第4話 金子くんと未完の最終兵器

「本日より、皆さんのために働いてくれるお友達を紹介します」


 授業が終わったと思ったら速攻で校門からダッシュで消え、1時間ほど遅れて野球部の練習に合流した山崎 桜は、軽トラを連れてグラウンド脇に入ってきていた。


「…こいつぁ…マジかよ」

「ウチの野球部で、これを見る日が来るとは…」

 3年、2年の先輩たちがそろって唸っている。1年部員も「おぉー」と小さく歓声を上げている。俺もそのうちの一人だ。


「某製作所製のコンパクトピッチングマシーン(中古)、【金子くん】です!!人呼んで、七色の変化球を投げる漢!!」

 すでにニックネームがついてるのか。命名は山崎だな。


「金子くんはあんまり球速出ません。でも、変化球が得意です。人工知能がついてないから人間が設定を変えないと同じ球ばっかり投げちゃうけど、変化球の球種は多彩ですよ!カーブ、ドロップカーブ、スライダー、シュート、シンカーまで投げられます!!」

 ちょっと待て。


「ハイ先生。質問があります」

「なんでしょうか北島くん」

「5種類しか変化球がありませんけど…」

「ときどき勝手に発生する抜けたカーブがスラーブ、変にいい感じに飛んでくるスピードの乗りすぎたスライダーをカットボールと呼ぶ事にしています」

 機械の不具合じゃねーのかそれ!!


「ハイ先生。質問がもう一つあります」

「なんでしょうか北島くん」

「あっちの子はなんて言うんですか?」

 そう。軽トラから降ろされた黒いコンパクトピッチングマシンが【金子くん】だという紹介を受けたが、もう一台降ろされたマシンがあるのだ。

 【金子くん】よりも無骨で緑色の、なんというか旧式の、あちこちから配線がもじゃもじゃ漏れ出ている、整備不良な雰囲気がしてくる異様なピッチングマシン。

 なんか雰囲気が怖い。なんなんだアレは。


「彼の名前は【未完の秘密兵器】です」

「それ名前じゃねーよ!!」

 思わずツッコミを入れた俺の声は、おそらくすべての部員の心の声でもある。


「…【金子くん】は中古で20万円ほどですが、【未完の秘密兵器】はタダです」

 もうやばい感じしかしないよ。


「じつは【未完の秘密兵器】は機械製作が趣味の知り合いが作った手製の品で」

「ちょっと待った!!え?自作??流通している商品じゃないの?」

「はい。趣味で製作された、ハンドメイド品です」

「…安全規格的なものがクリアされてるとか、そういうやつは…」

 俺の言葉に、山崎は鼻で笑って答えた。


「はっ。ばかばかしい。ピッチングマシンに、そんなものが必要とでも?」

 ちょっと待てぇぇぇえええ


「あのね。ボールが前に、早く飛べばいいのよ!この【未完の秘密兵器】は、速球打ちの練習専門機なの。少々問題があって集弾率が時々甘いけど、球速は最高155キロまで出るのよ?流通品を買ったら新品で60万から80万もするような機械が、タダで手に入ったんだから、踊りながら喜びなさいよ!!」

「お…おぉ…」

 確かに…60万がタダか…それは確かに…あれ?しかし何かを聞き洩らしてるような…


「ひとつだけ注意事項があります。『防具はしっかりと装着してください。』ヘルメットは必ずフェイスガードのついたものを被り、アームガードとレッグガードも装着すること。また、デッドボールやビーンボールには充分に注意をし、場合によってはバットで打ち返すことで自分の身を守る自助努力を」

「それってデッドボールがときどき飛んでくるって事ですか?」

 これは確認しておきたい。情報が不穏すぎる。


「違います。機械の軸がときどきズレて、設定方向が狂うだけです。【未完の最終兵器】に人間を狙うような機能はついていません。機械は殺意を抱きません。道具に善悪は無いのです。使う人間の意志がこめられるだけなのです。」

 打撃強化のためには多少の無茶など意に介さぬ、という意思は感じるな。あと、名前が秘密兵器から最終兵器になってるぞ!!


「あとこの【未完の最終兵器】、とってもすごいボーナス機能があるのよ!!」

 なんだろう。変形して殺人ロボットにでもなるのだろうか。


「フォークとかナックルも出ます」

「マジで?!」

 それすごいんじゃない?ものすごく高性能なんじゃないの?ハンドメイド凄ぇな!


「ローターの速度調節機能がときどきおかしくなって、ときどき無回転のボールが飛び出します。問題は先ほど注意した軸ズレが発生した時にこの無回転ボールが飛んできた場合、ボールが不規則な軌道に変化するため、たいへん避けづらくなることで」

「ちょっとぉぉぉ!!!」

 ハンドメイドの最終兵器ぃ!!!


「あと変化球設定なんかしてないのに、ときどきカーブが飛び出したりスライダーが出たりもします。ついでに言えばスピード設定機能は壊れているので150キロぐらい一律です。つまりこの【未完の最終兵器】は、定価600万越えの最新AI搭載ピッチングマシンにも迫る性能を持っているって事よ!!やったね!!!」


 最新ピッチングマシンのAIはビーンボール投げたりしないと思うよ!!


「さぁて皆の衆。好きなだけ変化球打ちの練習ができるようになったぞ?好きなだけ打撃練習をして、打撃力を磨くがよい!!!」


 確かに打撃練習がたくさんできるようになったのは助かる。変化球はピッチャーに負担がかかるし、変化球は変化軌道を実際に見ないと覚えられないからな。

 みんな、ゾロゾロと【金子くん】の周りに集まり、移動を開始する。一方、不気味な姿の【未完の最終兵器】の周りには、誰も寄ってこない。


「ちょっと!電源入ってないから大丈夫よ!この子、噛みつかないから!本当はシャイで優しい子だから!誰か【未完の最終兵器】の設置を手伝ってよー!!」


 ……俺はしぶしぶ手伝う事にした。


―――――かくして、我が校の野球部にも、念願の(あったらいいなぁ、というレベル)ピッチングマシンが導入された。あとは練習次第だ。なお、恐ろしい事に【金子くん】の代金は山崎の私財だそうだ。これまでのお年玉貯金とバイト代をすべて注ぎ込んだらしい…山崎 桜は、ピッチャー返し防護ネットを立てながら、こう言っていた。


『必ず成果を出してもらうからね…できない奴は…』


必ず点を取れる打線に育てよう。育とう。俺は心にそう誓った。…怖いからな。


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