第3話『何もかもがイヤになる』

 風花ふうかが不在のまま、気がつけばもう放課後になっていた。風花のいない学校生活というのはあまりにも退屈なものだった。もちろんこの悪夢のような世界にも記憶の中と同じ友達たちがいるけれど、その子たちも名前が変わっていたりしてなんだか私が知っている人のようには思えなかった。むしろ他人っぽく見えてしまって、なかなかいつものようには接することはできなかった。それも相まって控えめに言っても、今日のこの1日の時間は決して楽しい時間とは言えないものだった。そして風花と初めてこうして距離をあけたことで、彼女の大切さが身にしみて理解することができた。風花との時間はとても楽しい。くだらないお喋りだって、特にこれといって何があるわけでもない一緒に登下校するのだって、やっぱり風花と一緒にいられればそれは『楽しい』に変わる。風花の優しい笑顔。温かく柔らかい声。風花の作ってくれる料理。全てが恋しい。私には風花は必要だ。だからなんとしてでもこの風花が存在しないという事実にあらがおうと足掻あがいてみることにした。まずは携帯。メッセや電話なら直接本人を呼び出せるだろうと思い、携帯を確認した。


「ぶぅー……」


 だけれどその返ってきた事実に少し腹が立ってしまう。そもそも風花のアカウントや電話番号自体、存在していなかった。抗おうとしたのが逆効果で、よりその事実に信憑しんぴょう性をもたせる結果となってしまった。真っ向から私の思いを否定するこの世界に段々とイライラしつつ、今度は風花の家に行ってみることにした。流石にこれがなにかのドッキリだったとして、家そのものを消すなんてそんな大掛かりなトリック、できるわけがない。もういっその事、それができたのなら信じてやってもいいくらいだ。それぐらい家1軒を丸ごと消すなんて難しいことだろう。だから彼女の家に行けば、何かしらの風花が存在していた『証拠』が残っているんじゃないかと思った。私は思い立ったら即行動の精神で、すぐさま学校を後にして風花の家を目指した。



 風花の家はあった。やっぱり家を丸ごと消すなんてことはムリだったようだ。私は少しニヤニヤしながらも、一目散に玄関へと向かいインターホンを押した。家の感じも、間違いなく私の記憶の中の風花のそれと一緒。だったらここに何かしらの『情報』があるに違いない。真っ暗な世界に光が灯るように、私の心の中に希望という光が輝き始めていた。運がよければ、ここに風花がいるかもしれない。最悪でも、何かしらのヒントは得られるはず。そんな期待に胸を膨らませて、中から人が出てくるのを待っていた。


「んんー?」


 だが数秒経っても反応はない。この家のインターホンは確か通話できるヤツだったから、最低限何かしらの声が聞こえてくると思っていたけれど、どうやら考えが甘かったようだ。その後も何度か間隔を開けてインターホンを押してみるけど、やっぱり反応はなし。さっきまで輝いていた希望のそのせいでみるみるうちに暗くなっていき、私の心には黒く厚い雲が覆い尽くし始めていた。そんな時――


「あのー……?」


 私のことを不審そうに見つめながらこちらへやってくるおばさんが現れた。おそらく近所の人だろう。私は見たことがないけれど、たぶん言い方的に篠崎しのざき家を知っている感じだ。だったらと、私は早速この家の一人娘『篠崎風花』についてたずねることにした。篠崎家のことを知っているなら風花のことも知っているだろうし、何かしらの情報は得られるだろう。たとえ風花に何かあったんだとしても、ご近所さんならたぶんその辺の事情は聞いているだろうし。


「篠崎……?」


 もうイライラしすぎて物にでも当たりたい気分だった。この家はそもそも『篠崎』ではなく、全く身に覚えのない別の名字だった。私がちゃんと最初に確認しなかったのが悪いのだけど、どうしてこうもうまくいかないのだろうか。そしてどうでもいい話だが、そのおばさんは親切にもこの一家は10数年ほど前に引っ越して今は空き家になっていることを教えてくれた。なのでその一家の人たちに迷惑をかけることにならなくてよかったが、結局のところ風花に関する情報が得られなかったのでそんな話もうどうでもよかった。だから私はそれに適当に話を合わせて会話を終わらせて、さっさと自分の家へと帰ることにした。


 もう考えるのやーめた。みーんなわけわかんないことばっか言ってくるから、私もう疲れた。私の記憶ともチグハグで混乱するし、今日一日色々と考え過ぎて頭痛い。それにどうせこれは悪夢なんだから、家に帰って寝たらきっと風花に会えるでしょ。



そう、これは悪夢。


悪夢、だよね……


悪夢で……あって。



 そんな願いを込めながら私は帰宅し、すぐさま自分の部屋のベッドに突っ伏し目を閉じるのであった。

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