第42話

「イチかバチかだ!」

 ハヤミは滑走路から外れ外の敷地に機体を進ませると、登りかける朝日めがけて機体を走らせた。

「どこに向かおうってんだよ!」

 後部のカズマが叫んだ。ハヤミは少女を抱え、ゆっくりとフットペダルを踏み込んで機首の向きを変える。

 その先に、滑走路はなかった。ただ永遠と広がるガラスの大地、太陽、誰もいない青空が広がっていた。

「賽は投げられたんだぜ! 誰かが決めたトコなんかに、誰が行くかよ!」

 フットペダルのブレーキを緩め、未調整だったトリムタブを調整し尾翼の傾きを僅かにずらす。

 そのとき背後の小山、施設があった場所の岩肌近くで何かが爆砕した。

 ハヤミは後ろを振り向く余裕なんか無かった。頭上を壊れかけの飛行空母が飛び去っていき、垂下式の格納甲板や砕けた第二艦橋などが目に入る。後ろでは何者かが雄叫びを上げる声が聞こえた。

 ハヤミはスロットルを押し開けた。エンジン出力計はゆっくりと出力を上げる。その勢いの伸びは、まるで疲れてよっぱらったオヤジのように遅かった。

「なんか来てる! なんか来てるぞハヤミ!!」

 カズマが叫ぶ。

「潰されそうになったら教えろ!」

「もうそこにいる!!!」

 操縦桿を握りしめ、ペダルを斜めに踏み込んで、機首先の紐を睨んで風を読んだ。

 後ろに聞こえる咆哮と共に風が大いに乱れるが、機体は順調に速度を増していった。

 スピードが乗ると前輪が小石にぶつかって揺れる度合いが大きくなった。尾輪が持ち上がる。だが、機体が重くてうまく離陸できない。

 ハヤミは祈るように、機首にくくりつている細い風見の紐を睨んだ。

 毛糸の風見紐は揺れている。

 走るプロペラ機の周りにいた歩行戦車、ウォーカーが、後ろ側に向かって銃砲を撃つ。通り過ぎた後すぐに、踏みつぶされる音が聞こえる。

 その音が何を意味するのか、ハヤミは理解していたが後ろは振り向かなかった。

「早く!」

「まだだ!」

「踏みつぶされる!!」

「まだだ!!」

「早く!!!」

 三人乗りのプロペラ機はガラスの平野を走り続け、地響きが機体越しにも伝わってくる。速度はすでに離陸点を超えていたが、機体は上がったり下がったりを何度も繰り返す。

 頭上を飛び交う航空機の数が増え、次第に大型艦が目に入ってきた。

 バウンドを繰り返すハヤミのプロペラ機に向かって、上空から執拗な機銃掃射が向けられる。その合間をぬうように走って、ハヤミはタイヤが地面を離れた何度目かの瞬間に操縦桿を引いた。

 最初は不安定だった。風が主翼をすり抜け、思うように機体が持ち上がらない。

「……クソ、無理なのかッ!」

 背後から迫る地響きが迫り、カズマが叫んだ。そのとき胸に抱いていた少女が目を開け、ハヤミの握る操縦桿に手を当てる。

「?!」

 みるみるうちに機体が軽くなる。そんな気がする。カズマが絶叫し、ハヤミは息をのむ。体が地面を離れ軽くなるような不思議な気持ちになり、視界が青くなる。

 すると、背後に迫っていた何かが飛び上がり大きな影がハヤミ達を覆い込んだ。

 そこには足が見えた。大量の足、節足動物のような、足。縦に並んだ無数の、足。

 土煙を上げ、砂とガラスを蹴散らし、頭上の飛行艦艇に飛びかかって、乗り上げる。

 そしていくつもの中型飛行艦を踏みつけ渡り歩くようにしていくと、体を丸めて、飲み込んでいったジオの飛行艦と共に深い崖へと落ちていった。

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