第6話雪国に入国しました

 地面に積もる雪が徐々に増え始めた。

 今は丘の上で、ここを抜ければ大きな街道に出る。

 そこからはもう目と鼻の先である。

 ヘルメスのおかげで普通に走れているが、地面には雪が積もり、雪もチラチラ舞っている。


「思ったより降らないもんにゃあ」

「基本的には夜にどかっと降るんだろうな」


 日中は太陽の熱で溶けるので雪は降りにくいもんだ。

 本降りは夜か。それまでには着いておきたいところだな。

 宿に泊まって雪景色を眺めながら一杯……なんとも風情があるじゃないか。


「お、見えてきたぞ」


 丘の頂上に登ると、眼下に町が見えた。

 降りた向こうはまさに一面の雪景色。

 雪国ラティエ、言葉の通りその大地は雪に覆われている。


「さて、あとちょっとだぞ」

「にゃあ!」


 俺はアクセルをふかし、丘を降りていく。

 雪に覆われた斜面をブレーキを踏みながら進んでいく。

 うひょう、スキーみたいだぜ。やった事ないけど。

 山の下は見渡す限りの雪原で、草も岩も降り積もった雪に覆われ、町の外壁が遠くに見えるのみだ。


 ヘルメスから降りて雪の中にダイブしたい気持ちをぐっと堪え、走る。

 ここで後先考えず飛び込んだら、濡れたまま走る事になり、風邪を引いてしまうからな。

 何をするにも身体が資本だ。


 雪原を走っていると、大きな壁が見えてきた。

 積み重なった雪を固めて壁にしたようだ。

 壁はガチガチに凍っており、とんでもない高さである。


「ふわぁ、すごい壁だにゃあ」

「魔物の侵入を阻む防壁か。雪を除去もかねてるんだろうな」


 これだけの雪国なら、道や家に降り積った雪は邪魔になる。

 その廃棄先がこの壁なのだろう。

 でなきゃいくら何でもここまで大きい壁は必要ない。

 豪雪地帯では雪かきが大変らしいしな。冬になるとよくニュースでやってるし。

 壁に沿って町の周りを走っていると、壁面にぽっかり空いた穴が見えた。


「お、あれが入り口みたいだな」


 見れば穴の中に人が立っている。

 毛皮の帽子とコートにブーツ。

 殆ど着ぐるみのような格好である。

 暖かそうだな。

 あれは多分、国境を守る衛兵と言ったところか。


 そういえば中へ入るのに何か必要な物はあるのだろうか。

 マーリンは特に何も言ってなかったっけ。

 まぁ、戦争してたり病気が蔓延している国とかでもなきゃ多分大丈夫だろう。

 必要なものがあれば聞けばいいし、とりあえず行ってみるか。


「ヘルメスは迷彩してあるし、そう怪しまれはしないだろう。多分」


 ヘルメスは魔法により、他の人には馬に見えているのだ。

 一応触られても大丈夫とは書いてあったし、なんとかなるだろう。

 やばそうなら逃げればいいか。

 俺はアクセルをふかし、衛兵の元へ向かった。


「む、旅人ですか?」

「はい。観光目的です。中に入りたいのですが」

「なるほど。もちろん歓迎いたしますよ。ここ、雪国ラティエはとても美しい国です。食べ物も美味しいし、楽しんでいってください」


 衛兵はにっこり笑うと、俺を歓迎してくれた。

 お、好感触。

 どうやら歓迎されているようだ。

 ヘルメスも怪しまれていない。よしよし。


「入国手続きが終わったらすぐに入れますよ」

「お願いします」


 奥へ連れて行かれ、簡単な書類を書かされた。

 名前、年齢、目的、出身地……はどうしたもんかな。

 静岡とか書くわけにもいかんし……そうだ、マーリンの故郷を書いておこう。

 確かヘイブパークだっけ、魔犬の森の近くにある小さな村だったはずだ。

 俺はさらさらと書き記すと、衛兵に見せた。


「ほう、ヘイブパークの出身ですか。あの大魔女マーリンを輩出した村ですね。私も行ったことがありますが、のどかでいい所だ。えーとユキタカさんですね。年齢二十四歳、目的は観光と。はい、これで大丈夫です。雪国ラティエへようこそ」


 書類を脇に抱えると、衛兵は俺に敬礼をした。

 俺も同じようにして返す。


「……ところでよい馬に乗っていますね。少し見せてもらってもいいですか?」


 どきっとして振り返る。

 まさか怪しまれたんじゃないだろうな。


「ど、どうぞ」


 恐る恐る返事をすると、衛兵はヘルメスの横に座り込む。

 落ち着け、平常心だ。動揺を顔に出すな。

 深呼吸する俺の目の前で、衛兵はヘルメスを舐め回すようにじっくり見た。

 そして、おもむろに立ち上がった。


「……ありがとうございます。これは素晴らしい馬ですね。よく懐いてらっしゃる。僕が触っても微動だにしません」

「え、えぇまぁ」


 本物の馬じゃないからな。

 衛兵はヘルメスを見てしきりにため息を吐いている。

 どうやら普通に見たかっただけのようだ。焦ったぜ。


「実は私も金を貯めて馬を買うのが夢なのですよ。なので少し……いやかなり興味がありましてね。いやぁやはり馬はいい! ありがとうございました。おかげで購入のモチベーションが上がりましたよ。ははは」

「いえいえ、気にしないでください」

「呼び止めてすみませんでした。それでは良い旅を」


 衛兵に見送られ、俺は町の中へと入っていく。

 壁の下を通るトンネルは長く、薄暗い。

 ヘルメスに乗り、ゆっくりと走らせる。


「ふぅ、無事に入れたな」

「よかったにゃあ」


 これだけあっさり入れたのは、ここが観光地として栄えているのだろう。

 観光地は訪れる人がいなければ立ち行かない。

 俺が観光目的だから歓迎されたのかもな。


「まぁ折角の雪国だ。色々楽しもうぜ」

「にゃ!」


 ヘルメスを押して歩いていると、光が差し込んでくる。

 すぐ向こうには、トンネルの出口が見え始めていた。

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