閑話 【キャプテン 山田 次郎 の回想】

 俺は山田 次郎。3つ上に兄がおり、兄の名前は一郎。うちの両親は名前に対するこだわりが無いタイプだ。キラキラネームとかつけられるより100倍いいが、もう少しひねりがあっても良かったかな、とは思った事もある。


 野球部の先輩(3年)が夏大会の予選で敗退した7月で引退し(切りがいいから受験に専念すると言った)幽霊部員と化した時に、キャプテンに就任した。

 その時点で自分を含む2年と1年の人数は合計で8人。マネージャーの大槻 京子(もちろん女子であり、野球経験は無い)を無理やり選手登録したとしても、規定人数9人に満たないため、秋季大会の参加登録も無理になった。

 というか、翌年の春季県大会(夏大会のシード選抜大会の意味が強い)にも参加する事ができない事にもほぼ確定してしまった。

 文句のつけようもない弱小野球部の悲哀である。


 野球は9人でする競技だ。ここに妥協はない。

 プレイボールする時は9人必要だし(ルールでそう定められている)、負傷などでプレイヤーが不足し、守備人員が(交替するメンバーが不足して)9人に満たない場合は、そこでプレイが終了してしまう。

 野球はとにもかくにも、9人のチームメイトを揃えるところから始まるのだ。


 野球経験者の助っ人も都合がつかず、そのまま練習だけをこなして年が過ぎ、翌年の新一年の入部を待つばかりとなってしまった。幽霊部員とはいえ登録部員だけは試合が可能な9人以上だったため、廃部にされる心配だけは無かったのが唯一良かった事か…


 そして新一年の入部。

 4人も入部してくれた!!女子が一人混ざっていてマネージャー志望だろうが、選手が3人増えれば選手は合計10人!!試合ができる。仲良くやろうぜ後輩!!

 …と思っていたら、少し事情が違っていた。

 マネージャー志望だと思っていた女子、山崎 桜は、選手として入部したのだ。


 まぁ、高野連の規約では女子選手は禁止されていないしな。ウチの野球部は弱小だし、女子選手でも活躍の場は十分あるよ!

 …とか思っていたら、だいぶ事情が違っていた。山崎 桜は、一種のモンスターだった。


 打つ。ウチのエース(といってもピッチャーは2人しかいない)の球を、ホームラン性の当たりでバンバン飛ばしまくる。


 走る。瞬間的な加速に優れた走力で、ほとんどリードを必要とせず2塁への盗塁を可能とするダッシュを見せた。あの瞬間加速のバネ、守備も素晴らしい力を見せそうだ。


 投げる。なんと、ピッチングもこなした。というか、ウチのエースなど問題にしない程の球威で投げ込む。つうか速すぎてちょっと怖い。しかもキレのいい変化球まで多彩に投げまくる。さらに――ちょっと待て!それ無理!球のリリースポイントも変化もわかりづらくて、練習しないとうまく捕れねーよ!!


 あと、山崎 桜の幼馴染で弟子1号だという北島 悟も、打撃に関しては山崎と同程度の能力を見せた。

 なんなのこいつら。こんだけ打てたら、野球名門校かそれに準ずる高校の野球部で、充分活躍できるんじゃないの?少なくとも2年になればレギュラー取れる気がするわ。なぜウチみたいな公立進学校を受験したんだよ!ウチの野球部は弱小だぞ?!

 ――――え?家が近かったし入学直前までは野球は趣味レベルで済ますつもりだった?舐めてんのかお前ら!!野球の才能が欲しくてたまらない奴が聞いたら即キレだわ!!


 他の2人の新1年は普通(俺達と同レベル)だった。安心した。


 そして山崎 桜は大暴れに暴れた。山崎おおあばれ!みたいな。

 全員を野球の実力で叩きのめし、『目標は夏の県大会優勝だ』『おまえ達を鍛えてやる』とのたまい、有言実行とばかりに順を追って部員を鍛え始めた。


 そして言葉通りに鍛練の成果を俺達に実感させた。

 全員の打撃能力が上がった。変化球打ちの基礎と応用技術を得た。

 ピッチャーは制球力と球威を得た。新変化球をマスターした。

 優秀なコーチにかかると、人はここまで変われるのかと、本当に感心した。


 しかし、それだけでは納得できない事もあった。


 ピッチングマシンの件がそうだ。山崎は2台も私費で購入して寄付した。実家が裕福なお嬢様かと思いきや、ごく普通の中流家庭だという。

 ピッチングマシンは高価だ。弱小高校の年間部費と、部員の積立金では中古でも買えない。強豪私立の年間予算とか、数多くの部員を抱える強豪校の徴収部費でなら購入も可能だが、ウチのように「あくまで学生の部活」で「ぎりぎり試合が可能な人員の弱小部」では、到底手の届かない高根の花のような贅沢機械だ。


 しかし山崎 桜は、物心ついたころから今までの貯金をはたいて、中古のマシンを購入し、野球部に寄付してのけた。(…出所不明の謎のマシンは別枠である)


 進学校の「たかが」「エンジョイ的な部活動」に、そこまでできるものか。

 本気で硬式野球に取り組むなら、女子硬式野球をやって女子硬式リーグに参加している高校に進学する選択肢だってあったはず。

 甲子園にプレイヤーとして行く事が目的なら、私立強豪校に入学し、トライアウトでレギュラーの座を勝ち取るという手段もあったのではないか(私見だが、山崎の実力ならばそれは可能なように思えた)。


 この疑問は日に日に心の中で大きくなり、ある時、本人に質問してみた。すると。


『…漠然とした目標が、なんとなく形になったから、ですかねぇ』

 漠然とした目標か。プレイヤーとしての甲子園出場か。


『プロの野球選手になりたいんです。甲子園出場は私を広告するためのものです』

 目的はもっと先で、しかも明確だった。漠然じゃなかったのかよ。


『私という女子プレイヤーをスカウトの目に焼き付けてやりたい。そのために、弘前高校野球部のような、強豪ではない野球部はうってつけですよね。だって、前年度までの実績が皆無ですから!』

 その通りだ。前年までの実績は皆無だ。しかし言葉を少しは選んでくれ。


『女子というデメリットを飲み込ませ、ドラフト指名させてやりますよ!』

 …あれ?ちょっと待って。

 女子リーグのプロになるんじゃないのか?確か女子リーグはチーム数もそんなに多くないし、ドラフト指名があったかどうか…俺が知らないだけかな?


『ははは!違いますよキャプテン!JWBL(日本女子プロ野球機構)のリーグ加盟チームに入りたいんじゃありませんよ。あんなの私ならトライアウトで即合格ですって!!…私が入りたいのは、NPB(日本プロ野球機構)のチームです。男子選手を蹴散らして、ドラフト指名1位が望みですかね!!』

 …マジですか?NPBのリーグって、セントラルリーグ6チーム、パシフィックリーグ6チームの、普通に「プロ野球」って日本で言うやつだろ?あれ?女子って選手になれんの?


『規約には「女子選手を禁ず」もしくは「男子に限る」という項目はありません。つまり女子選手もオッケーなら、ニューハーフも性転換した元男子プレイヤーもルール上問題ないという事になります。ただ、戦力的に2軍入りできるプレイヤーに、今まで女子が登録されなかった、というだけの事です。トライアウトなら、女子も受験した事があるらしいですよ。落ちたようですが。』

 それは知らなかったぜ…。で、実力で男子に負けていないとアピールしたいと。

…それならば、男女混合大会(高野連主催の夏の全国大会「甲子園大会」は男女混合可の大会)でないと不都合なのは分かる。女子のみの大会だと、男子との比較ができないからな。


『地方の独立リーグなら女子が登録選手になって男女混合のプロチームができた例もあるみたいですけどねぇ。実力があったとは思えません。すぐに消えたようだし。キャプテン、私はね…【文句のつけようのない実力の女子プレイヤー】として、名を残したいんですよ。NPBの選手として、誰もが知っている女子野球選手として、近代日本史に名の残る乙女としてね!!!』

 教科書に載るとか言い出したぞコイツ。すでに夢ではなく、野望の域に達している。


 俺も山崎 桜に野球技術の指導を受け始めてだいぶ経つから、この1年女子がどんな性格でどんなノリなのか、だいたい分かっている。

 しかしここまで支配者的というか、上昇志向が強いというか、承認欲求が突き抜けて高いとは思ってなかったな。


 ………しかし、しかしだ。

 彼女ならば、それが可能なのではないか、とも思う。

 史上初の、NPB女子選手。当然ながらNPBリーグ内で男性選手を相手に大暴れ。打ちまくり、守備で魅せ、場合によっては投手としても活躍する。


 ―――想像するだけで、ワクワクしてくるな。

 男子が女子にキリキリ舞いするのが楽しいとかいうんじゃない。

 …弘前高校の、いや、【俺たちのチームメイトが、プロ野球界で大暴れする】ことを想像して心が躍ったのだ。しかも『前代未聞』とか『奇跡の超人』みたいな二つ名がつきそうなやつ!!


 いいじゃないか。

 こいつの野望を後押ししてやる。なぁに、難しい事じゃない。県大会を優勝して、山崎の姿を全国放送の電波に乗せてやるだけの簡単なお仕事だ。


 あ、本戦出場ともなれば、キャプテンの俺にもインタビューが来るな。ラッキー。


 もうじき夏が来る。

 俺の一生で最初で最後の、高校3年の夏。そして、俺の野球人生で最後の、甲子園大会本戦出場のチャンス。全国で4000校近くが参加し、本戦には50校ほどしか出場できない、高校球児の最大の祭典。

 テレビで見るしか雰囲気すら感じ取れなかった夏の甲子園が、山崎 桜というモンスター1年生(女子)プレイヤーのおかげで、現実的な位置にまで来た。


 乗るしかないよな、このビッグウェーブによ!!

 夢と情熱渦巻く、夏の大甲子園!やるぜ!俺はやるぜ!!


 燃える情熱を滾らせつつ、俺はキャッチャー防具を念入りに装着し始めた。

…現状の最大の敵は、怪我だからな…怪我しないように注意してがんばろう………






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る