第13話 「な…」

 〇朝霧真音


「な…」


 俺は、二人を目の前にして、わなわなと震えた。


 今日はどういうわけか、光史も早く帰って来て…

 るーもなんや張り切って料理して…

 鈴亜は最近ちいと元気なかった気がしとったが…

 数日前からまたキラッキラするような可愛い娘に戻って…

 そう思うてた所に…


「鈴亜さんと、結婚させて下さい。」


 ……まこが!!

 いきなり、まこが来て言うた!!


 おまえ、アポなしで晩飯に来るとか、どういうつもりやねん!!

 って言いたいとこやが…

 周りを見る限り…どうも知らんかったんは俺だけや…

 …もしかして、俺…言われたのに聞いてへんかったんか?

 得意のやつか?

 だったらこれ、みんなに問うたら『聞いてなかったんだ』って冷めた目されるやつやん?



「ま…まだ…早いんちゃうかな…」


 冷静に冷静に…自分に言い聞かして、低い声でそう言うたら。


「父さんと母さんって、20と18の時に婚約したんでしょ?」


 鈴亜が真顔で言うた。


 う…


「21と19の時、結婚したんでしょ?」


「そ…それは…」


「あたしとまこちゃん、今23と18よ。」


「あれは!!俺らん時は、色んな状況で…」


「それに、まこちゃんはもう成功してる人だし。」


 カッチーン!!


「おまえなあ、バンドで成功してる言うたかて、いつどうなるか分からへんねやで?」


 俺が早口でそう言うと…


「ん゛ん゛っ。ん゛ん゛ん゛っ。」


 至る所から…咳払いが…


 ハッ…


 俺も光史もバンドマンや!!

 だ…ダメや…

 何言うても、同じ土俵におる限り…自分に置き換えられてまう…


「え…」


 英雄ポロネーズ…

 …まこは目つむってでも弾いてまうよな…



「…まこ、おまえ…ロビーで社員の女によう囲まれとるけど…」


 俺が目を細めて言うと、まこは目を見開いて『それ言う!?』みたいな顔した。


「真音。」


 俺が続きを言おう思うたその時、隣で座ったまんまのるーが低い声で俺を呼んだ。

 立ったまま、るーを見下ろすと…


「囲まれるぐらいなら、いいんじゃない?」


 るーは、俺を見上げる事なく…低い声…


「……」


 こ…これは…

 音楽屋での他の女とのキスとか…

 マリとの事…言うてるんか!?


「くっ…」


 両手で頭を抱えて、テーブルに頭をぶつけた。


 俺の過去が…今んなって、俺を苦しめるー!!


「あ…朝霧さん…?」


 まこの声が聞こえた。

 俺は、恨めしい気持ちでゆっくり顔を上げて…


「まこ…」


 低い、低い、低い声で言うた。


「…はい。」


「…おまえ…浮気すんなよ…?」


「しません。」


 その即答に、俺はムッとした。

 まこには悪いが、もう誰が相手やとしても気に入らんだけや!!


「そ…そうは言うてもな、男は浮気な生き物やねん!!」


 勢いよう立ち上がって言うたら…


「親父、浮気してたのかよ。」


「お義父さん…本気で言ってるの?」


「父さん、首絞めてどうする…」


「…真音、その話は後で詳しく聞かせてもらうからね…」


 次々と責められた!!


 俺の味方は!?

 俺の味方はおらへんのか!?


「父さん…」


 その時、鈴亜が口を開いた。


「まこちゃんは、浮気なんてしないよ…」


 そんなん、分からへんやん~!!

 そう言いたい所やったが飲み込むと。


「浮気したのは…あたしだよ。」


「!!!!!!!!」


 全員が、目を見開いた。





 〇島沢真斗


 鈴亜の言葉に、全員が口を開けた。

 鈴亜、そんな事言わなくても…!!


「う…浮気言うても…あ…あ…あれやろ?ちょ…ちょっとええなあ思う男がいてたから…」


「父さんは、ちょっといいなって思う女の子がいたら、手を出してたの?」


「はっ…」


 …朝霧さん…

 ご家族の目が細~くなってますよ…


「…まこちゃんは…あたしの事、ずっと大事にしてくれてたのに…あたし、まこちゃんと全然違うタイプの人に惹かれかけて…」


 あ…ああ…

 実際言葉にされると、過ぎた事とは言え…胸に来てしまうな…

 …いや、でも。

 鈴亜は、僕を選んだ。

 僕と…結婚するって。



「本当、どうかしてた。まこちゃんの事、大好きで…まこちゃんと結婚したいって、ずっと思ってたのに…」


「いや、でもそれは…僕の力不足でしかないんだ。鈴亜が自分を責める事はないよ。」


 鈴亜に向き直って言うと。


「まこちゃん、本当に…あたしの事、許せるの?あたしの事…これからも好きでいられるの?だって、あたしあの人と…」


 ギュッ。


 それ以上、鈴亜の口から聞きたくなかった僕は、みんなの前だと言うのに…鈴亜を抱きしめた。


「なっなななな何してんねや~!!まこーーーー!!」


 朝霧さんの怒鳴り声が響き渡ったけど。


「あなた、座って。」


「でっでででも!!るー!!」


「座って。真音。」


「……」


 奥さんにそう言われて…朝霧さんは鼻息は荒いままだけど…座られた。


「…まこちゃん。」


「…はい。」


 鈴亜のお母さんは、優しい顔で…だけど、すごくハッキリとした声で。


「鈴亜は、こんな真音と疑い深いあたしの娘よ?もしかしたら、悪い所ばかり遺伝してて、これからもあちこちに気を取られたり、なのにまこちゃんの事は束縛したがったり、大変な子かもしれないけど…大丈夫なの?」


 思いがけない事を言われた。


「お母さん!!ひどいー!!」


 鈴亜が僕の腕から飛び出すようにして、力強くテーブルに手を着いて。

 その振動で、鈴亜の隣にいた渉君のスープがこぼれた。


「だって、鈴亜が言ったんじゃない。浮気したって。」


「そ…そうだけどー…もうしないもん…」


「まこちゃん、信じられるの?罪悪感で結婚するって言ってるかもしれないわよ?」


 …ど…どうしたんだろ。

 お母さん…すごく、ズケズケと…


「…罪悪感で、プロポーズ受けた?」


 鈴亜に問いかけてみると。


「もう!!まこちゃんまでー!!」


 鈴亜は、眉間にしわを寄せて、ポカポカと僕を叩いた。


「あははっ、冗談だよ。ごめん。」


「絶対…ないもん…」


 鈴亜は唇を尖らせて、泣きそうな顔。

 ああ…いじめちゃったな。


「もう、この話はここでおしまい。だから、鈴亜も忘れて。」


 僕が鈴亜の手を取って言うと。


「…本当に?」


 涙ぐんだ鈴亜は、相変わらず唇を尖らせたまま言った。


「うん。鈴亜が他の人に向かないよう、僕が頑張るから。」


「……」


 僕が握った手を、鈴亜がギュッと握り返す。

 そんな僕らを、すごく面白くなさそうな顔で見てる朝霧さんが…


「…ずっと大事にしてくれたのに、なんで他の男好きになったんや?まこが物足りひんかったからやろ?なのに、ええんか?」


 テーブルに頭を乗せて、拗ねたような口調で…ほじくり返した!!




 〇朝霧光史


「真音…」


 おふくろは額に手を当てて呆れてて。

 俺と瑠歌も、顔を見合わせて首をすくめた。

 親父はどーーーーー…しても、鈴亜を嫁に出したくないらしい。

 やれやれ…


 俺はまこに同情した。

 俺の結婚なんて、周りから祝福しかされなかったからな。

 父親に反対されるなんて…正直面倒だよなあ…

 …って、丹野さん、すいません…

 俺は娘が生まれたら、絶対恋にも結婚にも反対はしないぞ。

 こんな無様な父親の姿、見せたくないし…



「親父、いい加減にしろよ。」


 俺は腕組みをして、呆れた口調で言った。


「…なんや、光史はまこの味方か。」


「味方ってなんだよ。だいたい親父は鈴亜の相手がまこじゃなくても反対なんだろ?全然知らない奴の所に行くより安心だって思えないのか?」


「…そんなん…そんなん…」


 はあああああ…情けない。

 世界のDeep RedやF'sで名を上げてるマノンが…

 娘の結婚話で泣きそうな顔してるなんて…

 幸せになれよ!!ってカッコ良く言って欲しい所だったのに…



「…あたしが浮気した原因の一つは…」


 突然、鈴亜が低い声で言った。


「…あ?」


「デートしてても、まこちゃんが五時までにあたしを家に送ってく事が不満だったの。」


「!!!!!!」


 目を見開いたのは、親父だけじゃなかった。

 まこも…俺も…

 だが、まこはすぐに冷静を装った。

 …だよな。

 鈴亜に言ったなんてバレたら…



「まこちゃん、あたしがまだ高校生だから…って、すごく大事にしてくれてたのに…あたし、それがすごく不満で…」


「そ…それはー…当たり前なんやないか…?」


「父さんは、母さんを五時に送ってた?」


「う…」


 困った顔の親父の隣で。


「六時は過ぎてたわよね?」


 おふくろは冷ややかな笑顔。

 …気付いてるのか?

 それとも、鈴亜から聞いたのか?


「あたし、まこちゃんがもっともっと一緒にいてくれたら…他の人なんて見なかったのに…」


 鈴亜…

 おまえ、策略家だな…

 女って、こえー…って思ってると。


「それは同情しちゃうなあ…いくら高校生って言っても18歳なら、五時は早過ぎよね。まこちゃん、酷い。」


 瑠歌が…加勢した。


「え…えっ?」


 戸惑うまこが、親父を見る。

 すると、親父は口を真一文字にして小さく首を横に振った。


「…で…でも…とにかく、あまり遅くならない内に…と思って…」


 まこがしどろもどろにそう言うと、もう観念したのか…


「…もう…ええわ…好きにせえや…」


 ずずずずずと音がするような感じで、椅子から床にずりおちる親父。


 …おい、本当…しっかりしてくれよ…


「え?父さん、今なんて言った?」


 鈴亜がテーブルを回り込んで、床に寝そべっている親父の手を持って無理矢理椅子に座らせる。


「…好きにすればええやんか…」


 その言葉に、俺達は首をすくめたが…

 唯一、おふくろだけが。


「じゃ、乾杯しましょうか。」


 グラスを持って立ち上がって。


「まこちゃん、こんな娘だけど…よろしくね!!」


「あ、は…はい。こちらこそよろしくお願いします。」


「もう!!母さん!!そんな言い方…」


 片手にグラスを持ったまま、片手で鈴亜の頭を抱き寄せて。


「今まで我慢してた分、いっぱいまこちゃんと仲良くするのよ?」


 すごく…嬉しそうにそう言って。


「乾杯。」


 置いたままの親父のグラスに、グラスを合わせた。

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