシラリネは額に汗を滲ませていた。

「そこでだ。レウィシアよ……そなたの力を得る為にも、我が王国一の騎士と呼ばれるヴェルラウドと結婚してもらおう」

「え!?」

「ヴェルラウドよ、聞いたな?」

レウィシアとヴェルラウドは唖然とする。

「女王様!一体何故……」

「命令だ。この者はクレマローズの王女であって、姫騎士と呼ばれる者だ。ただ守られる事しか出来ぬシラリネとは違ってな。それに、かつての我と同じ匂いがする。女として悪くなかろう?」

「し、しかし……」

「レウィシアよ、このヴェルラウドと結婚すればそなたの王国とは争う事もなく我がサレスティルと共に栄光を刻む事が出来るぞ。我の命が尽きようとも、そなた達と共に国を守り、子孫を残せば大いなるサレスティルの栄光を永遠のものとするのも夢ではあるまい」

戸惑うヴェルラウドの隣に立つシラリネが口を開く。

「お母様!何て事を仰るのです!それに、ヴェルラウドは……」

「ええい、黙れ!要らぬ口出しするな!」

女王が怒鳴りつける。

「黙るのはあなたの方よ、女王」

レウィシアは剣を抜いた。同時にクレマローズ兵士達も立ち上がり、全員一斉に剣を抜く。

「何の真似だ?」

「随分とくだらない茶番を用意してくれたものね。女王の事はお父様から聞かされているわ。本当の女王はあなたのような戯けた野心を持つ輩じゃない。正体を現しなさい!」

女王の顔が険しい顔つきになる。

「……うまく我が手に出来ればと思っていたが、やはりそう出るか。まあいい。我々に歯向かうのであらば貴様達はただの邪魔者だ。この者どもを捕えろ!」

サレスティルの重装兵と騎士達がレウィシア達を取り囲む。

「ひ、姫様!」

「できるだけ手荒な真似はしたくないけど……こうなったらやるしかないわね。行くわよ!」

「ハハッ!」

クレマローズ兵士達が声を挙げると、サレスティル重装兵と騎士達が一斉に襲い掛かる。迎え撃とうとするレウィシアの前にヴェルラウドが立ちはだかる。

「あなたが相手?」

「……悪いが女王の命令だ。他国の姫に手を出すのは気が進まないが、大人しくしてもらうぜ」

ヴェルラウドが腰の剣を抜く。

「邪魔するなら容赦しないわよ」

レウィシアが剣を手に斬りかかると、ヴェルラウドはその一撃を軽く剣で防ぐ。火花が飛び出る程の激しく切り結んだ攻防が繰り広げられ、剣での実力はほぼ互角であった。両者が後方に飛び退き、剣を構える。

「はああっ!!」

両者が同時に飛び出すと、ガキィンと大きな金属音を轟かせる。剣と剣が交じり合ったまま力比べをし、同時に再び後方へ下がる二人。

「なかなかやるな。このままではキリがないか……」

ヴェルラウドは両手で剣を持ち始める。すると、剣先から赤い火花のようなものが飛び出し始める。火花は赤い稲妻となり、剣が赤い雷光に覆われ始めた。

「な、何!?」

その様子に驚いたレウィシアは思わず盾を構える。ヴェルラウドは赤い雷光に包まれた剣を手に突撃する。その剣の一撃を盾で防いだ瞬間、レウィシアは赤い雷光による電撃に襲われてしまう。

「きゃあああああ!!」

盾を伝い、全身に受けた赤い雷光による電撃を受けたレウィシアは全身に痺れを残して倒れてしまう。

「ひ、姫様ーー!!」

倒れたレウィシアの姿に怯んだクレマローズの兵士達は重装兵と騎士達の総攻撃によって次々と倒されていった。

「うう……」

身体を動かそうとするレウィシアだが、痺れによって動く事が出来ず、そのまま気を失ってしまう。

「フハハハ、面白いものを見させてもらった。よし、牢に入れておけ」

笑う女王の命令に従い、重装兵達は倒れたレウィシアとクレマローズの兵士達を地下牢へ運んでいった。その様子を見ていたヴェルラウドは剣を収め、険しい表情で俯きながら拳を震わせていた。



その頃、墓参りを終えたルーチェをクレマローズの教会へと送り届けたトリアスと兵士達は改めてサレスティル王国へ向かおうとしていた。出発してから30分後、トリアス達は一人の男が傷だらけで倒れているのを発見する。

「どうした、大丈夫か!?」

トリアスが声をかけると、男は息も絶え絶えの様子だった。

「……黒い……何かが……北の……ほ……うに……」

それだけを言い残すと、男はガクリと息絶える。

「くっ、ダメか……。黒い何かが北の方に……姫様!」

悪い予感を感じたトリアスは馬に鞭を打ち、サレスティル王国へ急いだ。



地下牢には、気を失ったレウィシアとクレマローズの兵士達が投獄されていた。見張りの兵士が歩く中、その様子をそっと見ていたヴェルラウドは牢の中にいるレウィシアの姿を見ては、静かに階段を上がっていく。階段を昇り終えると、シラリネが立っていた。

「ヴェルラウド……」

シラリネは俯き加減に呼び掛ける。

「……わかってるよ、姫。今の女王は女王じゃない。だが……女王に歯向かうわけにはいかない」

「でも、このままじゃあ……」

「俺は……あなたを守りたい」

ヴェルラウドはシラリネの首飾りを見つめている。血のように赤い宝玉が埋め込まれた首飾り……それは、女王が付けていた首飾りと同じものであり、豹変した女王に与えられたものであった。



数ヵ月前———夜が更けた時、女王の前に黒い影が姿を現した。

「誰だ!?」

女王が身構えると、影は二つの目を見開かせ、同時に上向きに歪ませた口が現れる。


———サレスティル女王よ。貴様も素材になりそうだ。貴様はかつてこの大陸を襲った脅威に立ち向かいし英雄の一人……我が計画に協力してもらおう。


影は不敵に笑うと、その姿は徐々に大きくなっていく。

「貴様、何者だ!計画とは何だ!?」

女王が声を張り上げた瞬間、大きくなった影の口が開かれ、伸びてきた長い舌が女王の身体に巻き付いていく。

「ぐああああ!!」

女王の全身に黒い放電を伴った電撃が襲い掛かる。気を失った女王は舌に巻き付かれたまま影の口に放り込まれ、食われていった。


———ククク……少しばかり余興を楽しむのも悪くはないな。


影の口からは女王の身体が吐き出される。女王はゆっくりと起き上がり、無表情で辺りを見回し始める。女王の首には赤い宝玉が埋め込まれた首飾りが付けられていた。


———貴様には娘がいたな。この首飾りを娘に与えるのだ。さすれば、貴様の首を取る者は易々と現れまい。


影は女王に首飾りを与える。女王がそれを受け取ると、ニヤリと笑い始めた。

「サレスティルは……我の支配下にある。我がサレスティルの栄光を永遠のものとする……その為にも……各地を支配するのだ。ククク……クックックッ……ハハハハハハ……!」

譫言のように呟くと、女王は狂ったように笑い出した。



それから女王は黒い影に与えられた首飾りをシラリネに与え、王国の更なる繁栄と称し、兵力と武具の強化と他国の侵攻を目的とした莫大な増税による悪政を行うようになった。逆らう事があれば牢獄行きにされ、首を取ろうとする者には死刑をも厭わない。そんな女王の心変わりに戸惑いを隠せない王国の人々。シラリネが女王に呼び出されたある日の事———。

「お母様……一体どうしたというのです?突然このような政治を行うなんて」

「シラリネよ。これからは我がサレスティルの更なる繁栄を築き上げるのだ。その為にもお前に一つ知ってもらうべき事があってな」

女王は一本のナイフを取り出し、自身の左手の甲に突き立てた。

「ああぁぁっ!!」

声をあげたのはシラリネだった。女王がナイフで左手の甲を刺した時、シラリネの左手の甲からも血が噴き出し、傷の痛みが襲い掛かったのだ。

「ククク……どういう事かわかるか?お前は今や私と同じ身体のようなもの。私が傷つけば、同時にお前も傷つく事になる。この首飾りがある限りな」

シラリネは女王の首飾りを見てハッとする。それは今付けている自分の首飾りと全く同じもの。思わず首飾りを外そうとするが、まるで鍵がかかっているかのように外れない。

「無駄だ。その首飾りは決して外れる事はない。例え死んでもな」

「……あなたは……あなたは本当にお母様なの!?何故……どこでこんなものを!」

女王はナイフで自身の左腕に一筋の傷を刻むと、同時にシラリネの左腕にも傷が刻まれる。

「お前が私の命を奪おうとしても、それはお前自身の命を奪う事になる。非力なお前でもこの私の役に立てられた事を有難く思うがいい」

傷口を抑えるシラリネに背を向け、女王はその場から去って行った。

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