第40話

 最初に少女を見たときとまるで変わらない。カズマも困ったように笑っていた。

「ずいぶんと便利な廃墟じゃねーか。この分だとおまえ、前に墜落したときもバカンスを楽しんでたんじゃないのか?」

「うん。だいたい合ってる」

「そうか」

「そうだ」

 ガスコンロはそれ単体で動くものだった。

 火をつけ、魚に串を刺し、コンロの上にアミを敷いて魚を置く。アミも串も少女が持ってきたが、それをどこから持ってきたのかは何も言わなかった。

 カズマとハヤミは話さなくなった。

 だが二人の沈黙とは別に、いつもなら聞いていなくても何か話しているような少女が、なんだか妙に無口なままでいることが気になりだす。

 ハヤミはなんだか得体の知れない不安を感じながら少女を見て、少女の全体を本人にばれないよう観察する。

 顔は……元気だ。カズマの持ってきたプレーヤーとイヤホンをつないで何かの歌を聴いていた。

 おおむねシャカシャカいっているアップテンポな奴だ。

 別に本人が歌っているところを見たわけではないが、今まで一緒にいた経験を思い返してみれば突然立ち上がって歌い出してもおかしくないような、そういう脳天気な奴だと思う。

「なあ」

「?」

「どうした。何を聞いてるんだ?」

 ハヤミは少女に手を伸ばしイヤホンの一つを催促してみた。少女は笑ってイヤホンの片方を手にとって渡してくれたが、その動作の一つ一つがやたらと重そうに見える。

 というよりも、手先が小さく震えていた。

「まだ、どこか苦しいのか?」

 ハヤミは少女に聞くが、少女は笑顔のまま何も答えない。その代わりにカズマの方が答えた。

「ハヤミ。おまえ、もしかして聞こえてないのか」

 魚の身が破裂し、中身の汁が垂れてコンロの火にくすぶられる。

 火はついたり消えたりを繰り返し、その焦げた魚をカズマが一つ一つ丁寧にひっくり返していく。

 ランタンの光がカズマを照らし、少女を照らし、そしてハヤミを照らす。大きな影が建物の壁に映り込みそれらはさらに大きな影、建物や、星空の元に広がる際限のない影の中の一つに吸い込まれていた。

「さっきから、何かの指示が飛んでるぞ」

「何言ってんだここにゃオレとお前と、コイツしかいないんだぞ?」

「お前はサイボーグ化してねえから聞こえてないだけだ。ここには俺たちとこのコだけしかいなっていったな」

「いや。もしかしたらジオを襲ったコイツのお友達が、まだどこかにいるかもしれない」

「それだといいが、どうも違うようだぞ」

「だからよおッ、なにがどう違うんだって」

「おまえに聞かせてやりたいけど、コイツが壊れてるから聞かせられない奴だよ」

 カズマは、壊れたデュアルファングを振り返った。無線機や電波探知機のことを指しているのだろうか。

「俺たちが空でずっと探していた奴だ。軍の周波数帯の暗号電波がどこかから出てる。かなり近い。なあ、おまえ地下に行ったとき、ジオとそっくりの街があったって言ったよな?」

「ん。ああ、言ったけどそれがどうした」

 串刺しにしてコンロであぶる魚を何度もひっくり返しながら、カズマはサイボーグ化したアイセンサで地面を睨み大きく息を吐く。

「ジオにはマザーがあったろ。俺たちの。それみたいなのがもしも、まだこの地面の下に生きているなら」

「! ……ありえる。たしかにこのシェルターは生きてる」

「そしてそいつらがまだ俺たちジオと戦っているつもりで、俺たちがここにいるのを脅威と考えているなら」

「……あいつらが、攻めてくる?」

「それだけじゃないぞ。俺のデュアルファングには発信器が付いてる。お前の乗ってたのにもたぶん付いてる。ジオは発信器のあるここを手がかりに、必ず報復に出る」

 だいぶ焼けて黒くなりつつある魚をさらにひっくり返して、カズマは何かを深く考えるよう地面を見つめ続けた。

 それから頭を上げ空を見る。

「たぶん明朝。ここら一帯は全部戦場になる。俺たちも軍人なら戦わなきゃいけない義務はあるけど、もしも逃げるなら、今しかチャンスはない」

「ん。なあ待てよ。もう戦争は終わったんだぜ。この子だって分かってる。オレたちはもう戦わなくてもいいんじゃないのか? なあ、もうそろそろ終わりにしようぜ」

「終わりたいとは思うけどさ、ジオのマザーは戦いは続いているって主張だった。聞かせられるなら聞かせてやりたいけど、こっちのマザーもその気みたいだぜ」

「じゃあなんでこの子はオレたちを襲わないんだ?」

 ハヤミは少女を指さした。

 少女は怯えたように目を左右に動かして、ハヤミとカズマの両方を見比べて様子を見ている。

 焦げた魚を火の上から持ちあげて、その黒こげになった魚の尾や胴体、汁の噴き出した腹を見ながらカズマは告げた。

「そのコはたぶん、エラーかなんかなんだと思う」

「どうしてそう思う?」

「この暗号通信は自滅を命令している。教育隊で習った覚えがある。宛先は、たぶんこのコだ」

 コンロに踊る青白い火が揺れ、すきま風が格納庫の隙間という隙間を通り抜け寒い冷気が肌を撫でた。

 カズマは眼球の無くなった目で黒ずんだ魚を見続け、気の棒と魚をゆっくりと回し続ける。

「たぶんこのコ、今までずっとこの信号を聞きながらここに住んでたんじゃないのか。なあハヤミ、お前がこのコをジオに連れて行ったのって、間違いだったんじゃないのか」

 何も答えられずハヤミが黙っていると、カズマはくるくると魚と気の棒を回し続け、それからハヤミに投げてきた。

 投げて寄こされた焼き魚を、ハヤミは素早く受け取った。

 答えられなかった。代わりにカズマが新しい焼き魚をコンロから拾い上げ、口の中に入れて食べ始める。

 あまりおいしそうには見えなかった。

「バディ。お前はこれからどうするつもりだ」

 ハヤミが黙って魚を見ていると、その様子を魚を租借し飲み込んだカズマが一息ついてから、改めて聞いてきた。

「どうするつもりなんだ」

「どうするって」

 ハヤミは今までなんとなく決めてきた、これからのこと、これからの未来のことを考え、そうしてもう一度ジオに置いてきた今までのことを思い出した。

 置いてきたものの数は、決して少なくない。

 例えば家とか?

 ハヤミは官舎に住んでいる。ガラクタとか、おもちゃとか、必要のないものばかりため込んでいて必要な物は何もない。

「なにかあるんだろ?」

 しゃくしゃくと魚を食べながらカズマが聞いてきた。

 そりゃああるさ。人とか。オヤジの幻影とか。マザー。それにミラとか。アトスさん。テス。多くの仲間たち。地下に置いてきた友人。

 それ以上に多くの物を置いてきたはずのカズマは、何食わぬ顔で黒こげになった魚の丸焼きをかじり、まずいともうまいとも言わず黙ってかみ続けていた。

 そうしてハヤミも自分が持っているこの得体の知れない小魚の丸焼きを見返して、どうしてこんなに黒こげになるまで火であぶったのかを問い詰めようかとも思った。

 だがそれを言葉にせずに飲み込んで、汁のにじんだ焼いた小魚の腹にかぶりついて飲み込む。

 不思議な味がした。

 苦くて、柔らかくて、白身からは水が滴り、柔らかい肉とうまみが口いっぱいに広がって、ハヤミは自分が思い悩み考えていたことがばからしくなった。

 カズマは何も言わないでそっぽを向いているが、コイツはこいつで何か考えているんだろう。そうとは分からずずっと自分のことばかり考えていたことを、ハヤミはすこし恥ずかしくなった。

「どうするんだ」

「地下には、生きるのに必要な物は全部そろってると思う。探せば何でもあるはずだ」

「それで?」

 カズマは魚を食べ終わり、残った棒きれを床に捨ててコンロの火を見つめていた。

「そこで、必要な物を探してくる。出るのは明朝、あいつらが戻ってくる前にここを発つ」

「あてはあるのか」

 カズマが不思議そうな顔をして、いつもの何か不満そうな顔で振り向いた。

 あてはなかった。けどもしこの大深度シェルターが、ハヤミ達の住んでいたジオとそっくりの作りをしていて、ジオと戦争をしていた当時のままお互いに対抗意識に燃えてまったく同じようなことを、互いが互いにしていたとしたら。

「地下の居住区。その下にはオレたちの住んでいた官舎と基地の区画。潰れていなけりゃドックだって格納庫だってあるだろう。でもそんなの探してる時間はねえ。地上のどこかに、緊急用の古い機体が隠してあるはずだ」

 カズマはハヤミの言葉を聞いてちょっと驚いた顔していた。そして少女の方は、あくびをして、かなり眠そうな顔をしていた。

「行こう。空の向こうへ」

 ハヤミが立ち上がると、カズマも立ち上がった。

「そうだな。地下に籠もっても、たぶん俺たちは生き残れない」

「おまえとなら、きっとどこまでも行けそうだ。フォックスも行ったことのない、空の向こう側にも」

「フォックス」

 カズマは何かを少しためらうように一瞬言葉を押しとどめたが、拳を握って腕を上げる。

「そうだな」

 二人は堅く、拳同士をぶつけあった。

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