第11話 「……」

 〇邑 慶彦


「……」


 鈴亜から、もう会わないと言われて一週間…

 俺は…

 やっぱり諦めらんねー!!

 そう思って、おふくろにうるさく言われながらも…こうして、仕事を抜けて桜花の校門の外にいる。


 あんなに可愛い女に…初めて出会った。

 だいたい、俺の周りに居るのは…遊んでる奴ばかりだ。

 そんな女と楽しむのが、俺も楽で良かったが…

 鈴亜とは…なんて言うか…

 本当に、一から…いや、ゼロから一緒に育てていきたいと思ったぐらいだ。


 …この俺が!!



 フラれた夜は悲しくてたまらなかった。

 残業も手につかなくて…一人でどこかに泣きに行こうかとも考えてると。

 おふくろから、真珠美の帰りが遅いからバス停まで見に行ってくれって言われて…

 溜息をつきながら、バス停に向かってると…


 真珠美が。

 あの、真珠美が。

 男と手を繋いで帰って来た。


 真珠美はメガネもかけてなくて…笑顔だった。

 勉強オタクで、オシャレもしない真珠美が…

 笑顔で男と手を繋いでる!?


 ぜっっっっっっっっったい、騙されてるんだ!!


 そう思って、相手の男を殴って真珠美を連れ帰った。

 帰った所で、真珠美には誤解だと叱られ…

 俺が殴った男はメガネが壊れて何も見えなかった真珠美を、親切に送ってくれていたんだと聞いて…

 殴った場所に戻ってみたが。

 もう、いなかった。


 俺がフラれた日に、真珠美があんなに笑顔でいたのが…

 いや、あの真珠美を笑顔にした男がいる事に腹が立ったんだと思う。

 俺達三兄弟が何を言っても、真珠美はあまり笑わない。

 …本当、あの日は最悪な一日だったぜ…



「…邑さん?」


 声をかけられて振り向くと、そこに佐和がいた。


「…おう。」


「何…もしかして、鈴亜を待ってるんですか?」


 佐和は眉間にしわを寄せて、俺に近付いた。


「…悪いかよ。」


「諦めた方がいいですって…鈴亜、彼氏の事忘れられなくて、毎日思い悩んでて…」


 佐和の言葉に、胸をグサグサと刺される思いだった。

 彼氏の事忘れられなくて…

 なんなんだよ…

 俺に、あんなに可愛い笑顔を見せておきながら…


「そうは言っても、俺も同じだ。鈴亜が忘れられない。だから…」


 俺が佐和とそんな会話をしていると…


「…邑さん。」


 校門から…鈴亜が出て来た。


「鈴亜…」


 佐和が鈴亜に駆け寄る。

 鈴亜は無言で立ち尽くしていたが…キッと顔を上げると。


「あたし…本当に…ごめんなさい。」


 俺に、深々と頭を下げた。


「彼氏がいたのに…邑さんに優しくされるのが気分良くて…すごく思わせぶりにして…ごめんなさい。」


 たった一週間会わなかっただけなのに…

 鈴亜は、ひどくやつれて見えた。

 いつもキラキラしてた笑顔はそこになくて、顔色も良くなかった。


「…おまえ…ちゃんと食ってんのか…?」


 俺がバイクに寄りかかったままで言うと。


「…何もかも…自業自得だから…」


 鈴亜は、俺に頭を下げたままで言った。


 …そうか…

 そんなに…おまえをふった男の事…好きなのか…

 俺には…割り込む隙もねーのか…?


 鈴亜の幸せを考えたら、ここで諦めた方がいい…のは分かってる。

 …だが!!


「…俺、諦めねーよ。」


 決めた。

 俺は…鈴亜を好きでいる。


「邑さん…」


 困った顔をしたのは、佐和だった。

 なんでおまえがそんな顔すんだよ。

 鈴亜はゆっくり顔を上げて。


「…あたし…彼の事、忘れられないし…彼の事…きっと、ずっと好きです…」


 俺の目を見て…言った。


 あああああ…刺さる…


「だから…本当に、ごめんなさい。」


 もう一度、頭を下げる鈴亜。

 その隣で、佐和もちょこんと頭を下げた。


「…今日は帰る。」


 俺は力のない声でそう言って…バイクにまたがった。



 …泣きそうだぜ…

 似合わないポエムでも読んじまいそうだ…!!




 〇高橋佐和子


「聖子さん。」


 あたしが声をかけると、聖子さんは綺麗な黒髪を揺らして振り向いて。


「あ、連絡ありがと。」


 ニッコリな笑顔。


 今日のお昼に、『放課後ダリアに行きます!!』って連絡をした。

 さっきは…邑さんが校門で待ち伏せなんてしてて…ちょっとビックリしたけど。

 あたしと鈴亜はダリアに行って、あたしは…学校に忘れ物した!!って、抜けて来た。


 …鈴亜、帰らないでよね。

 あたし、一応カバンそこに置いてるんだからね。



「上手くいきますかね…」


「いかせるわよ。じゃ、行って来るわね。」


「宜しくお願いします!!」


 聖子さんがそう言ってビートランドのロビーを出て。

 あたしは…壁際に並んでる椅子…観葉植物で人目につかない場所を選んで座った。


 …ダリアでは…どんな事になるのかな…

 見たい気もするけど…

 学校に戻るって言っただけに、まだ帰るには早い。

 それに、天使も向かってないし…


 あたし、観葉植物の葉っぱを触りながら、さっきの邑さんを思い返した。

 …泣きそうな顔してたな…

 昔は族で目立ちまくってた人が…鈴亜にフラれて、あんなにしょんぼりしちゃうなんて…

 すごい人だって思ってたけど、恋しちゃうとみんな同じになっちゃうのかな…



「さあ、飲むぞー。」


「光史君、まだ明るいけど…」


「固い事言うなって、打ち上げだぜ?」


「ダリアはこんな時間からアルコール出ないよ。」


「あ、そっか。」


 はっ!!

 天使だ!!


 あたし、葉っぱで顔を隠すようにして、天使の姿を見守った。

 天使は今日も天使で…一緒にいる男の人は…これまた…あら?

 あれ…鈴亜のお兄さん?

 鈴亜が下敷きに入れてる家族写真で、いつも見る顔。

 天使とお兄さんが仲いいとか…これは強味なのか複雑なのか…


 あたし、少しずつ椅子を移動しながら、天使が外に出て行くのを見続けた。



「…もしかして、佐和ちゃん?」


 後ろから声を掛けられて、ハッとして振り向くと…


「鈴亜ちゃんの友達なんでしょ?」


「う…は…はいっ…」


 え…っ?

 なんで、あたしの事…


「色々ありがとう。」


 ふわっとした雰囲気の…赤毛の女の人…と…


「きっと上手くいくよ。」


 長髪に丸い眼鏡…すごく雰囲気のある男の人と…


「あいつら、こんなに周りに助けられて上手くいかなかったら容赦しねー。」


 日本人離れしたハンサムな男の人…


「え…えーと…あの…」


 あたしが戸惑ってると。


「あたし達、まこちゃんと同じバンドのメンバーなの。」


 女の人が、柔らかく笑って言った。


「え…じゃあ、聖子さんも?」


「そ。お節介の集まり。」


「あ…はは…いえ…素敵です…」



 今まで…本当、誰かのために何かを…なんてしなかったあたしが。

 今回、鈴亜のために、本当に頑張った。

 それで…聖子さんと知り合って…

 バンドの人達が、すごく天使を心配してる事も解ったし…

 何より…

 鈴亜も天使も、すごく大切にされてるって思った。


 …少し羨ましいなって思ったけど…

 そういうのって、きっと鈴亜と天使が周りにそうして来たからなんだよね。


 鈴亜は、ただ可愛いだけじゃなかったもん。

 あたしが遊び過ぎてると、ちゃんとノート取って『遊び過ぎよ』って注意もしてくれてたし…

 鈴亜のおこぼれをあやかろうとしてた事だって…鈴亜は知ってた。


 だけど鈴亜は…

 本当は、嫌だったんだと思う。

 鈴亜の『おこぼれ』じゃなくて。

 あたしを…高橋佐和子を…好きになってくれる人を選べ、って。



「そろそろ行く?」


 丸い眼鏡の男の人がそう言って、あたしはその三人と歩き始める。

 …ちょっと…ドキドキする。

 あたし、すごく普通なのに…

 今は、自分もキラキラして思える。



「まこの奴、泣くかな。」


「もう、陸ちゃん。」


「鈴亜ちゃんが泣く方に賭ける。」


「あっ、センきったねぇ。」


 三人の会話を聞きながらダリアにたどり着いて。

 打ち合わせ通りの奥のテーブルでは…天使と鈴亜が、何か話してて。

 その手前で、聖子さんと鈴亜のお兄さんが…振り向いて、親指を突き出した。


「…良かった。」


 赤毛の女の人がそう言って。


「ね。」


 あたしに笑いかけてくれた。


 天使が泣くか、鈴亜が泣くか、なんて賭けられてたけど…


「…良かった…鈴亜…」


 …あたしが…一番号泣だった。




 〇島沢真斗


「…みんな、ありがとう。」


 僕は、座ってるみんなを見渡して…そう言った。

 どう考えても、これって…みんなが仕組んでたんだよね?

 だって、そうじゃなきゃ…こんなにタイミング良く鈴亜がここにいないだろうし。

 僕も鈴亜も…お互い、言いたい事なんて言えなかったと思う。


 久しぶりに会う鈴亜は少しやつれてて…

 ああ…僕のせいだったんだ…って思うと、本当に…申し訳ない気持ちでいっぱいになった。



「いいから、まこちゃん座んなよ。」


 聖子にそう言われて…僕はもう一度みんなに深くお辞儀をしてから座った。


「佐和も…ありがと。」


 隣にいる鈴亜が、その隣に座ってる友達にそう言うと。


「ううん…本当…良かった…」


 友達の佐和ちゃんは、さっきからずっと泣きっ放し。

 …それ見てると、本当…僕も泣いちゃいそうだ。



「現実に引き戻して申し訳ないけど…まこ、おふくろはいいとしても、親父を口説くのは大変だぜ?」


 光史君が少し離れた席から、腕組みをして目を細めて言った。


 う…

 た…確かに…

 それ、大問題だよね…


「…そうだろうけど、僕なりに誠意を持って…頑張るよ。」


 背筋を伸ばしてそう言うと…


「…ふふ…」


 隣で、鈴亜が小さく笑った。


「あーあー、もうっ。幸せで笑いがこぼれちゃう?」


 鈴亜の向かいに居る聖子が、首をすくめて言うと。


「ううん…やっぱり…まこちゃんには『僕』の方が似合うなあ…って。」


「え?」


 みんながキョトンとした。


 あ…あ~…

 何でだろ。

 僕…鈴亜に別れようって言った時と…

 そして、さっきも…

 つい、『俺』って言っちゃったんだよね。


「鈴亜の前だと、ちょっとカッコつけたかったのかも…」


 正直にそう言いながら頭をポリポリとかくと。


「ちくしょー!!おまえマジで可愛い奴だな!!」


 陸ちゃんに背中を叩かれて。


「まこはいつまでもみんなのアイドル的存在で居てくれ。」


 セン君に、真顔で言われて。


「ほんと!!天使ですよね!!」


「…えっ?」


「あっ…す…すいません…」


 佐和ちゃんの発言に、みんなでポカンとした後…


「…鍵盤を前にすると悪魔になるけどな。」


 光史君がそう言って、笑いを我慢して…


「ぷははははは!!全く、酷い天使だぜ!!」


 陸ちゃんの言葉を皮切りに、みんなが笑った。


 …まあ、いいよ…

 みんなが笑ってくれるなら、何でもさ。



「佐和…まさか、まこちゃんの事…」


「いや、ないない!!でもマジ天使って思ったわ~…あたしの周りで見た事ないようなタイプだし。もう、鈴亜と並ぶとほんっとお似合い。」


 鈴亜の友達がそう言ってくれるのは…すごく褒め言葉に聞こえる気がした。

 僕にとっては、天使って言うのは…ノン君とかサクちゃんとか、セン君ちの詩生君とか…だから…

 …子供…

 ………いやいやいやいや!!

 でも、褒め言葉だよ!!


「ま、ともあれ…親父には早く打ち明けろよ。長期戦を見据えるなら、鈴亜の進学の話も進めないといけないわけだから。」


 妹を心配しての、光史君の言葉。


 …うん。

 そうだ。

 鈴亜は…僕のプロポーズを受けてくれたけど…

 だからって、今すぐ結婚出来るわけじゃない。


 朝霧さん…

 許してくれるかなあ…?

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