第3話猫の手は有能でした

 ドドドドドドと爆音を鳴らしながら、魔導二輪車ヘルメスが駆ける。

 森の中はかなりのでこぼこ道だが、それを意にも介さぬような安定した走りを見せている。

 魔法の力だろうか、こりゃ快適だ。

 一時間走ったら小休憩を挟み、方位磁石と地図で現在位置を確認する。

 時速六十キロで一時間走れば走行距離は六十キロ、それで大まかな位置を測りながら走っているのだ。

 走行距離と地図を照らし合わせれば、あと一時間もしないうちに森を抜けるだろう。


「……うん、ルートは大体合っているな。このまま走れば森を抜けるだろう。そうしたら大きな道に出るから道なりに進めば……って感じかな」

「はぁー、よくわかるもんだにゃあ。すごいにゃあ」


 クロは目をキラキラさせながら、尊敬のまなざしを向けてくる。

 いや、小学生の算数と地理レベルなんだが……ちょっとバカにされてる気がする。

 まぁ相手は猫だし、あまり考えても仕方ないか。現代知識チートという事にしておこう。しょぼいけど。

 気持ちを改めて、ヘルメスを走らせる。


「もっと飛ばすにゃー!」

「もう十分スピード出てるっての」


 クロが煽ってくるのを嗜める。

 スピードの出し過ぎは事故の元だ。

 安全第一でいこうぜ。

 しばらく走っているとクロは大きく口を開け、欠伸をした。


「ふにゃー、眠くなってきたにゃあ」

「ずっと同じ景色だからな。寝てればいいぞ」

「んじゃ、何かあったら起こしてにゃ」


 言うが早いか、クロは丸くなるとスヤスヤいびきをかき始めた。

 気まぐれというかマイペースというか……まぁこんなものだろう。なんせ猫だし。

 俺は気にせずヘルメスを走らせ続ける。

 それにしてもこうして森の中を走っていると、やっぱり異世界なんだなぁと感じる。

 時々妙な姿の動物がいて、結構面白い。

 おっ、甲羅に角が生えた亀がいるぞ。


「……にゃ」


 突如、クロの片耳がぴくんと跳ねた。

 首を持ち上げてひくひくと鼻を鳴らしている。


「おう、起きたか?」

「そりゃこれだけ殺気をプンプンまき散らせていたらにゃ」


 目を細め、後方を見つめるクロ。


「な、なんだよいきなり。物騒だな。何かあったのか?」

「魔物に追われてるにゃ」


 げ、マジかよ。

 全然気づかなかったぜ。

 耳を澄ませたり辺りを見渡してみるが、やはり全く分からない。


「これだけの殺気に気づかないもんかにゃあ」


 クロが慌てふためく俺を見てため息を吐いた。


「仕方ないだろ、こちとらごく普通の現代人なんだ。気配や魔力で敵の位置を察知するなんて能力は備わってないんでな」

「追ってきてるのはユキタカの嫌いなあの狼、グレイウルフにゃ。このままだとすぐ追いつかれるにゃ」

「ど、どうすればいい?」

「速度を上げれば振り切れると思うけど……何なら追い払ってやろっかにゃ?」

「ぜひ頼む!」


 いきなり速度を上げたら事故るかもしれない。

 ここはクロのお手並み拝見といこう。いやマジお願いします。


「しょうがないにゃあ」


 クロはにゃあと鳴き、ヘルメスの後ろに立つ。

 ちらりと後ろを見ると、昔俺を襲った狼が追ってきている。

 あれがグレイウルフか。今見てもヤバい、デカい。


「オォォォォォーーン」


 雄たけびを上げ、グレイウルフが飛びかかってきた――が、その途中でぴたりと止まる。

 見れば腹の辺りに見えない『何か』がめり込んでいた。


「ガ……!?」

「飛んでけにゃ」


 そうクロが言った瞬間、遥か後方へぶっ飛んでいくグレイウルフ。

 瞬く間にその姿が見えなくなってしまった。


「うおおお! すごいじゃないかクロ! 一体何をやったんだ!?」

「ただ魔力の塊を飛ばしただけにゃ。魔法ですらないし、全然大した事ないにゃん」


 事もなさげに言うクロ。

 本当に強いのか少々不安だったが、ここまでとは思わなかったぜ。


「いや、大したもんだ。ありがとな、助かったぜ」

「……なんかそこまで言われると、馬鹿にされてるみたいにゃ」


 クロは不本意と言った顔で、俺をジッと睨む。

 マーリンと一緒にいたクロからすれば、あのくらい本当に何でもないのかもしれないな。

 ていうかこのやり取り、さっき俺がナビをした時と全く同じだ。

 俺にとっては簡単なことでもクロにはすごく見えて、その逆も然りってわけか。

 思わず苦笑する俺を見て、クロは不思議そうに首を傾げる。


「何で笑ってるにゃ、ユキタカ」

「何でもないよ、これからよろしくな。相棒」


 そう言ってクロの頭を撫でる。

 各々出来る事が違うなら、持ちつ持たれつで行こうぜ。

 気を取り直し再びヘルメスを走らせていると、森の向こうに平原が見えてきた。


「森を抜けるぞ」


 最後の木を抜けた瞬間、ざぁ、と心地よい風が吹いた。

 見渡す限りの平原だ。

 建物は一つも見当たらない。

 地平線の彼方では、日が落ち始めていた。

 俺はアクセルを緩め、速度を落としていく。


「今日はこの辺で休むとするか」


 ヘルメスを停め、ゴーグルを外す。

 ふぅ、ずっと乗ってたから流石に疲れたな。

 腹も減ったし、ゆっくり休みたいぜ。


 俺は鞄から家を取り出し、目の前に置いた。

 なんだか妙な感覚だ。

 取り出している時は重さも何も感じなかったが、こうして実際にマーリンの家が出てきたわけだからな。

 魔道具すげぇ。


「ユキタカ、お腹減ったしゴハンにするにゃ」

「おう、適当なのでいいか?」

「肉が良いにゃん」


 クロは物欲しそうに、喉をゴロゴロ鳴らしている。


「肉はあまり備蓄がないからダメだ。ラティエまではまだ距離があるんだろ? 温存しないとな。どうしても食べたいなら自分で取って来い」

「むー、仕方ないにゃあ」


 クロはそう言って大きく伸びをすると、森の中へ消えていった。

 しばらくのんびり待っていると、ひゅるるるると風切り音が聞こえてきた。

 直後、どおおおおん! と俺の真横に何かが落ちてくる。


「おわっ!? な、なんだ!?」


 落ちてきたのは先刻俺を襲ったあのグレイウルフだ。

 クロが魔法でここまで飛ばしたのだろう。

 これだけの巨体を運ぶとは、改めてとんでもないな。

 俺が呆れていると、茂みがゴソゴソ揺れクロが戻ってきた。


「ただいまにゃ」

「こりゃまた大物を仕留めてきたなぁ……」

「例のグレイウルフがしつこく追っかけて来てたから、仕留めておいたにゃ」


 クロは得意げにフフンと鼻を鳴らしている。


「いいコントロールにゃろん」

「お、おう……」


 確かに俺の真横にだったがよ。

 できればもう少し離れた場所に落として欲しい。

 心臓に悪いぜ。

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