第27話 先輩たちの本音を立ち聞きしてしまった

 雅との特訓を終え、トレーニングルームのシャワーを浴びながら、俺は不安に苛まれていた。


 俺は本当に強くなれるのだろうか?


 この特訓を続けて、あのアスピーテに勝てる日が果たして来るのだろうか?


 全然、そんな気がしない。


 確かに進歩はしていると思う。だが、それ故に分かる。俺とアスピーテとの差が。


 一ヶ月や二ヶ月特訓をしたところで、どうにかなるものではない。


 一体、リゼル先輩たちはどう思っているんだろう……?


 もしかしたら、本当はもうあきらめているのではないか。


 そんな思いに駆られたとき、外で話をする声が聞こえた。

 雅? 一体誰と話をしているんだ?


 シャワーのお湯を出しっぱなしにして、そっと扉に耳を付ける。


「それで、ユートの進歩はどう?」

 ……この声は、リゼル先輩?


「想像以上だね。さすが魔王候補だよ」


「そうなると目ざとい敵は、そろそろ襲ってくるかも知れないわね……」


「ですです! れいなも、昨日の夜の警護で妙な気配を感じました!」


 れいなもいるのか……って、夜の警護って何の話だ?


「ねーセンパイ。今日からユートの警護は、人数増やした方がいいんじゃない?」


「そうね……ひとまずうちの配下の悪魔を手配しましょう」


「アタシ二日連続くらいならいけるよ?」


「れ、れいなも、れいなもです!」


 まさか……俺が寝ている間、みんなが寝ずの番で俺を守ってくれていたのか?

 じゃあ、雅が俺のベッドにいたのも、俺を守るため……?


 ショックだった。


 何も知らず眠っている間、みんながそんなことを……。


 どこまで俺はみんなに助けられ、守られているんだ。


「それも検討するけど、いざという時に私たちが力を発揮出来ないと意味がないわ」


「だけどさ、ユートがやられちゃったら……アタシたち終わりだし」


 ――え?


「次の魔王大戦で、また『恋人ラバーズ』が負けたら……れいなたちも、貴族の資格を失っちゃうですよね……?」


 な……なんだって?


「ええ。特定のアルカナに帰属している家の宿命よ。安定した身分が保障されるけど、一定以上の敗北が続くと貴族の資格を失う。そういうルールよ」


「あーあ。そしたらアタシは、どっかのスケベな貴族のおっさんに売られちゃうのかな」


「それは私も同じよ。どこかの貴族に買われる――れいな、泣かないで。まだそうなるって決まったわけじゃないわ」


 なんだよそれ……そんなの、一言も――、


「でも、このことはユートに言ってはダメよ。変に気を遣わせちゃうから」


「そうだね。今は強くなることに集中してもらわないと」


「ですです」


 俺は――何てバカなんだ。


 みんなが寝ないで守ってくれているとも知らず、呑気に寝ていた。


 みんながそんな追い詰められた状況にいるのも知らず、アスピーテとの差に泣き言のようなことを考えていた。


 俺は……俺は、なんて甘ったれの、ダメな男なんだ!


 一度でも、みんなはもうあきらめているのでは? なんて疑った自分を、ぶん殴ってやりたい。


 すぐに扉を開けて、謝りたい。


 でも――、


「でもさーアタシ、なんかユートは魔王になるって気がしてるんだ」


「あら? どうしたの? ユートのこと誘惑するようなことをして、あんなに疑っていたのに」


「あ、あれは、ちょっと試しただけっていうか……そ、そういうセンパイはどうなのさ!?」


「私? 私は確信してる」


 ――リゼル先輩。


「次期魔王は――ユートよ」


 ……俺がすべきことは、ここで飛び出して行くことでも、みんなに謝ることでもない。


 ここまで俺に知られないように気を遣ってくれている、その気持ちに水を差すことでもない。


 ――俺が誰よりも強くなることだ。


 そして、なるのは次期魔王。


 みんなを救うために。


 俺はそっとシャワーに戻り、お湯を止めた。

 わざとらしく物音を立てて、着替えをし、これから出て行くアピールをする。


 ドアを開けて外へ出ると、俺は今気付いたように驚いた顔をする。


「あれ? リゼル先輩……」


「ユート、お疲れ様。ちょっと様子を見に来たの」


「ユートさん、ユートさん。お疲れじゃないですか? どこか痛めてないですか? マッサージでも――」


 相変わらず、心配し過ぎというか過保護というか。


「はは、大丈夫だよ。ありがとう。れいなも来てくれたんだ」


「ですです。ユートさんに教えるのはまだ先ですけど……」


「え? れいなも俺の講師になってくれるの?」


「ですです! れいなは剣を教えます」


「へえ……それは楽しみだ」


 そう微笑みかけると、れいなは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。


「そ、そんな、そんな! は、恥ずかしいです……」


 急に雅の腕が首にからみ、ヘッドロックをかけられた。


「こらーユート! れいなのロリボディに癒やされるのを期待してるなー?」


 へ……あぁっ!?


「ち、違うんだ、れいな! そんな意味じゃなくて! 雅も放せって!」


 でかいおっぱいが顔にあたる!


 その後、リゼル先輩と雅が言い争いをして、れいながいつも通りわたわたしていた。


 これが今の俺の日常。


 俺は雅に首を絞められながら、決意を新たにしていた。


 みんなが俺を守ってくれるように、俺もみんなを守れるようになるんだ。


 そして、魔王大戦に――勝利する。

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