僕の嫁はツンデレ美少女。……のはずが〇〇すぎてツラいので、お隣へ別居します

或木あんた

第1章 新婚

1の1話 『別居とか、



「……お、おはようございます、お隣に越してきた越名こしなですけどっ」



 早朝。

 僕、越名一瑠こしないちるがゴミ出しをしようと、しがない賃貸アパートの扉を開けると。


 ――目の前で、目の覚めるような美少女が、そのサラサラな黒髪をなびかせ、僕を出待ちしていた。


 長いまつ毛。そこから覗く大きな瞳は多くの光を取り込んで、思わず吸い込まれそうになる。小さな可愛い口と、そのふちをほんのり彩るピンクの唇がとても健康的だ。すべすべと透き通るように綺麗な頬へ赤みがさし、もじもじと何やら少し緊張した様子。



 ……世界一可愛い。



 それが、まず僕が思った偽らざる本音だ。


 しかし、


「……」

「……な、何よその目はっ!」


 げんなりと、いわゆるジト目というヤツを彼女へ向けると、頭一つ分くらいの身長差で、彼女が抗議する。


「ふ、ふんっ、これも何もかも全部、一瑠いちるくんが悪いんだからねっ」

「どういうこと?」

「ど、どういうことって! もしかしてもう忘れたっていうのっ!? 昨日、一瑠いちるくんが私にしたことを!」


 信じられない、というように彼女が僕を指さしてくる。

 敵対心むき出しで、その眉をキッと吊り上げる、制服姿のツンデレ美少女。



 彼女の名前は、越名苺途こしないちず

 よわい十六歳、高二。

 なので、大学一年目の僕の、二学年下になる。

 成績優秀で、市内ではそこそこ有名な進学校に通っていて、趣味はスイーツ作り。

 と言ってもまだ始めたばかりだから、そんなに上手じゃない。こないだはシュークリームの皮を焦がして、ただのカスタードクリームにしていたし。

 でも、本人いわくクリームは最高の出来だったそうで、そのクリームだけ死ぬほど食べさせられた。まぁ、事実、味はとても美味しかったのだけど。

 

 そんな彼女は、町を歩けば異性が振り返り、学校で軽くミスコンを制覇しちゃうような美少女であり。


 素直に自分の気持ちを伝えるのが苦手な、いわゆるツンデレ属性で。

 そして。


 ――世界一かわいい、僕の嫁だ。



「忘れた、かぁ。……そうだね、確かにできれば一刻も早く忘れてしまいたい記憶ではあるけど」

「そこまで!? そこまで言う!? それが新婚三日目で嫁のパンチラ目撃した夫の言う言葉なのっ?! この鬼畜きちくっ!!」


 涙目でわめいてくる苺途いちずは、怒りか恥ずかしさかその端正な顔を真っ赤にする。


 そんな様子を見ながら、僕は密かに昨日のことを思い出す。




 『あ』と言った頃にはもう遅かった。


 日勤のアルバイトを終え、夜間の大学での講義資料を取りに戻った時のことだった。

 僕が何気なくトイレの扉を開けると、


『――ふぁっ!?』


 先に帰宅して着替えたらしい苺途いちずが、中腰になって部屋着のジャージを下ろしていて。


 肉感的な眩しいくらい白い太ももの奥に、可愛らしい縞々しましまパンツがちょこんと収まっていた。

 それは、パンチラと表現するにはあまりにも大胆な露出度で。


 彼女は最初固まっていて、次に顔を真っ赤にして、目に涙をため、


『へ、へ、……ヘンタイ――――っ!!!!!』


 と怒った挙句、僕をトイレからたたき出し、


『もう、私、この家を出ていくからっ!! 別居よ、別居っ!!』


 それきり苺途いちずはトイレに籠城ろうじょうし、


『ちょ、いち、苺途いちずさん!? 僕、もう漏れそうなんですけど、限界なんですけど!』

『……しらない」

『ちょ、マジで! ホントに! い入れてくださいってッ!!』

『……嫌』


 その後本気で失禁しっきんの危険を感じた僕は、鳥籠姫とりかごひめならぬトイレ籠姫かごひめを自宅に一人残し、死ぬ気で近くのコンビニまでダッシュして事なきを得たのだが。


 講義を終えて帰った時には、彼女の姿はなく、スマホでの連絡も既読スルーになっていた。


 ……そして、今に至るのだけど……。




「もう、私、この家を出ていくからっ!! 別居よ、別居っ!!」


 昨晩言い放った言葉と、まったく同じ言葉を苺途いちずは口にする。

 「別居っていっても、どうせ隣でしょ?」つい本音を漏らしそうになるが、そこで僕は、あることが思い当たり……。

 

「――よしわかった、……別居しよう!」


「え……、――ええっ!?」

「……あれ? どうしたんですか苺途いちずさん。まるで本当は、別居するのが嫌みたいな声を出して」

「な、何言っているのよ、わ、私から言い出したことなのにそんなわけっ……」

「……そうですよねー、そんなわけないですよねー。実は別居なんてしたくないけど、意固地いこじになった挙句、できれば相手から謝ってもらえたらいいな、……なんてセコイこと、考えてるわけないですもんねー」

「そ、そうよっ! まったく失礼しちゃうわっ! 学年トップで次期生徒会長の私に限って、そんなこと考えてるわけないじゃないっ」 


 引きつった笑顔で言い放つ、我が妻。

 その様子に、僕は緩みだす自らの頬を必死に抑えて、


「ですよねー。じゃあ……」

「……? どうしたのよ一瑠いちるくん、急にスマホなんて取り出して?」

「いやー、別居決まったことだし、早速さっそく大家さんに連絡しなきゃと……」

「お、おばあちゃんにっ!? ……ダメぇッ!」


 不意に苺途いちずの手が伸び、僕の手からスマホを奪う。


「あ、ちょっと、何するのさ!」

「だってっ、……それじゃホントに別居しなきゃならないじゃないっ」

「え、だってするんでしょ? ……別居」

「そうだけどっ、……そうだけどっ! ……もうっ」


 彼女は僕のスマホを、大事そうにぎゅっと抱え、


「……いちるくん……」


 上目遣いで僕へと言う。


「…………そんなに、私と別居したいの?」


 うぐ。

 適度にダメージを受けつつも、僕は不断の決意でその言葉を受け流し……、


「……私のこと、……嫌い?」

 

 もはや涙目を通り越して……こぼれんばかり。

 やれやれ。


「……キミ、一応ツンデレの設定なんだからさ……もうちょっとがんばろうよ……」

「……え、……何ぃ?」

「……なんでもない」

「何よぉ……私よく聞こえなか、……ッ」


 言い終わる前に僕は彼女の手を取り、強引に引き寄せ、


「……んむっ」


 彼女の唇を、思考を奪う。


「……ん……い、いひるふんっ……いひなひ……」


 僕の腕の中で苺途いちずは何かを言いかけ、……やめた。

 そのまま、僕らはしばらく、ただ目の前にあるぬくもりに身をゆだねることにする。

 すっぽりと僕の中に納まった柔らかい肢体からだ

 僕の脇の下の服がそっと掴まれ、その掴む強さすら愛おしく感じられる。

 その熱い吐息が、

 甘い匂いが、

 触れる唇の柔らかさと相まって、苺途いちずがここにいると教えてくれる。

 

 しばらく堪能して、そっと唇を離すと、彼女は少し惚けてから、


「……はっ! なな何するのよいきなりっ!!!」

「……このほうが、ちゃんと伝わると思って」

「つつ伝わる伝わらないの問題じゃなくて、はは話の途中でしょっ! 人の話は最後まで聞かなきゃダメってお母さんに習わなかったのかしら!?」

「……じゃあ、……好き」

「――っ!」

「……大好きです、苺途いちずさん」

「っ―――――! っ―――――!」

 

 顔面が沸騰するとは、こういう時のことを言うんだろう。

 赤面を通り越して、……言った側が言うのもなんだけど、目がキラキラで、なんというか、めっちゃハートだ。


「……これなら、ちゃんと伝わった、かな? ……あの、……一応僕だって結構恥ずかしいんですけど……?」

「……う、うん。……その、……ごめん、なさい」

「いやね、別にそこを謝ってほしいわけじゃ……」


一瑠いちるくん」


 僕の難癖なんくせを、精一杯の勇気で遮ったらしい苺途いちずは、


「……わたしも、……だいすき」


「……」


 僕は、思わず頭を抱えざるを得なかった。

 これが、悩殺のうさつ、というヤツなのだろうか。

 視線にこもる熱に、不覚にも僕の脳は陥落し、まるで脳が溶けたのかと錯覚を起こすくらいだった。


 そして、変なこと言うんじゃなかったと、僕はすぐに後悔した。

 自分の顔が、彼女のことを指摘できないほど真っ赤になるのがわかる。

 自覚すると、何やら彼女の気恥ずかしさが途端に伝染して、何を話したらいいか分からなくなってしまう。

 目の前で僕を好きだと訴える少女。

 その言葉で、いろいろ巡らしていた策略も意地悪いじわるも、全てが流されて水の泡なのだ。


 ……やれやれ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る