第41話魔女はまさかの……?

 タバサに連れられ、向かった先は先日訪れた火山だった。

 ここに火の国の魔女、サラがいるようだ。

 やっぱり婆さんなんだろうか?

 というかこんなところに住んでて、不便じゃないのかな。


 以前訪れた時のように、タバサが結界を張り螺旋階段のような足場を降りていく。

 火口付近まで来たが人が住めそうな場所は見当たらない。

 一体どこに住んでいるのだろうか。

 俺が辺りを見渡していると、タバサが声を張り上げた。


「サラ様ー! 客人を連れて来ましたよー!」


 火口に向かって、である。

 まさか……と俺が思う暇もなく、ボコボコと火口から泡が立ち始めた。

 そしてザバァと、出て来たのは以前に見た火竜である。

 火竜は長い首を持ち上げると、俺たちを見下ろし口を開く。


「ようこそ客人、歓迎しましょう。私の名はサラ。火の魔女サラです」


 見た目とは裏腹に、優しい口調でサラは名乗った。

 まさか魔女があの火竜だったなんて……驚いて声も出ないぜ。

 言葉を失っていると、クロが俺の頭にぴょんと飛び乗った。


「にゃ! どこかで見覚えがあると思ってたら、やっぱりサラにゃ!」

「ってお前は知ってたのかよっ!」


 思わずクロに突っ込む。

 そういえば前にここを訪れた時、火竜に見覚えがどうとか言ってたな。

 まさかそれが魔女だとは思わなかった。


「隠してたわけじゃないが私はサラ様の眷属でね、ここから動けないサラ様の目となり耳となっているんだ。その代わりに見学ツアーで稼がせて貰っているのさ」


 タバサの言葉にサラが頷く。

 そういえばローザも魔法で作った自分の幻影で、金儲けしていた気がする。

 こういうの、魔女の間で流行っているのだろうか。


「じゃあ火口で眠ってて、月に一度だけ起きてきて岩石を食べるっていうのは……」

「眠っているのは本当ですが、しばらくすると浮かんできてしまうのですよ。だから時々岩石を食べて、その重みで沈んでいるのです。お恥ずかしい限りですが……」


 どうやら重しにしているだけだったようだ。

 潜水艦に水を入れて沈んだりするようなもんかな。

 ていうか何やら恥ずかしがっているが、何が恥ずかしいのか全く分からん。


「タバサを通してユキタカの事はよく見ていました。若いのによくできた人物のようですね。マーリンが後継者にしたのも頷ける」

「うーん……なんで俺がって感じですけどね」


 皆、俺の事を買い被りすぎである。

 どこにでもいるごく普通の人間だぜ俺は。

 居心地悪く頭を掻く俺を見て、サラは微笑を浮かべる。


「えぇ、きっとそういう所ですよ。ふふ」


 何だか勝手に納得されてしまった。

 やれやれ、否定するのも面倒である。


「ところでユキタカ、マーリンは元気ですか? 彼女がいつかまたここを訪れる日を、ずっと楽しみにしているのですが」

「えぇっと、言いにくいんですがね……」


 俺はサラに一部始終を説明した。


「……なるほど、そうだったのですね。いえ、確かに人の寿命はとても短い。マーリンもよくそのような事を言っていました。とても残念です……」

「えぇ、俺も本当に世話になりました」


 しんみりとした空気が流れる中、クロがサラの頭にぴょんと飛び乗った。


「ばあさんは湿っぽいのは好きじゃないにゃ。気にしなくていいにゃ」

「クロ……そうですね、えぇ」


 サラはそう呟くと、俺をじっと見下ろし咳ばらいをした。


「……おほん、ところでユキタカよ。あなたをここに連れて来て貰ったのは理由があります。実は作って欲しいものがあるのですがよろしいですか? 無論、十分な礼は用意致しますので」

「俺に……ですか? 一体何を……」


 まさか魔道具を作れってんじゃないだろうな。

 いくらマーリンに認められたからってそんなもの作れないぞ。


「それは――」


 だが、戸惑う俺の耳に飛び込んできたのは、意外な単語だった。


「ぱすたです! 先日タバサ作っていたでしょう。あれを作って下さい!」

「……パスタ? ってパスタですか?」

「えぇ、あのつるつるしたものを食べてみたいのです!」


 まさかの食い物だった。

 いや、下手によくわからないものよりありがたいけどよ。

 どんな難題が飛び出すかと思ったが、それくらいならお安いものである。


「わかりました、いいですよ」

「やったぁ! タバサの目を通して見てはいたのですが、味まではわからなかったので食べてみたかったんですよねぇ! 楽しみです!」


 火竜にあるまじき、はしゃぎようである。

 ちょっと尻尾を動かすのは止めてくれませんかねぇ。

 溶岩が跳ねて危ないんですけど。


「少し待っててくださいね。大人しくでお願いします」

「はいっ!」


 元気よく返事して、サラは岩の上に座り込む。

 ふむ、しかしパスタか。

 あの巨体を満足させる量となると……かなり頑張らないといけないな。


「ユキタカ、ボクも手伝うにゃ!」

「自分にもできることがあれば言って欲しいのだ」

「クロ、雪だるま……」


 そうだ、二人がいればなんとかなるかもしれない。


「それじゃあ頼むぜ、二人とも」


 俺は精霊刀を取り出し、土の精霊に巨大なボウルを生み出してくれるよう、頼む。

 すると俺の身長よりも高い、巨大なボウルが生まれた。

 ありがとう土の精霊さん。


「クロ、小麦粉と卵、塩を中へ入れて、混ぜてくれ」

「任せるにゃ」


 クロが魔力にて、材料を集めて空中でパスタの生地を練り始める。

 今度はソースだ。巨大フライパンを生成してもらい、余っていた魔物肉を取り出す。


「雪だるま、刻んでくれ」

「承知なのだ」


 雪だるまが剣を構えると、虚空に剣閃が走る。

 切り裂かれた肉が、パラパラとフライパンの上に落ちてきた。

 どれだけ大きかろうとパスタはパスタ、作り方は一緒である。


「雪だるま、記事が出来たら冷やした後に細長く切断してくれ!」

「クロはパスタを空中で固定、息を合わせろよ!」


 二人に指示をしながら、俺はソースをかき混ぜる。

 クロと雪だるまに協力してもらいながら、巨大パスタは仕上がっていく。


「あとはソースとパスタを絡めて……完成だ!」


 百人前はあろうかという特盛りパスタの出来上がりである。

 まさに巨人のパスタ、その出来栄えにサラは目を輝かせている。


「おおっ! これがあのぱすたなのですね!」

「どうぞ、遠慮なくお召し上がり下さい」

「では早速……んむっ! これはっ!」


 サラは目を丸くすると、息を吸い込むかのようにパスタを飲み込んでいく。


「何という新しい食感!ツルッとした喉越しに真っ赤なソースが絡みつく! とても美味しいです!」


 ちょ、食べるの早すぎじゃないですかね。

 大量に作ったパスタがあっという間に半分になってしまった。


「ボクも食べたいにゃ」

「自分もなのだ」

「ああ、みんなで食べよう」


 すでに取り分けておいた皿を、クロと雪だるまに渡す。

 もちろんタバサにも、精霊さんたちにもだ。


「美味しいにゃ!」

「以前と少し違うのだ。香ばしいのだ」

「おっ、よくわかったな。ニンニクを入れてみたんだよ」

「へぇ、いろんな味付けが楽しめるんだねぇ」


 皆、口々に賞賛の声を上げながら、パスタを一心不乱に食べ続ける。

 大量にあったパスタは凄い勢いでなくなっていき、最後はサラが皿を舐めて綺麗さっぱりなくなったのである。

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