第27話

「いや、いざとなると緊張するな。」


輝也の部屋のテーブルには美味しそうなごちそうが大きいお弁当箱にしきつめられていた。


「当日詰めるのまでうちでやるのかい。」


「当たり前じゃないですか。それ込みの私の弁当でしたからね。」


時刻は朝の七時、輝也は休みのようだったが叩き起した。最終日だ。それくらい許してほしい。


「にしても、遊里先輩料理下手だーとか言ってたのに全然そんなことなかったですよね。」


「それは教える側が上手だったまでだ。道程があればなんとかなるにはなるのだが、それがあやふやな料理は苦手でな。ひとつまみ、とかいい感じになったらとか…正直わからないし。」


これまた綺麗にできた卵焼きをつめつめしながら遊里は笑う。


「しかし儚日がすごかったのだよ。家でも作って家族に食べさせたのだが、お手伝いさんや母が褒めていたよ。これはレシピがいいのよ!って言っていた。改めて、ありがとうな。」


さらっとお手伝いさんとかがいることが伺える発言…お金持ちだ。詰め終わったようであとは遊里自身が用意を整えるだけだ。


「いやいや、実際作ったのは遊里先輩なんですから。…今日のピクニック、成功させてきてくださいね。」


もちろん、私の死亡フラグ回避のために!兎にも角にも遊里にはこの恋を叶えてもらわなくてはならないのだ。とりあえず胃袋掴んできてくれよ…!!遊里がエプロンを外している間に風呂敷にお弁当を包む。


「はい、これ。あまり日光当たる場所にやっちゃダメですからね。嬉しい報告、待ってます!」


「何から何までありがとう。これが終わったら色々償いをさせてくれ。」


生徒会の件などを言っているのだろうか。

うーん、どうしたものか。


「じゃあそれは最近できた学校の近くの店のタピオカで返してください。」


ぷっと後ろで輝也が笑っているのがわかる。こいつ後で覚えてろよ。


「面白いな、儚日は。…じゃあ行ってくる。」


家の扉が閉まって遊里が見えなくなった。正直遠くから見に行きたいところだが、プライベートだ。下手に干渉するものではないだろう。それに私は今までどこにも大っぴらにしていなかったが、とてつもない問題を抱え込んでいたのだ。文化祭後に、教えてくるなんて…卑怯じゃないか。




ーーーーーーーー



ーー祝日の月曜だというのに私は学校の図書室にいる。私の横には英語の教科書。そう、察しがいい人はわかるかもしれないが。


「あれ、猫谷さんもしかしてあかて…むごごごご!!!!」


今回もいきなり現れた茗荷谷だが、もう慣れた。静かな図書室で私の赤っ恥を晒そうとしたこいつの口を塞げるくらいには、慣れた。


「これ以上言ったらここから追い出しますからね!!わかりました?」


私の勢いに押され、頷く茗荷谷から手を離す。


「ぷはーっ。随分野蛮なお姫様になったもんだ。それにしても猫谷さんも弱点あったんだね。」


「うるさいですね。大体私は日本人なんですから、英語なんてできなくて当たり前なんですよ。」


そう、私は人生初の赤点をとってしまったのだ。まあ前世の頃から勉強は中の下だったからな。仕方ないか。来週には再テストが待っている。それさえクリアすればどうにかなるはずだ。


「ふーん、英語ね。今回の一年の英表難しかったって寺島も言ってたもんな。」


私のやっていた問題に目を通し、少し考えてから茗荷谷は口を開く。


「ねえ猫谷さん。もしよかったらなんだけど…英語、教えてあげようか?」


思わずやつの顔を見る。一瞬期待してしまうが、侮れない。だってこの男は茗荷谷エルだぞ。まあでも確かにハーフだし、英語は堪能か。前世でも勉強はできてたし。


「やだなあ。さすがに何かはめたりするわけじゃないよ。前科があるから、信じてもらえないかもだけど。」


胡散臭い笑顔だがとてつもなくいい話だ。あ、いや待て。


「そうです!前科前科!!あんた楓に何か言いましたね?」


そうそう、言うタイミングを逃していた。あの件から一度も私は楓と話をしていない。


「あっ…いや、その。それはだね。」


煙に巻く気か…!睨みつける私に少し悩む茗荷谷。今日はなんだか本調子じゃないご様子だ。いや、私が遊里に慣れてきたからこいつに対しても些か強気でいってしまっているのかもしれない。


「じゃあさ、こういうのはどう?そのお話するついでに英語も教えるから、再試まで毎日ここに集合ってのは。」


「そういうことする茗荷谷先輩は嫌いです。」


「…!!!わかったわかった!すぐに鬼丈に話つけるから!ね、それだけはやめてよ。」


とてもわかりやすく動揺する。今までされてきた仕打ちは忘れないが、そこまで悲しそうな顔をされると心が痛むじゃないか。


「ふん、でも…英語は教えてください。日にちとかは要相談で。」


「え。」


目をぱちくりする茗荷谷。そりゃあ私だってこんな敵に勉強教わりたくはないですよ。でも悔しいが背に腹は変えられない。だってこれほどの適役はいないんだもの。


「なんか文句あります?」


「いえいえ、まあでも…強くはなったよね。お姫様。」


後から輝也に「儚日ちゃんもそこそこに鬼畜だねえ。」と言われるのはまた別のお話。

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