第15話ウインタースポーツを堪能しました

「いよっ!」


 走らせていたボードを一気に傾ける。

 前方に雪しぶきが弧を描いて舞い散り、停止した。

 うん、だいぶコツが掴めてきたな。

 身代わり人形のおかげである。


「ていうかクロのやつ、何やってんだ?」


 見ればクロは子供たちに交じって遊んでいた。


「にゃにゃにゃにゃにゃーっ!」

「あははー! 待て待てー!」

「しゃべるにゃんこだー!」


 ……いつの間に仲良くなったのだろうか。

 クロは子供たちとキャッキャと騒ぎながら戯れている。

 それをぼんやりと眺めていると、気づいたクロが駆け寄って来る。


「ユキタカ、もう滑れるようになったかにゃ?」

「……ま、まぁな」


 どうやら俺がコケまくっていたのを見られていたらしい。

 夢中になってたからこっちなんか見てないと思ったが……ちょっと恥ずかしい。


「あっちの方にもっといい場所があるらしいにゃ! ユキタカも行こうにゃ!」


 目を輝かせ、俺の袖をぐいぐいと引くクロ。


「お、おいちょっと待て」

「もうこの辺りは滑り飽きたにゃ。もっと上に行こうにゃあ」


 そういえばクロはずっとここで遊んでいたっけ。

 この辺りは起伏も少ないし、飽きてきたんだろう。

 俺も慣れてきたし、初心者コースは卒業する頃合いだろう。

 ボードには大分乗れるようになったし、身代わり人形もある。

 中級者コースに挑戦してみるとするか。


「わかったよ。じゃあ行くか?」

「にゃあ!」


 俺はクロに連れられ、山道を登る。


「こっちにゃ」


 と思ったら麓にある小屋へと向かっていく。


「何だここは?」

「ここで山の上まで乗せていってくれるらしいにゃ」


 なるほど、リフトみたいなものか。

 だがそれらしきものは見当たらないが……ともあれ小屋の扉を開ける。


「オンオン! オオン!」


 と同時にけたたましい吠え声が響いた。

 出迎えたのは大きく毛むくじゃらな犬である。

 うおっ、びっくりした。


「おや、こんにちは」


 犬たちに囲まれたおじいさんが、パイプタバコを吹かせながら話しかけてきた。

 やはりリフトのようなものはなく、それどころか何かの店でもなさそうだ。

 普通に民家という感じである。


「おじいさん、ここに来れば山の上まで連れてってくれるって聞いたにゃ! 連れてってにゃ!」


 だがクロは物怖じせず、おじいさんに頼んだ。

 本当怖いもの知らずだな。

 おじいさんは少し考え込んで答える。


「……あぁ、子供たちに聞いたのかい。私は山小屋の管理をしていてね、時々山の上にある小屋へ行くついでに子供たちを連れて行ってあげてるんだよ。この犬ぞりでね」

「オン!」


 おじいさんが傍の犬を撫でる。

 なるほど、仕事ついでに子供たちを上まで乗せて行ってたわけだ。

 犬ぞりは是非とも一度乗ってみたかったんだよな。

 俺も一歩前に出て、頭を下げる。


「すみません、不躾なお願いですが、よかったら乗せて行ってもらえるとありがたいです」

「あぁ、構わないよ。丁度物資を補給しに行くところだったしね。ほらこっちだ。おいで。ポチ、コロ、タロー」

「オン!」「オンオン!」「オンッ!」


 犬たちはおじいさんに呼ばれ、ついていく。

 でっかいけれどとても懐いていて、可愛いな。


「そら、ここに乗りな」


 おじいさんは外置いてあったそりに犬をくくりつけ、俺たちに隣に座るよう促した。


「失礼します」

「にゃ!」


 俺が座ると、膝上にクロがぴょんと飛び乗る。

 俺たちが乗ったのを確認し、おじいさんは犬を走らせた。


「よし、行け!」

「オンッ!」


 犬たちは力強い走りで、山を駆け上っていく。

 おお、結構早いな。

 流石大型犬、俺たちを乗せていても平気な顔して走っている。


 周りを見ると、ボコボコと小さなコブが出来ており、オリンピックとかで見る競技スキーのようになっていた。

 なるほど、ここを滑って降りるわけだな。

 楽しそうだ。

 しばらくすると山腹の方に小屋が見えてきた。


「それじゃあ私はここに用があるんでね。君たちもここでいいかい?」

「ありがとにゃ!」

「本当にありがとうございました。何か礼を……」


 俺が金を差し出そうとすると、おじいさんは首を振ってそれを止めた。


「礼はいらないよ。どうせついでだからのう。それより気をつけるんだぞ」


 おじいさんは俺たちに背を向け、小屋に入って行った。

 うーん、かっこいいおじいさんだ。


「ユキタカ、早速滑るにゃ!」

「はいはい……っておい、どこまで行くつもりだ? コースはこっちじゃないのか?」


 クロは登ってきたのと反対側へ向かっている。


「こっちにの方がもっと楽しいらしいにゃ!」

「なんか嫌な予感がするんだが……」

「あったあった、ここだにゃあ!」


 立ち止まったのは氷で出来た道だった。

 円形に繰り抜いた道はぐねぐねと曲がりながら、山の麓まで伸びている。

 ……これ見たことある、ボブスレーのコースだ。

 ちなみにボブスレーとは、マシンのようなそりで氷のコースを滑るという競技である。

 最高速度は時速百キロを軽く超えるらしい。

 その氷のコースそっくりなのだ。


「しかしなんでこんなもんが?」

「昔からあるらしいってあの子たちが言ってたにゃ。これに乗ればすっごくスピードが出て、すっごく楽しいらしいにゃ!」


 ふんすと興奮気味に鼻息を荒らげるクロ。

 昔からって……子供が作ったにしては大掛かりだし、大人が作ったにしては管理されてない。

 自然に出来たとも思えないしな。


「ユキタカ、早く来るにゃ!」

「わかったわかった」


 クロは俺に催促しながらも、目をキラキラさせている。

 スノボかと思ったらボブスレーだったとは。

 まぁ子供たちが遊んでいたなら、そう心配はないだろう。


「……でもどうやって滑る気だ?」


 人が乗れるようなそりはもちろん、ない。

 ということは……まさかこのボードで?

 俺が信じられないといった目を向けると、クロは大きく頷いた。


「さ、行くにゃ!」

「……やれやれ」


 こうなりゃ毒を食らわば皿までよ。

 ボブスレーもやってみたかったしな。

 俺はクロを抱きかかえ、二枚重ねたボードに乗る。

 ――そして、俺たちは風になった。


「ぎゃーーーーっ!」

「にゃーーーーっ!」


 想像以上の加速度、そりでガードされてない事への恐怖、上がる絶叫。

 たったの数十秒だったが、これほど恐ろしい体験は今までなかった。

 ……恐ろしい競技だった。

 二度とやらないと誓ったね。


「楽しかったにゃ!」

「……そうか」


 満面の笑みを浮かべるクロに、俺は力なくそう返すのだった。

 ぐったり。

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