集いし同胞たち





 宴の席を少しばかり離れると、静寂と月光に包まれた庭園が広がっている。





 城内の庭園。そこにある巨石の一つに、北方の国を治める少年王はちょこんと座っていた。


「騒がしい場所は苦手でしたか」


 若くして聡明と名高い王は、ウタクが呼びかけると振り返りちょっとバツが悪そうに微笑んでみせた。



「あぁ、申し訳ない。カムイ将軍。せっかく皇陛下のお世継ぎが生まれて一月のお披露目という、めでたい席だというのに。……その、余は、いえ、僕は酒が飲めないので」

 どうやら、同盟国の王であるこの若者には気を使わせてしまっていたらしい。酒が飲めない子供が居ては、場をしらけさせると思っていたようだ。


 ウタクは少年王の隣に腰掛けた。

「王であるお方が、気を使わずとも」

「僕は……気を使って生きてきたものですから。ずっと、周囲の顔色を伺ってきて。そればかりです」



 数年前、この国では乱が起きた。そして新たに玉座についた反乱軍の長は『皇』を名乗り、この戦乱の世を平定すると宣言した。

 そして真っ先に攻め込んだのは北方。

 まだ幼い王を傀儡として、側近たちが食い荒らしていたぼろぼろの国。

 けれど、ただの操り人形だと思われた少年王は思いのほか聡明で、皇に交渉と同盟を持ちかけてきたのだ。



「宴の場から、菓子を持ってきました。金平糖はお好きでしたか?」

「えぇ、甘いものは好きです。……実は干したイカや昆布のほうがもっと好きなんですけどね」

「イカはございませんが、干しタコの足でしたらこちらに」

 そう言って、美しい陶器の小壺に入った金平糖と、紙に包んだタコの干物をふところから取り出すと、少年王は手品でも見るように目を輝かせた。


「カムイ将軍は、いつもそのように色んなものを持ち歩いているので?」

「えぇ、どうも従者に荷を持たせることが慣れなくて。私はもともと農村の出身でしたから」

「そうでしたか。……将軍の旗にはきちんとした紋があるので、てっきり由緒あるお家の出かとばかり」

 ウタク・カムイの軍が掲げるのは、いつも青い月が描かれた旗だ。少年の頃に過ごしたあのあばら家の軒先には、表札代わりとして青い月を描いた木札が下がっていた。そのため、ウタクは軍人として出世した後はそれを紋として使っていたのだ。




 タコの干物をかじって、ウタクと少年王は月を見上げた。


 遠くから、笛の音がわずかに響いている。それに歌声と賑やかな笑い声も。

 きっと、近衛隊長がいつもの『美声』を披露しているのだろう。そして、皇陛下の姉妹である女官長がそれを囃し立てて、軍師殿が頭を抱えている。そんなところだろう。もしかすると、湖国の姫将軍とその姉姫が舞でも披露しているのかも知れない。

 ウタクの旧い友人でもある大臣は、妻と子供が心配だからというお決まりのセリフで、もう宴から退散している頃だろう。もしかすると老獪王とその側近の長話に捕まってしまっているかも知れないが。



 生まれも育ちもなにもかもがバラバラだが、今は同じ志――天下泰平を目指し集った同胞たち。



「ウタク・カムイ将軍。少しばかり話をしていいでしょうか」

「……えぇ、どうぞ」


 少年王はこちらを見もせず、タコ足の干物を味わいながら独り言のように話しはじめた。


「少しばかり昔……我が国には青い月を家紋とする一族がおりました。その家名は……カムイ、と」

「カムイ家、ですか」

「えぇ。ですがその家は数十年ほど前に途絶えました。一族の最後の生き残りであった姫君が、行方知れずとなったのです。……カムイ家に仕えていた侍と駆け落ちしたのでは、と言われています」



 そこで、少年は口の中で咀嚼していた干物を飲み込んだ。



「カムイ家は、旧くは我が王家ともゆかりのある一族です。もしも……いえ、なんでもありません。忘れてください。英雄であるウタク・カムイ将軍を我が国でひとりじめにしようものなら、皇陛下に恨まれるでしょうからね」


 ふふふっ、と彼は笑って巨石からぴょこんと降りた。


「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

 お決まりのセリフを言い合って、二人は笑う。



「そういえば、道楽王があなたを探しておりましたよ。我が義弟おとうとに見合い話がある! とかなんとか息巻いて」

「またあのお方ですか……」

「そろそろ義兄上あにうえと呼んでもいいのでは。あの方とは兄弟弟子きょうだいでしになるのでしょう?」

「確かに、同じ師に学びはしましたが……」

「いいなぁ。僕もお二人のように『龍屠る神槍』に師事してみたいです」

「……関係性が今以上にややこしくなるので、その、止めたほうがよろしいかと思います……」





 気のいい、頼りになる同胞たち。



 ウタク・カムイは決して孤独ではなかった。

 背中を預けられる者たちが、いるのだから。






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