第16話

 隔壁の向こうにいるであろう何者かに拳銃を向けて、ハヤミはふと少女を見た。

「……」

 少女は不安そうな目でドアの向こう側を見ている。

 ふとハヤミは、少女とはじめてここで出会ったときの事を思い出した。

「おまえの仲間、なんだよな?」

 隔壁のすぐ近くまでやってきている隊伍を組んだ何者かたちと、目の前の少女をハヤミは素早く見比べる。しかし向こうに隠れている彼らの姿を、ハヤミは見ることができない。

 少女も不安そうな顔をしながら、一歩足を引いた。

 ハヤミは覚悟して隔壁側を睨むと、拳銃のスライドを引いていつでも撃てる格好をした。

 今、向こう側で鳴り響いていた足音がぴたりと止まる。隔壁の隙間に手がかかり、向こう側から覗く目が消えた。代わりに大きな音がして、しまって動かなかったあの隔壁が横に動かされる。

 少女は怯えた声を発しハヤミにしがみついた。その時、隙間から見覚えのある物を見つける。

「伏せろ!」

 少女の頭を掴んで床に倒し、自身も体を床に這わせる。その直後、開いた隔壁ドアの向こう側から小銃の銃口が覗き鉛玉をばらまく。銃だけを持ったほぼ裸とも言えそうな格好の翼の少女たちが、ハヤミのいたフライトデッキ中を銃で撃ち抜き、中には携行式ガトリングガンを抱えて部屋中に銃弾を撃つ者もいる。

 ハヤミは少女を抱えながら床を這い、隣の寝室に身を潜めた。

「クソが! どうなってやがる!」

 寝室に隠れても彼女らの銃撃は止まることなく、怯えてがたがたと震える少女を後ろに、出入り口の影に隠れながら数発ほど拳銃を撃った。

 銃を持つ少女の一人が、ハヤミの拳銃の弾に撃たれて静かに倒れる。しかし他の少女たちは倒れた少女のことを意に介す様子もなく無慈悲にハヤミ達の隠れる寝室に向けて銃弾を発砲した。

 銃を撃つ彼女らの胸元では、赤い基盤が煌々と輝いている。

「どういうことなんだよ! あいつら、おまえの仲間なんじゃないのか!?」

 ハヤミは少女の肩を掴み、説明を求めて激しく揺すった。しかし彼女は首を振るだけで、なにもまともなこをと言おうとしない。

 そうこうするうちに、外の銃撃が止まり寝室のすぐ近くまで足音が聞こえてくる。ハヤミは覚悟して拳銃を外に向けたが、寝室の床に妙な戸っ手があるのに気づく。

 ハヤミは少女に、その取っ手を引っ張るよう指をさした。そして拳銃の弾を部屋の外、寝室出入り口の影に隠れている銃を持った少女達に撃つ。

 案の定彼女らは反撃してきた。

「クソッタレがあ!」

 当たらないだろうと思いながら物陰から拳銃をさらに数発撃つと、撃たれた方の少女の一人が銃を落とし、まるで人形か何かのように音もなく仰向けに倒れて死んだ。

 だが他の少女達は撃たれた少女をまったく気にせず、二人目、三人目と部屋の中に踏み込んでくる。

 そのとき、ハヤミの後ろに隠れていた少女が飛びだして床の取っ手を思い切り引っ張り上げた。

「おい! 何してる!」

「ドポモファ ヴァム!」

 少女はそういうと、床に埋もれている鉄製のフタを力一杯持ち上げる。それを見て、今部屋の中に入ってきた武器を持つ少女たちが目を大きくする。

 銃撃が止まり、あの鉄仮面のように無表情だった彼女らの顔が明らかに困惑した様子を見せていた。その隙に銃弾を撃つ。ハヤミは狙いをつけて、彼女たちのすぐ近くの壁を撃った。

 だが、撃たれた側の少女たちは自分たちが撃たれたことに一切驚かず、むしろ冷酷なまでの空虚な瞳でハヤミをにらみつけた。

 その胸元には、真っ赤に輝く基盤の光が、まがまがしいほどの眩さで輝いている。

「クソッタレが!」

 拳銃が弾切れを起こし、ハヤミの握る拳銃のスライドが動かなくなる。撃たれた少女を足下に転がしながら、未だ目の前に立ち尽くす武器を持った少女たちは動かない。

 すると大きな音がして、床の取っ手を持ち上げていた少女が床下に大きな開口部を作っていた。

 メンテナンス通路のようだった。少女がハヤミを手招きして、通路の下の方へ行こうと誘う。

 目の前で銃を構える少女達は動かない。様子を見ながらゆっくりと前へ進むと、武器を持ち煌々と胸元のクリスタル基盤を輝かせる少女達はハヤミを目と銃身で追いかけた。そしてメンテナンス通路の開口部にハヤミが入ると、一歩前進してハヤミを手で掴もうと腕を伸ばす。

 ハヤミは扉を閉めた。

 ドアの上で少女型兵器達が、床を踏みならし通路のドアを開けようとする。ハヤミは内側からドアをロックし開かないようにした。

 メンテナンス通路に光りが点き、階段を赤い非常灯が灯す。下には出口しかない。


 飛行空母の格納庫を抜け、装甲版の隙間を肥えて外に出ると、景色は一変した。

 墓石と木々の並ぶガラスの荒野は既に無く、あたり一面は作りかけの要塞と塹壕でできた迷路が広がっていた。

 ハヤミを見つけた生物兵器の一つが奇っ怪な声をあげて鳴き声を放ち、翼竜型が頭上を飛んでハヤミを追いかける。

 空の彼方をアークエンジェルの編隊が、いつも通りゆっくりと定刻軌道を飛んでいた。

「イズェ トゥン!」

 少女がハヤミの手を引き掘りかけの塹壕を走る。

 生き物たちは……もう分かっていたが、地上に埋もれる地下都市の生物兵器たちは、ハヤミを見ると奇妙な声をあげて身を隠した。

 代わりに翼竜がハヤミたちを追いかけ、執拗にハヤミだけを狙って牙で噛みつこうとする。

 ハヤミは弾の入っていない拳銃を翼竜に向けた。それだけで翼竜はひるんだが、拳銃を撃たないハヤミを見て大きな声で鳴いた。

 仲間を呼んでいるみたいだった。

「クソ! これからどこに行こうってんだ! どこに行ける!?」

「ユ ヴァスネ ポヴィノブルォポリィーテ シュディ!」

「何言ってんのかわかんねーよ!」

「ピクォヴヴァンニャ!」

 小木と朽ちた残骸、墜落したアークエンジェルの脇を走り抜け、一本だけ残った大きな木まで全力で走り、今度は少女がハヤミを背中にして翼竜達の前に身をさらす。

「なんなんだよいったい! クソ!」

 弾切れの拳銃を翼竜たちに向け少女の肩越しに威嚇の構えを見せるが、少女の手がハヤミの拳銃を抑えてやや押し上げる。

 見たこともない徒手格闘のような構えで、少女は翼竜たちの前に立ちはだかった。

 細い腕に小さな体、後ろに立っているだけでもその殺気の強さがよく分かる。

「こ、こいつ」

 言葉は分からずとも彼女も兵士だ。少女は、背中に翼をはやしハヤミの前ではおどけていたが、いちど敵を前にするとその異様さが歴然とする。

 しまった筋肉、無駄のない体、肩胛骨の近くから伸びて力なく開きかけている白い羽だけが、本物の戦闘員のような構えをとる少女に異様な雰囲気をかもす。

 それは塹壕の向こう側から歩いてくる、少女そっくりの生体兵器たちも同じだった。

 胸元には赤く輝く基盤。手には銃。その顔は冷酷とも何も考えていなさそうとも、やけに澄んだ瞳でハヤミだけを見つめている。

 彼方を飛ぶアークエンジェルの轟音が頭上を飛び去り、ふたたび転回してもとの上空に戻ってくる。

 地上に並ぶ少女のクローンたちを見ていたハヤミは、耳にアークエンジェルの轟音を聞いていた。いつもなら一直線に飛び去ってどこかに行ってしまうのに、今日だけは何かがおかしい。そう思っていると、樹木が風に揺れ、轟音がだんだんハヤミたちのいる場所に近づいてきた。

 ハヤミのいる地上に向けて、徐々に高度を下げ始めていた。

 ハヤミは耳に意識を集中しだんだん近づいてくる轟音の数を数える。それに比例して、木の枝も風にのって大きく揺れだし、前に並ぶ少女たちの顔も上を向いた。

「やっと、来たか」

 ハヤミは小さく笑う。

 同時に大きく木の枝がたわみ、折れて、辺り一面の砂塵を大きく吹き飛ばした。それと同時に何かが大量に地面に撃ち込まれ、少女たちの姿も、要塞も、朽ちたアークエンジェルの残骸も何もかもが見えなくなる。

 傍らに立つ少女がハヤミをかばい上になって、地面にハヤミを倒す。するとどこか近くに何かが着陸する音と、機体から誰かが降りて声をあげているのが聞こえた。

「この近くにいるはずだ! 探せ!」

 可変型エンジンノズルを唸らせ砂塵を吹き飛ばす四基エンジン型の小型降下艇から、完全武装した数人の兵士たちたちが銃を構えて飛び降りてくる。

パンとどこかで小さな発砲音が聞こえ、ついで連続で小火器の発砲音が聞こえてくる。

「いたぞ! 敵だ!」

「殺せ!」

 兵士達は砂塵の中に紛れながら何かを囲んで撃ち殺し始め、隊長らしき人影が複数の隊員に指示を出す。

 空中からは援護らしいジオの攻撃機が地上を掃射し、今までハヤミと少女を囲んでいた恐ろしい生物兵器たちを慈悲なく一掃しはじめる。

 あたりは一瞬で戦場と化した。だがその光景はすべて砂に覆われてよく見えず、その地獄めいた風景は嵐の中に見た幻なのか、それとも己の目を覆う霞のようなものなのかの違いも分からなくなった。

 ただ、地上に降りた兵員の一人が木陰に隠れるハヤミを見つけ、無線で隊長と呼ばれる男に目標発見の報告をすると事態は一変する。

「ハヤミ少尉ですか?! お迎えにあがりました!」

 ゴーグルを被り顔のすべてをマスクで覆う機動歩兵は銃口をさげて敬礼した。

 だがハヤミの前に立ち尽くす少女を見て、目を覆うゴーグルの輝きを増す。

「敵? 少尉、そいつから離れて!」

「ま、待ってくれ! こいつは味方だ! 味方なんだ!」

「味方ですか? いや、ちょっと待ってください」

 名も知らぬ機動歩兵隊長はそういうと、耳元のマイクとインカムに向かって何かの確認を取り始める。

 しばらく機動歩兵は本部と何かやりとりしていたが、最後に、「わかりました」とだけ言うと、振り返って小銃をハヤミに向けた。

「少尉、今すぐそいつから離れてください」

「だから、聞いてくれ! こいつはオレを助けてくれたんだ! コイツは誰も殺していやしない! そうだろう?」

 ハヤミは弾のない拳銃を空に向け、少女の肩に手を置いた。

 だが少女の方は戦う姿勢を崩していないし、歩兵の方も首を振ってハヤミの言葉に無言で答えた。

「なあ。分かってくれよ。戦争はもう終わったんだ」

 ハヤミの懇願に歩兵は答えず、黙って手を振り他の兵士たちを前に進ませる。自分も前に進んで、少女の胸に照準を向けた。

 砂塵の向こうでの発砲音が途切れ、ふたたび激しい撃ち合いの音が聞こえてくる。

 上空を旋回するジオのアークエンジェルたちの轟音も増え、砂嵐はさらに酷く、強くなっていった。

「終わったんだ。もう終わったんだ! これ以上は無駄な争いだ!」

 兵士は答えなかった。代わりに少女が動き、目の前の兵士の銃を掴んでそらし大きく捻って、兵士の体に拳を突き立てる。

「ウッ!?」

「やめろ! ユーマやめろォ!!」

 ユーマ、とハヤミが彼女の名前を呼んだ瞬間、少女の動きがぴたりと止まりハヤミを振り返った。

 その目はなぜか、悲しそうな目をしていた。泣いていたような気もする。

 その少女を他の兵士達が撃ち、少女の体は小さく吹き飛んだ。

「やめろお!」

 ハヤミは弾の入っていない拳銃を兵士に突きつけ、トリガーを引いた。だが弾は出ず、拳銃を兵士に向かって投げつける。

 驚いた兵士がハヤミに向かって発砲するが、弾は運良くハヤミの足下を撃ち抜いた。ハヤミは少女の体を守るように前へ飛び出たが、少女の体はまるでスローモーションのようにゆっくりと大地に倒れ、翼から伸びた白い羽が何枚か宙に舞う。

 ハヤミは少女を抱き上げた。少女は、何が起こったのか分からないといった目をしていた。先ほどの殺気だった目ではなく、今そこにいるのは、一人の少女だった。

「ユーマぁ!」

 ハヤミは少女の肩を掴み赤く染まった服に手を当てる。だがそこで、後ろから強い衝撃を受けて、そこでハヤミは意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る