第21話

「それでは第二グループ公安委員会より、


キイイインッッ!!


「私は公安委員会委員長桜井宣明だ。普段あまり前に出ることはないから自信はないが、」


桜井は司会から主導権を奪い取り、正装でトロンボーンを片手に礼をする。後ろに控えるのはオーケストラみたいな吹奏楽団。


「…楽しんでいってくれ。」


その一言で一気に演奏が始まる。音楽がそんなにわからない私でもすごいのがわかる。


「…さくらのうた。私、中学の頃吹奏楽部だったんで聞く機会わりとあったんですけど、こんな綺麗な演奏初めて聞きました。」


「桜先輩らしい選曲ですね。あの人個人の趣味で団作ってんてますよ。自分がただ弾きたいって理由で。この曲トロンボーンソロありますし。自分メインでやっちゃう辺り、人間らしくて自分は好きですけど。」


「意外と目立ちたがり屋さんなんですね。」


「まあそれなりに、ですね。でも今回それは…」


そっから先はトロンボーンソロにかき消されて私には聞こえなかった。


「ありがとう。あと少しの後夜祭、楽しんでくれ。」


演奏が終わると桜井はまた綺麗に礼をし、降段した。拍手が巻き起こる。その場がコンサート会場になったようだった。だが、それをかき消すように…


ウィィィィィン!!


ギターの音が聞こえる。女子の悲鳴も聞こえる。


「やあ!俺たちで最後だよ!いつもは厳しいけど今日くらいハメ外しちゃおうねー!」


声の主は慣れたようにウインクをして演奏をし始める。軽音楽部が入りだったのに最後またこれで重ねてくるなんて、なんだかひどい気もするが。


「ハイッハイッ!手あげてー!盛り上がっていこう!」


そして一瞬私の方を見て口をパクパクさせた。


『君もね。』


恥ずかしくなって目を逸らす。もう完全に茗荷谷にみんな乗っかっていってこれこそ後夜祭って感じだ。てかギターまで弾けるなんて完璧人間かよ。


「さすがですね、茗荷谷先輩。今話題の麦津玄師のバンド曲じゃないですか。女の子だったら自分も惚れちゃいそうです。まあ猫さんはそうじゃないみたいですが。」


「あんなナルシ野郎誰が好きになるもんですか。」


「おやおや辛辣なことで。」


ギターソロもバッチリ披露して生徒会のバンド演奏は終わった。


「いえーい!みんなありがとう!投票よろしくねっ!」


この後みんなそれぞれ事前に配られているシールを普通の文化祭のように入口の投票のところに貼るのだ。終わって私たちも去ろうとした頃、後ろから誰かに乗っかられる。


「わっ!!」


「見てた?俺のこと見てたよね、猫谷さん!」


「見てないです!離れてください。」


ほんとにすぐにわかる登場、茗荷谷だ。慣れすぎてもう扱いが雑になってくる。


「猫谷さんも俺に投票してよね。かっこよかったでしょ?猫谷さん見つけたから頑張って弾いちゃった。ファンサもしてたでしょ。」


「あーはいはい。私は桜井先輩のとこに投票するので、期待しないでください。」


「はーちゃんにベタベタしないでください。」


私を守るように茗荷谷の妨害をする。灯の肩が少し震えているのがわかる。無理させてしまっているのだろう、ごめんね。


「音ノ木さんまでひどいなあ。俺は正々堂々勝負にのっただけなのに。」


「あっそうだ。一体二人で何の賭けをしてたんですか?勝手に色々やられて迷惑なんですけど。」


…楓のことも、今ここに他の人たちもいるからみなまで言わないが。こいつのせいでだいぶ拗れているのは間違いない。


「あれ?あいつが言ってきたことなのに君には話してないの?まあ別に隠すことでもないしな。この賭けはね…あいつが勝ったら鬼丈楓を生徒会から解放、俺が勝ったら昨日あいつが当たったスキーに生徒会も同行っていうやつだったんだよ!」


どう?と笑顔で答える。…正直もっとやばいものかと。いやよくもないんだけど。楓を助けるための賭けだったのか。


『先輩は後輩が可愛くて仕方ないんですよ。』


…確かにそれは私のせいだから先輩を責めるわけにはいかない。楓を思っての行動だったんだ。寧ろ私なんかを庇う理由なんて桜井先輩にはないんだから。本当なら私を差し出してもおかしくないところだ。


「いやあ猫谷さんと一緒に旅行とかわくわくしちゃうね。」


「いやいや、まだ桜井先輩負けてないんで。それに私は行く気ないですし。」


「何言ってるの?猫谷さん絶対参加って賭けで決まってるからね。そもそもそうじゃないと俺はのらないよ。嫌がってもあいつに無理やりにでも連れてこさせるから。」


こわいこわいこわい。本気でやりそうでこわい。こいつなら家の前とかに普通にやってきそうだ。


「その代わり俺が負けたら鬼丈くんは解放してあげるよ。君もお友達取られちゃって寂しいだろうし。…ってもうこんな時間、生徒会の集まり行かなきゃだ。じゃあまたね皆さん、俺たちに投票よろしく〜。」


茗荷谷は女子を落としそうなキラキラオーラを惜しげもなく撒き散らし、風のように去っていった。一気に現実に引き戻された私たちは再び投票場所へ歩き出す。


「完全に生徒会長のペースでしたね。」


今までずっと黙り込んでいた忠野が呟く。


「はーちゃんが変なことされなくて良かったです。はあ、生まれた時からあんなんなんですかね…。」


まあ前世からあんな感じではあったから、現世でも生まれた時からあの調子なのだろう。


「でも意外な一面も見れました。猫谷さんがいるといつもとテンションが違うんですね。」


「え、いつもあんなじゃないんですか?」


「まさか、猫さんの前だけですよ。あんなお調子者じゃ生徒会長なんて務まらないでしょう?知らないかもですけど人望あって女子以外からも意外と人気なんですよ。」


まあ俺は好きじゃないっすけど、と付け足された。まあ公安いるくらいだからそうでしょうね。なんだかんだもう目の前は投票場所で、茗荷谷と話していたせいか投票の列がすっかりなくなっていた。最後の方なゆえに結果がなんとなく予想出来てしまう。


「ううんまだよ、祈願祈願。」


パンパンと神社のように投票場所で手を叩く。どうか明日にはなんとかして結果が裏返ってますように、と。


まあ皆さんお察しの通り、そんなこと起こるわけないのだが。

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