第10話夕食をいただきました

「あらお客様。随分ゆっくりでしたね」


 風呂から上がると、女将にばったり会った。

 丁度料理を運んでいるようで、皿の乗った台車を押していた。


「外は吹雪いていましたが、大丈夫でしたか?」

「えぇ、実は雪で遊んでいて時間を忘れました……年甲斐もなく、お恥ずかしいです」

「ふふっ、何歳になっても童心に帰れる男性は素敵ですよ」


 そう言って上品に微笑む女将。

 なんか気恥ずかしいな。照れるぜ。

 クロがひょいっと俺の肩に乗り、女将の運んでいる料理をじっと見つめる。


「魚の匂いがするにゃ」

「えぇ、本日の食事はお魚が沢山よ。猫ちゃんお魚好きかしら?」

「にゃんっ!」


 女将の問いに、クロは目をまん丸にしてコクコクと頷いた。

 美味そうな匂いがしているもんな。今から楽しみである。


「ところでお客様、今はお風呂上がりですし、少し時間をずらして持っていった方がいいですか?」

「いえ、構いませんよ。一緒に行きましょう」

「かしこまりました」


 俺とクロが歩く少し後ろを、女将は料理を押しながらついてくる。


「準備をいたしますので、少々お待ち下さいませ」


 女将はそう言って扉を開けて中に入った。

 配膳する音がここまで聞こえてくる。


「んー、いい匂いにゃあ」

「あぁ、腹減ってきたな」


 期待感が高めながら待っていると、女将が戻ってくる。


「お待たせしました。お部屋へどうぞ」


 促されるまま部屋に入ると、テーブルの上に豪勢な食事が並んでいた。

 焼いたサンマに、アジのフライ、サバの煮込み……刺身がないのは残念だ。

 そもそも生で食べる文化がないのかもしれない。

 他にもサトイモとエンドウを煮たものや、レンコンの薄切りを揚げたものを盛り付けた小鉢がいくつか。

 汁物とデザートも付いている。

 中々豪華なディナーだ。


「美味しそうにゃ!」

「だな、この宿にして正解だったぜ」

「光栄でございます。では心ゆくまでお楽しみくださいませ」


 女将が頭を下げ、出て行くの見送った俺とクロは料理に向かい合い、手を合わせる。


「いただきます」

「にゃ」


 俺は鞄からマイ箸を取り出すと、まずはサンマに手をつける。

 やはり日本人の俺としては箸が一番使いやすいんだよな。

 魚を食べるときは特にだ。

 箸でつまんで身をほぐし、口に運ぶ。

 もぐもぐと噛みしめて、一言。


「……これは、塩味だな」


 塩をつけて、焼いただけって感じだ。

 食べられない事はないが、手放しで美味いと言えるかというと微妙なところである。

 次はアジフライを一口。これまた普通に揚げただけだ。

 他の料理も軒並み薄味である。

 うーん、素材の味が生きている。


「ユキタカの料理の方が美味しいにゃあ……」


 クロも渋い顔をしている。

 そういえばマーリンに初めて料理を作った時は、こんな美味いもんは初めて食べたよ! とか言って感動してたっけ。

 あの時は流石に大げさだろ、と思ったがこんないい旅館で出てくる料理がこれなら納得かもしれない。


「ユキタカ、ショーユ出してにゃ」


 クロが物欲しそうに俺の傍にすり寄ってくる。

 調味料の持ち込みってどうなんだろうか。

 あまりマナーがいいとは言えないが……まぁこのくらいなら別にいいか。


「わかったよ」


 俺は鞄から調味料一式を取り出した。

 そこから醤油を取り、サンマの塩焼きにたらりとかける。


「にゃっ! これこれ、これがないと始まらないにゃん」


 言うが早いか、クロはサンマにかぶりつく。

 俺の方にも醤油をかけて、頂く。

 うん、やっぱり焼き魚には醤油が合うよな。

 絶妙なしょっぱさで美味しい。


「他のにもかけてにゃ」

「まぁ待て。魚はともかく他の料理に醤油は味が濃すぎる。こいつを使った方がいい」


 そう言って取り出したのは、和風料理の基本であるめんつゆだ。

 これはなんにでも合う万能調味料なんだよな。

 とりあえずこれにつければ何でも美味いまである。

 空の小鉢にめんつゆを注いで、アジのフライにそれをつけて食べる。


「ん、美味い!」


 フライは何もつけずに食べたら油っぽくていまいちだが、めんつゆの旨味が染みて俄然食べやすくなった。


「んにゃっ! 美味しいにゃ!」

「他の料理にもちょっとずつかけておこう。和風っぽいし旨味が増すはずだ」

「にゃっ!」


 クロは余程美味しかったのか、がつがつと食べ始める。

 薄味ではあったが、素材は決して悪くなかったからな。

 元の味が十二分に生かされ、いい感じになったぜ。

 俺もクロに負けじと箸を進めていく。

 色とりどりの料理は次々なくなっていき、あっという間に全て平らげてしまった。


「――ごちそうさま」

「ふにぃ、美味しかったにゃん……」


 満腹になったのか、クロはテーブルの上で丸まってしまった。

 口元には食べた後がいっぱいついている。


「こら、行儀悪いぞ」

「にゃむむむ……」


 ナプキンでクロの口元をぬぐい、汚れたテーブルも拭いておく。

 猫喰いだから食べている時に散らばってしまったのだ。まぁ猫だから仕方ない。

 一服していると、ノックをして女将が入ってくる。


「お膳を下げに参りました」

「ありがとうございます。美味しかったですよ」

「それはよろしゅうございました」


 醤油をかけて食べたけど、ちょっと薄味だっただけで不味かったわけではない。

 見た目にも凝ってたし、種類も豊富だった。

 こういうちゃんとした料理が食べられるのも旅館の醍醐味だよな。

 料理は目で食べるとも言うし、堪能させていただきました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る