第6話 始まりは三十年前


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 ホテルはオレンジ色の瓦屋根と、白い漆喰で仕上げられていた。正面玄関前の広場には、屏風のような石積みのオブジェが置かれていた。建物のあちこちに琉球風の装飾がなされているのは、観光客の目を楽しませるためだろう。

 小野寺が泊まっているのは、那覇港に近い『リゾートホテル・ファルマン』だった。昨夜は時間が遅すぎたので、紗季と相談し、早朝に直接ホテルを訪ねることに決めた。熊本まで往復した僕達は疲れ切っていたし、夜のうちは堂島が見張っていると云ってくれたからだ。ホテルの周囲に、銀色のトヨタ・カムリが停まっていないか探したが、見つけることはできなかった。

 ホテルのロビーは広く、高い天井がなおさらに解放感を強めていた。中央には子供が泳げそうな巨大な水槽があり、凝った照明でライトボックスのように輝いていた。カーペットはおがくずを敷き詰めたみたいに柔らかく、古風な鳥や花の文様が描かれていた。

「どうしてこんなホテルに泊まっているんでしょう。自分のホテルへ帰るつもりなら、すぐ帰れる距離なのに。宿泊代金だって安くなさそうなのに」

 隣の紗季が呟いた。確かに泊まっている理由が解らなかった。仕事絡みなら従業員に行き先を隠す必要はないし、警察から逃れて潜伏するには、場所が中途半端だ。

 フロントカウンターにいる二人の従業員は、サニーイエローの制服を着ていた。僕達が近づいていくと、手前側にいた人のよさそうな青年が、「おはようございます」と微笑みかけた。

「宿泊している小野寺隆司さんを呼んでいただけませんか。彼の友人で魚住です」

「小野寺様ですね」

 彼は笑顔で確認してから、コンピューターのキーボードを叩いた。やがてデータを呼び出せたらしく、「お呼びしますので、あちらでお待ちください」とソファーを示した。僕が歩き出すと、少し離れていた紗季が「どう?」と訊いた。

「本当に泊まっている。偽名も使っていないし、まだチェックアウトもしていない」

 答えてソファーへ向かおうとした時、背後から「魚住様」と声がした。振り返ると、さっきの従業員が身体を乗り出すようにしていた。僕は踵を返し、そのままフロントへ引き返した。紗季も後についてきた。

「申しわけないのですが、小野寺様は外出していらっしゃいます。お連れの方ならば、いらっしゃるのですが」

「連れ?」

 ほとんど反射的に紗季が訊き返した。それから僕と紗季は、どちらからともなく顔を見合わせた。

「お連れの、女性の方ですが」

 決まり悪そうな笑顔を僕達へ均等に振りまきながら、従業員が答えた。僕はとりあえず彼に礼を述べ、フロントカウンターから離れた。

「連れの女性って誰でしょうか」

 紗季が訊いた。

「解らない。一緒に誰かが泊まっているなんて、想像もしなかった。それにまだ午前七時前だ。こんな時間から外出している小野寺もおかしいよね。その連れを呼んでもらって、話を聴いたほうがいいのかな」

 そんなことを話している時、右手奥にあったエレベーターの一つが開き、ひらひらしたワンピースの若い女性が降りてきた。紗季と話しながら、僕は彼女の動きを、視界の隅で何気なく捕らえていた。女性はおもむろにあたりを見回し、それからこちらへ向かって歩き出した。紗季も気配を感じたのか、肩越しに振り返った。中肉中背で、線の細さを感じさせる女性だった。ゆっくり歩を運ぶたびに、柔らかくウェーブのかかった栗色の髪が、踊るように肩のうえで揺れた。

「魚住さんかしら?」

 目の前まで来て、柔らかい声で歌うように訊いた。僕は無言で頷いてみせた。ふっくらした愛らしい顔立ちで、まったく化粧をしていなかったが、血管の蒼さが判るぐらいに肌が白かった。

「隆司さんのお友達でしょう?」

 女性が続けた。向けられた眼差しは、愛情に満ちていると云っていいほど優し気だが、どこかに不自然さが感じられた。間近で見ると、彼女は僕達より四・五歳は年上のようだった。しかし、その雰囲気は三十代の女性のものではなかった。普通の人が持っているリアリティのようなものが、すっかり欠落している感じがした。

 僕はとりあえず、自分と小野寺との関係を話そうとしたが、一言で説明できるような言葉が浮かんでこなかった。僕が沈黙していると、「失礼ですが、どちらさまですか?」と思い切ったように紗季が切り出した。

「あら、ごめんなさいね」

 女性はちょっと驚いたように、胸のあたりで掌をぱちんと合わせると、一人でくすくす笑い出した。 「アタシ、花城薫です。隆司さんのフィアンセです」


 フロントカウンターの左手に、広い喫茶室が設けられていた。フローリングの床に、数本のトックリヤシと、三十脚ほどの籐椅子が並べられていたが、客はほとんどいなかった。花城薫に誘われるまま、僕達はその喫茶室へ入った。

「この人、少しおかしいですよ。話しかたとか」

 椅子へ座る時、僕の肩に頬を寄せるようにして、紗季が囁いた。薫は遠くにいるウェイターにひらひら手を振ってみせ、「ねぇ、アップルティーを三つ、いただけますかしら」と告げた。それからまた僕達のほうへ向き直り、にっこり微笑んでみせた。来客のあったことが楽しくてたまらないといった風に見えた。

「隆司さんは夜には戻るとおっしゃっていました。色々と手続きがありますものね」

 妙な雰囲気に圧倒され、僕達が黙っていると、薫が嬉しそうに話し出した。 「でも、アタシは難しい手続きのこととか解らないんで、隆司さんが全部やってくださってるんです。アタシ、隆司さんに感謝しているんですよ。アタシは普通の人と違って頭が悪いでしょう? だから迷惑をかけてしまうのに、それでもいいっておっしゃるんですから。だって、アタシは後見人の方がいないと何もできないんですものね。だから隆司さんには、すごく感謝してるんです。お母さんもそうおっしゃってらしたし」

 自分の言葉を一つ一つ確認しているかのように、薫はゆっくり話した。それでも話すことには熱中しているらしく、ウェイターがアップルティーを運んでくるまで、言葉が途切れることはなかった。ウェイターがカップをテーブルに並べ始めると、薫は「まあ、ありがとう」と云って、例のうっとりとした笑顔を向けた。

 僕は混乱してしまっていた。小野寺隆司は、この儚げな女性と、ここで何をしているのだろうか。それに、「頭が悪い」とか「後見人がいないと何もできない」という彼女の言葉は、軽度の知的障害を抱えていることを意味しているのだろうか。確かに不思議な無防備さからは、そういった雰囲気も感じ取れるが、それを演じているだけのように見えなくもなかった。

 ウェイターが行ってしまうと、薫はまた話し始めた。

「ですから魚住さんが、お別れを云いに来てくれたのも、すごく嬉しいんです。隆司さんはあんなに素晴らしい人なんですから、お友達の魚住さんが寂しく思われるのも、当然ですものね。それにアタシ、こうして隆司さんのお友達と、お喋りをするのが夢でしたから、今日はすごく楽しいわ。ですけれどアタシ達、もうすぐ出発しなければいけないんです」

「出発、ですか? どこへ行くんですか」

 薫の言葉を遮って、僕は訊いた。

「さあ。アタシには、よく解りません。けれど、魚住さんから頼んでみたらどうかしら。魚住さんが頼めば、隆司さんは特別に、新しく一緒に暮らすところを教えてくださるんじゃないかしら。そうすれば魚住さんは、これからも隆司さんにお会いできるんじゃないかしら。隆司さんは夜に戻ってくるとおっしゃっていたから、今夜もう一度、魚住さんに来ていただくことはできないかしら」

 僕が「できると思います」と答えると、薫はまた胸のあたりで、ぱちんと掌を合わせてみせた。そして喜びに表情を輝かせた。

「まあ、それはよかったわ。隆司さんも夜には戻るとおっしゃっていたから、きっとお会いできます。そう、魚住さんの奥様にも来ていただきたいわ。アタシ達、お友達になれるかも知れませんでしょう?」

 薫が紗季のほうへ視線を向けた。突然に『奥様』にされた紗季は、ぎこちない笑みを浮かべて、「あ、はい」と恐縮しているみたいに頭を下げた。

「ぜひ、夜に来ていただきたいわ。だって明日には、出発してしまうかも知れませんでしょう。新しく一緒に暮らすところは、すごく素敵なところだから、アタシも隆司さんも、できるだけ早く出発したいんです」

 薫はそう云ってから、かなり冷めてしまったであろうティーカップに、初めて唇を押しあてた。




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 一時間ばかり後、僕達は国道沿いのレストランにいた。赤とピンクと白で統一された店内は、どうにも安っぽい雰囲気だった。それに加えて悪くなった牛乳みたいな臭いが漂っていた。

 テーブルには赤いクロスが敷かれ、そのうえに妙にべたべたする透明のビニールシートが被せられていた。クロスとビニールシートの間には、油性ペンで書かれたメニューの紙がはさんであった。メニューは天ぷらセットとかステーキとか、朝食に不向きなものばかりだった。二十四時間営業の店だが、客はほとんど入っていなかった。大学生風の青年が四人、窓際のテーブルに着いていたが、彼等も朝食に来たわけではなく、昨夜からずっと話し込んでいる様子だった。

 異様にボリュームのあるカレーライスを半分ほど食べてから、僕達は言葉を交わさずにいた。このところ充分な睡眠をとっていないので、少しでも緊張が解けると疲労感が蘇ってきてしまう。甘すぎるアイスコーヒーを少し飲んでから、ようやく紗季が口を開いた。

「どう思いますか? あの薫さんのこと」

 赤いビニール張りの椅子に身体を預けたまま、紗季が疲れた声で訊いた。しかし花城薫に関しては、確信を持てることがほとんどなかった。まず、あの言動が演技なのかどうか判断できない。一目でそれと判るような人ならともかく、ごく軽い知的障碍者と接した経験がなかったせいもある。ただ彼女は、明日にも逃亡する予定であることまで喋っていた。そうなると、演技ではないと考えるほうが自然な気もした。

「じゃあ、もし演技だったとしたら、どんな可能性があるんでしょう? 彼女は小野寺さんが捕まることを望んでいて、私達にわざと情報を流しているとか?」

 身体を起こすと、片手にアイスコーヒーのグラスを持ち、もう片方で頬杖をついて紗季が訊いた。

「それも考えられるね。でなければ、少なくとも今夜まではホテルにいると思わせておいて、昼に逃げちゃうとかさ。でも、普通は、あんな演技をしようなんて考えつかないと思う。もし僕達を騙すために、アドリブで演技を始めたんだとすれば、かなり頭がいいし大胆な人だよ。それに彼女はなんていうのかな、すごく善良な人だって感じがした」

 僕の言葉に、紗季は頷いてみせた。

 花城薫に重要な情報を与えてもらえたのは確かだが、聞き出せていないこともあった。たとえば小野寺の逃亡先だ。沖縄からは出るつもりなのだろうが、国外逃亡まで考えているのだろうか。それにもし、花城薫が禁治産者みたいな立場にあるなら、逃亡生活は難しいものになるはずだ。小野寺は彼女の両親にどんな説明をして、逃亡に付き合わせるつもりなのだろう。もっとも、こういった問題は聞き出せなかったというより、薫自身が知らされていない可能性もあった。

「ちょっと、電話をしますね」

 壁の時計へ目をやった紗季が立ち上がった。僕も時計を確認してみた。八時四十五分。ベリルエが開店する十五分前だった。おそらく乃菜美へ電話をして、桃花の様子を尋ねるつもりだろう。

 その時、不安が浮かんできた。今夜ホテルへ戻った小野寺は、薫から僕達が訪ねてきたことを聞く。あるいはもっと早い時期に、電話などで聞く可能性もある。そうなったら彼は、予定を変更し、慌てて出発するのではないだろうか。

 レジの脇で電話をしている紗季を見た。表情までははっきりしないが、真剣に話し込んでいるようだった。僕は灰皿で煙草を揉み消し、グラスに残っていた甘いアイスコーヒーを飲みほした。もしファルマンホテルへ戻るのなら、早いほうがいい。紗季が受話器をフックに戻し、こちらへ歩いてくるのが見えた。彼女は戻ってくるなり、「ベルリエに行きましょう」と云った。

「ベルリエに? 待ってよ。考えてみたんだけど、ファルマンホテルへ戻ったほうがいいと思うんだ。僕達が来たことを小野寺さんが知ったら、すぐ出発してしまうかも知れないじゃないか」

 一瞬、紗季は渋い表情になった。しかし次の瞬間には、思い直したように、向かい側の椅子へ座った。そして身体をこちらへ乗り出し、小声で話し始めた。

「ほんの数分前、ベルリエに、比嘉さんからのファックスが来たんです。枚数が多くて、當間さんも読んでいる途中らしいんですが」

「比嘉さんから?」

 紗季は無言で頷いた。やはりルミは東京にいるのだろう。少なくともこれで、気がかりだった問題の一つは解消されたことになる。

「ファックスの内容ですけれど、小野寺さんは高校時代、女性教師と恋愛関係にあったそうです。そして、その女性教師が死んでいるんです」

 ふと小野寺の表情が浮かんだ。軽い違和感を覚えて、すぐには言葉が出てこなかった。僕が黙っていると、紗季はまた言葉を続けた。 「つまり、その女性教師と、堂島杏子さん。小野寺さんが恋愛感情を持っていた女性二人が、続けて死んでいるわけです。そして今度は、比嘉さんが殺されかけた。比嘉さんは小野寺さんの恋人だという噂を流されていた。それも小野寺さん本人が流した噂ですよ」

 紗季の口調は落ち着いていた。何を強調しなければならないかを、冷静に理解している話しかただった。彼女の云いたいことは理解できた。確かにその通りなら、すべて辻褄が合う。

「そうだね。やっと解ったよ。小野寺さんは比嘉さんをオトリに使ったんだ。犯人の注意を比嘉さんへ向けておくために……。それは花城薫を守ることが目的だったんだろう。だったら彼は犯人じゃない。犯人は他にいて、小野寺さんの恋人を次々に殺しているんだ」




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【魚住さま。ものすごく心配をかけてしまったことと思います。奥さんを捜すのを手伝うどころか、逆に私のことで振り回してしまって、ホントにごめんなさい。私は元気なので安心してください。逃げる時にガラスで足裏を切ってしまったけれど、ホントにそれだけ。その傷も、もう治りつつあります。茉莉から伝言は聞きました。私が東京にいるのが解っていたみたいですね。冴えた判断でした。でも、このことはまだ秘密にしておいてください。

 本題へ移りましょう。昨日、川崎へ行ってきました。小野寺さんの家はなかなか見つからなくて、近くを歩いている人に何度か訊いてみました。するとホントに運がいいことに、そのうちの一人が彼の高校時代の同級生だったんです。その女性は、小野寺さんと仲のよかった高木という人が、駅前の電器店にいることを教えてくれました。高木さんは、高校二年と三年の時に、小野寺さんと同じクラスでした。高木さんは電器店を経営しているのですが、その日はあまりお客さんが来なかったおかげで、落ち着いて話を聴くことができました。ただ、どうして私が小野寺さんのことを調べているのかを訝しんでいたので、沖縄で起こったことを全部説明しなくてはなりませんでした。でも結果的には、それでよかったみたい。高木さんは親身になってくれて、細かいことまで教えてくれましたから。

 確かに小野寺さんは、この町でトラブルを起こしていました。高校の女性教師と恋愛関係になって、最後にはその女性教師が自殺してしまったのです。当時はすごいスキャンダルだったそうです。遺書は出てきたけれど、彼女の死体は見つかりませんでした。そのせいで、さらに色々な憶測とか、無責任な噂とかが乱れ飛ぶことになったみたい。小野寺さんは苦しい立場に立たされていたそうです。高校時代の小野寺さんは、一風変わった絵とか音楽とかを好んでいて、誰に対しても距離を置く付きあいかたで、喜怒哀楽を表面に出さなかったそうです。周囲に対して壁を作ってしまっている感じ。それは小野寺さんが、幼いころに母親と別れたせいじゃないかと、高木さんは話していました。

 これは私も知らなかったことでした。小野寺さんが小学四年生の時、ご両親が離婚しているんです。小野寺さんは父親の再婚相手に馴染めなくて、中学に入ると近所にアパートを借りてもらい、そこで一人暮らしをしていたのです。高木さんは高校時代、何度かアパートを訪ねています。いつも机にお母さんの写真が飾ってあって、痛々しい感じがしたそうです。しかも小野寺さんは、両親が離婚してから、一度もお母さんに会っていないらしい。話を聴いていて私も、なんだか痛々しい感じがしました。小野寺さんが、その女性教師と親しくなったのは、高校二年の春くらいでした。いつも他人に距離を置いている小野寺さんが、ホントに意外な感じがするほど、その教師とは楽しそうにお喋りをしていたそうです。放課後の教室などで、ずっと二人きりで話し込んでいることもあったとか。その教師は増田整子という名前で、美術の先生で、年齢は三十代半ばくらいで、すでに結婚していたそうです。「あの二人は怪しい」みたいようなことを噂する生徒もいました。「そのほとんどは単に騒ぎ立てたいだけで、本心から疑ってはいなかったと思う」 高木さんはそう話していました。増田先生は結婚しているし、年齢がひと回り以上離れているし、普通に考えればありえない話だったわけです。でも高木さんは、ちょっと不安も感じていました。まず、増田先生は彼のお母さんに雰囲気がとてもよく似ていた。それから、増田先生の年齢が、彼が別れた当時のお母さんと同じくらいだった。小野寺さんが同級生の誰かを好きだという話も聞いたことがなかった。そんなこともあって、高木さんは心配していたのです。何よりも、増田先生が顧問を務める美術部に入ってから、小野寺さんには彼女のことしか見えていない感じがしたそうです。それでも高木さんは、二人が相思相愛になるとは想像もしませんでした。ただ何かの拍子に、小野寺さんが傷つくんじゃないかと、それを心配していたんです。

 最初に二人の関係に気づいたのは、増田先生の御主人でした。増田先生と小野寺さんが肉体関係を持っている現場をおさえたのです。ゴタゴタの末に、増田先生は離婚を決意しましたが、御主人が応じませんでした。理由は解りません。ただ当時の小野寺さんは、こう説明していたそうです。「高校を卒業すれば、教師と生徒という障害はなくなる。残る障害は彼女が結婚していることだけだ。だから御主人は、離婚なんかしたら二人を喜ばせるだけだと解っている。離婚しないのは愛情からではなく、復讐のためなんだ」と。実際、増田先生の御主人は、学校や小野寺さんの家はもちろん、色々な場所で二人の関係を云い触らして回ったみたいです。それで二人は、特に増田先生は、ありとあらゆるところから責任を追求されました。間もなく増田先生が手紙を残して失踪し、それから一週間ぐらい後、伊豆のホテルから連絡がきました。宿泊していた増田整子さんが、荷物を残したまま帰ってこないと。海岸で彼女の靴が見つかりました。手がかりはそれきりで、やがて捜索は打ち切られました。そして生徒達の間で、怪し気な噂が飛び交い始めました。増田先生の御主人が監禁しているとか、別れ話を持ち出されて小野寺さんが殺したとか……。そういった噂も、当時の小野寺さんをずいぶん苦しめたようです。間もなく小野寺さんは、父親と学校との話し合いの末に、親戚のいる九州へ転校することが決まりました。自宅謹慎から、そのまま熊本かどこかへ転校したので、高木さん達は別れの挨拶も交わしていないそうです。

 これが昨日、私が聴いてきた話のすべてです。私にとってはショッキングでしたが、問題は魚住さんの知りたいことが、これで解ったのかどうかですよね。別れ際、高木さんが「小野寺さんちの地図」を書いてくれました。すでに場所は確認してあります。それから増田先生の実家も、たまたま高木さんが知っていました。仕事で換気扇の交換へ行ったことがあるそうです。虫本さんという変わった苗字のお宅です。つまり、増田先生の旧姓は虫本なんです。この二軒の家を訪ねれば、もっとくわしい事情が判ると思います。その必要がある場合は、また連絡をください。魚住さんの奥さんの失踪にも、小野寺さんが関わっているのですか? とにかく一日も早く、無事で奥さんが見つかることを祈っています。 3月13日 比嘉ルミ】


 紗季はファルマンホテルに近い路上へ車を停めた。僕達は車のなかでファックスを読んだ。読み終えてからしばらくのあいだ、考え込んでしまった。僕が沖縄に来たのは、桃花が失踪したからだ。しかし桃花の失踪には、過去の事件が複雑に絡んでいる。もし増田整子先生が殺されてしまったのなら、そして増田整子と堂島杏子を殺し、比嘉ルミを殺そうとしたのが同一人物なら、トラブルは三十年くらい前から続いているのだ。

「小野寺さんは、犯人ではないと思います。だけど彼は、犯人が誰かを知っていて、その犯人から逃げようとしているんじゃないですか」

 僕よりもやや遅れて、最後の一枚を読み終えた紗季が云った。

「そうだね。きっと」

 煙草に火をつけてから、僕は答えた。 「増田先生が殺されて、堂島杏子さんが殺されたのなら、第三の恋人である花城薫も殺される可能性が高い。だから噂を流して、比嘉さんをオトリに使った。でも小野寺さんは犯人を庇っている。だから警察に通報しない。あの朝、比嘉さんの家へ向かう途中で、彼は遠回りをした。それだって犯人に逃げる時間を与えるためだったのかも知れない。とにかく犯人は、小野寺さんの恋人を次々に殺そうとしている。だとすれば考えられるのは、小野寺さんに幸せな恋愛や結婚をさせたくない人物だよね」

「増田先生のご主人? でも彼が犯人だとしたら、小野寺さんに彼を庇う理由がありませんよね」

「うん」

 僕は頷いて視線を落とした。蒼白い煙が、煙草の先から揺らめきながら立ち上っていた。しばらくのあいだ、それを眺めてから、僕はまた言葉を続けた。 「もし、僕達の知っている人間が犯人だとしたら、それはおそらく」

「小野寺さんのお姉さん?」

 やや表情を強ばらせて、紗季が答えた。

「僕もそうだと思う。肉親なら小野寺さんが庇う理由も解るし、従業員へ行き先を告げないで隠れている理由も解る。それに犯人は三十年近く前から、小野寺さんの傍にいる人物なんだ」

 紗季から手渡された最後の一枚を、僕は他のファックスと一緒に折りたたみ、封筒へ戻した。それから煙草をくわえたまま、瞼を閉じた。やっと全体像が見えてきたが、色々な意味でタイムリミットが近い。小野寺は明日にでも逃走するだろう。犯人だって花城薫を殺すために動き始めているのかも知れない。小野寺へ足止めをかけ、犯人を牽制する方法を考えたが、思いついたのはかなり乱暴なやりかただった。しかし、考えれば考えるほど、その方法がベストであるように思われてきた。

「これから花城薫を拉致してしまおう。彼女さえ押さえておけば、小野寺さんに対しても、犯人に対しても、こっちの立場が強くなる。彼等にとって一番重要なのは花城薫なんだ。片方は守るため、片方は殺すためだけれどね。とにかく花城薫を拉致して、安全な場所に隠してしまおう。それからどうするかは、後で考えればいい」

 紗季はしばらく黙っていたが、やがて低く唸った。

「あの人を騙して連れ出すのは、そんなに難しくないと思うけど……。でも私達、もうほとんど犯罪者ですよね」

 諦観したような、けれど、どこか冗談めかした調子で紗季が云った。

「万が一、捕まった場合には、僕に脅されて仕方なくやったことにしてほしい」

 そう答えると、紗季は微苦笑してみせた。それから彼女は路地を左へ左へと曲がり、ファルマンホテルの駐車場に入った。僕はブルゾンの内ポケットから、ウォレットを取り出してみた。『沖縄県警 赤嶺敏夫』と書かれた白い名刺が入っていることを確認して、またウォレットをポケットへ戻した。

「そうだ。ベルリエの乃菜美さんから伝言があるんです」

 車を停めてから、紗季が思い出したように云った。 「これからの桃花さんのことを相談したいんだそうです。桃花さんは今、比嘉さんの代わりに店を手伝ってくれているし、邪魔だとかは全然ないらしいんですけど……。でも、義明が東京へ帰ったこととか、堂島さんが会いたがっていることとか、ずっと隠しておくわけにはいかないじゃないですか。だから連絡してほしいって」

 紗季は片手で携帯電話を取り出し、僕へ手渡した。




         30


 さほど広くない国道が、ほぼ海岸線に沿って作られていた。僕はタクシーのリアシートから、進行方向を注意深く見詰めていた。やがて、歩道へ半分乗り上げるようにして停まっている、ライトグレーの軽自動車が見えてきた。

「ちょっと、スピードを落としてください」

 運転手へ声をかけ、ナンバープレートを確認した。ナンバーは電話で聞いていたものだった。料金を支払い、タクシーから降りた僕は、軽自動車へまっすぐに歩いていった。車内を覗き込んでみたが、誰も乗っていなかった。道路の向こう側には、ススキや雑草の茂った空き地があり、そのさらに向こうにコンクリートの防波堤が見えた。當間乃菜美の軽自動車が停まっている傍には、人が歩けるくらいの幅で、地面が剝き出しになった道ができていた。あたりからは草と土の匂いがした。チチチッという鳴き声が、しきりに聞こえていたが、鳥の姿を見つけることはできなかった。時折背後から車の排気音が響いてくるだけで、あたりは静かだ。

 桃花に会うのは気が重かった。乃菜美は『室内で話すよりもいいと思ったから』と云って、海岸へ桃花を連れ出してくれていたが、そんなことが結果に影響するとは思えなかった。義明が帰ってしまった以上、誰かが色々な事情を、桃花へ伝えなければならない。しかし乃菜美のいうように、僕が適任だとは到底思えなかった。ボードビリアンに何かを納得させるという点において、自分がほとんど無能力であることを自覚していたからだ。

 防波堤に立つと急に視界が開けた。広大な砂浜の向こうで、海は凪いでおり、波頭はほとんど見えなかった。右の海岸線は抱え込む腕のような形で続き、左はほぼまっすぐに伸びて、遠くへ行くほど霞んでいた。百メートルほど離れた砂浜のうえに、人影が二つあった。桃花は波打ち際へしゃがみこみ、乃菜美は立って海を見ているようだった。僕は防波堤から、まばらに草の生えた斜面へ飛び降りた。砂は柔らかく、歩くと足を取られた。

 乃菜美はほどなく、僕の姿に気づいたらしかった。さり気なく桃花との間に距離を取り始めた。桃花はこちらへ背中を向けたまま、しゃがみこんでいた。貝殻か何かを探しているのかも知れない。彼女は生成りのワンピースを着て、そのうえにサーモンピンクのカーディガンを重ねていた。十メートルほどの距離に近づくまで、桃花は僕に気づかないでいた。

「なに!?」

 気配を感じてか、こちらを見上げた桃花は、最初にそう呟いた。怯えた少女のような目をしていた。それから助けを求めるみたいに、乃菜美の姿を捜したが、彼女はすでに離れた場所にいた。やがて桃花は諦めたように俯き、次にのろのろと僕へ視線を戻した。丸みを帯びていた桃花の輪郭は、ここ数日間の心労のせいなのか、すっかり頬が削げてしまっていた。もともと血色のよくない肌は、いっそう蒼白く、ざらざらに荒れて見えた。半ば砂に埋もれている彼女の左手へ、僕は何気なく目をやった。見慣れないリングが薬指で光を弾いていた。

「なぜ、ここにいるの?」

 今度ははっきりした声で、桃花が訊いた。彼女の顔には、当惑があるだけで、それ以外の感情は浮かんでいなかった。

「数日前に義明さんから電話が来たんだ。紗季さんからも電話が来た。君が失踪して、原因も行き先も見当がつかないから、捜すのを手伝ってほしいと頼まれた」

「そう」

 疲れているかのように、桃花は弱々しい声で呟いた。

「色々と君に話さなければいけないんだ。いい話もあるし、悪い話もある」

 桃花が注意深く観察するような視線を向けた。 「単刀直入に云うよ。もう君も覚悟はしていると思うけど、義明さんは東京へ帰った。結婚は破談になると思う」

 桃花は表情を変えなかった。ただ、睫毛がぴくぴく震えていた。僕はかまわずに言葉を続けた。

「それから、比嘉さんを襲ったのは堂島さんじゃない。だから君が、身代わりで自首する必要なんてなかったんだ。比嘉さんを襲ったのは、君のお母さんを殺した犯人と、おそらく同一人物だ。だからこの件に関して、君は安心していい」

 話している途中で、桃花は視線を落とした。そして僕が言葉を終えてからも、砂のうえを見詰めていた。やがて彼女は低い声で訊いた。

「じゃあ小野寺が、小野寺が自分で、比嘉ルミを殺そうとしたの?」

 僕は首を振ってみせた。

「それも違う。比嘉さんを殺そうとしたのは、おそらく小野寺さんじゃない。それに比嘉さんは、彼の本当の恋人じゃないんだ。このトラブルは、事情が入り組んでいるんだよ。小野寺さんが小学生の時、彼の両親が離婚した。彼はその時以来、母親に会っていないらしい。そして、その時からずっと、小野寺さんは母親の面影を追い求めているんだと思う」

 桃花は微かに頷くみたいに、顎を動かした。幼いころに母親を失ったという点では、彼女も小野寺と変わらないのだと僕は考えた。 「始まりは小野寺さんが高校の時だった。女性教師と恋愛関係になったんだ。その教師は、小野寺さんが別れた当時の母親と同年齢……、三十代半ばだったらしい。次が君のお母さんだ。君のお母さんも、小野寺さんと知り合った時に三十代半ばだったはずだ。そして現在の恋人も、おそらく三十代半ばの女性だ。

 別れた母親は、小野寺さんのなかで神格化されているんじゃないかな。彼はそういう女性を求め続けているんだろう。君のお母さんはとても純粋な人だったって、堂島さんが云っていた。そして、ある意味では今の恋人も、現実離れした純粋な人物だ。女性教師もそういうタイプだったのかも知れない。問題は、女性教師が不自然な死にかたをしたことだ。そして君のお母さんも殺された。小野寺さんは、これが偶然じゃないと知っている。だから彼は、今の恋人を殺人犯から守るために、比嘉さんが自分の恋人であるかのような噂を流したんだ」

 話しながら僕は、凪いだ海へ目を向けた。打ち上げられた海藻が、帯のように続いている波打ち際に、一羽のセキレイがいた。セキレイは跳ねながら、何かを啄ばんでいたが、やがて海上の小さな岩へ飛び移った。

「それは全部、本当のことなの?」

 しばらくの後、桃花が云った。声には微かな疑念の響きがあった。

「憶測に過ぎない部分もある。でも何にしろ、堂島さんが犯行に関わっている可能性はとても低い。堂島さんは君と連絡が取れなくなって、ひどく心配しているよ」

 桃花は何も答えなかった。一気に話してしまうつもりで、僕は言葉を続けた。

「それから、もう会うこともないだろうし、謝っておきたいことがあるんだ」

 桃花が蒼白い顔を向けた。表情からは、いくぶん険しさが消えていた。 「君と知り合ったばかりのころ、僕は独りぼっちにまいっていたんだと思う。だから、自分のことを何でも肯定してくれる君と知り合って、舞い上がってしまったんだ。僕はずいぶん増長していたんだろうな……。君は大抵、僕の意見に同意してくれていた。けれど櫻子伯母さんに関することだけはそうじゃなかった。そのせいで僕は、櫻子伯母さんを、必要以上に憎悪していた部分もあったと思う。

 でも、悪いんだけれど、僕が伯母さんへ向けていた非難は、それほど的外れじゃないって今でも信じてる。問題は僕が、なぜ君が同意しないのかは考えないで、同意しないという事実にだけ腹を立てていたことなんだ。何もかもそうだった気がする。君を理解しようとすれば、避けられていた諍いだってあったはずだ。僕はあまりにも思い遣りに欠けていた。今さら謝られても、君はどうしようもないかも知れないけれどね」

 やはり、桃花は表情を変えなかった。しばらくの沈黙の後で僕は空を仰いだ。内心でほっとしていた。伝えるべきことを、すべて伝えることができたからだ。

「じゃあ、元気で」

 もう一度、桃花へ視線を戻し、そう告げた。

「待ってよ!」

 唐突に桃花が鋭く声を上げた。 「私はこれからどうすればいいの!?」

 まるで狼狽えているみたいに、桃花が砂のうえから、よろけ気味に立ち上がった。ワンピースの裾からこぼれた砂が舞い、陽射しできらきら輝いた。

「どうすれば……って?」

 戸惑ってしまった。予想もしない台詞だったからだ。それでも、考え考えしながら言葉を続けた。 「どんな風にでも、好きにすればいいじゃないか。堂島さんは殺人犯でも何でもないし、君自身も罪を犯しているわけじゃないだろう」

 桃花は口元へ微かな笑みを浮かべた。それはどこか角のある笑いだった。次に駄々をこねる子供みたいな仕草で、持っていた小さなポーチを砂の上へ投げつけた。

「みんな、そうなのよ。そんなことを云って、みんなが私を見捨てていくのよ!」

 不意に大きな声で、罵るように叫んだ。目には涙が滲んでいた。濡れた黒い瞳が、不自然なくらいぎらぎら光って見えた。僕は言葉が出なかった。ただ呆然と桃花を見詰めた。突然に感情を爆発させた理由が、まったく理解できなかった。当惑しながらも、冷静に考えを巡らせた。解るのは、彼女の依存心が、再び僕へ向かっていることぐらいだった。でなければ、「あなたもまた私を見捨てていくのね?」と云うような台詞を、口にはしないだろう。

 しばらく考えるうちに、僕は自分の失敗を理解した。桃花はおそらく、僕が二人の関係をやり直すため、ここへ来たと誤解してしまったのだ。重苦しい気持ちになった。たった五分ほどの会話で、これだけの誤解が生じてしまう。

 もし僕がやり直したいと願っているなら、「戻ってきて欲しい」とストレートに訴えるだろう。けれどボードビリアンは、そんなことは絶対にしない。自分を切り捨てた相手に復縁を求めるのは『プライドのない行為』だからだ。彼等はそんな場合、もっと遠回しにやるはずだ。まさに今の僕がやったようなこと……、わざわざ沖縄まで桃花を捜しに来て、過去の行いを詫びたりすることが、遠回しの求愛になるのだろう。

 絶望的な気持ちで、自分の足元を見詰めた。白い砂には、綺麗な小石や貝殻が混じっていた。短い小枝のような珊瑚の破片もたくさん目についた。桃花は沈黙していた。ただ涙の奥から、自分の言葉が与えた影響を知ろうとするかのように、まじまじとこちらを見ていた。僕はもう、何もかもがどうでもいいような気持ちになってきた。

「じゃあ、僕の意見を云うよ。君はまず、その依存心の強さをなんとかするべきだ。取り入るみたいにして、相手に保護を求めても、望む関係は永遠に得られない。小学生のころの君は、伯母さんに媚びて、保護を求めるしかなかったんだろう。それは同情に値することだ。伯母さんは、保護者としては最低の人物だったと思うしね。でも今の君は違うんだ。今の君は、自立しようとすれば自立できるじゃないか」

 云いながら、自分の言葉が届かないことは覚悟していた。ボードビリアンは経済的自立というものは理解できても、精神的自立というものはまったく理解できない。もともとそんなものには興味がないのだ。桃花の口元から、甘えたような感じが消えた。目つきが鋭くなり、頬の線が強ばるのが判った。

「私には、あなたのそういうところが、本当に信じられないわ」

 少しの間を置いて、彼女は冷たく吐き捨てた。瞳に憎悪の光が甦っていた。 「さっきまでビクビク私の顔色を窺って、『伯母さんを貶して悪かった』みたいなことを云ってたくせに、私がちょっと気持ちを許したら途端に掌を返すんだから。あなたが謝るから、私も話すつもりになったのよ。そうしたら今度は、自分の立場が強くなったと勘違いして、前と同じことをやるわけじゃない? 反省しているみたいなことを云ったって、口先だけなのは明らかじゃない」

 僕は溜め息をついた。(このまま帰ってしまったほうがいいだろうか?)とも思った。一呼吸おいた後で、できるだけ穏やかな声で話しかけた。

「悪いんだけどさ、君は意味を取り違えているよ。それに立場が強いとか弱いとか、そんなことを僕はほとんど意識していないんだ。自分がそうだからって、誰も彼もがそんなことばかり考えているって、断定するのはやめてくれないかな。君は伯母さんに引き取られた時、伯母さんの立場が強いから、媚びへつらって暮らしてきたんだろう。そしてその処世術を、僕や他の人にも応用してきたんだ。そんな君の態度が、一番の問題だって云ってるだけなんだけどな」

 答えると、桃花ははっきり見て取れるほどに身体を硬くした。それから肩をそびやかし、ぎこちない口調で反論してきた。

「そこまで云うのなら、こっちも云わせてもらうけど、あなたの態度のほうがよっぽど問題があるんじゃない? 伯母さんは、私にとっては親も同然なのよ。まともな人間は相手の親を貶したりしないものなの。そのぐらいの常識もないくせに、偉そうに他人を批判してるんじゃないわよ。大体あなたの親はそんなに立派なの? 兵庫の田舎町のクリーニング屋じゃない。笑わせるんじゃないわよ!」

 桃花の口元へ、勝ち誇ったような笑みが表れた。僕は本当に嫌気がさしてきた。

「どうして君は、いつでもそんな風なんだろう。何か問題を指摘されると、たちまち感情的になって、その倍くらい相手を攻撃しないと気が済まないよね」

「あなたのほうが、よっぽど感情的だわよ!」

 彼女は荒々しい声で、即座に云い返した。

「僕のどこが感情的? そうやって何でもかんでも、鸚鵡返しに反論してくるから、感情的だって云うんだよ。君達のやりかたは、僕には理解できないし、見ていて嫌悪しか感じないよ」

「あなたは頭がおかしいのよ。だから普通の人間の気持ちなんて、理解できないのよ」

 桃花は苦々しく、そしてどこか痴呆的に笑った。

「僕がおかしいって云うのなら、それはそれでかまわない。じゃあ君の正常な頭で、考えてみてくれないかな? たとえば誰かが『あなたは依存心が強い』って僕に云ったとしよう。夢にも思っていなかったことでも、指摘されれば気になるさ。自覚できていない欠点くらい、誰にだってあるだろうからね。ところが君はそうじゃないんだ。誰かが『依存心が強いね』って指摘すると、何かを考えるより先に、感情的になって目茶苦茶なことを云い返すんだ。『おまえのほうがよっぽど依存心が強い。田舎のクリーニング屋の息子のくせに!』とかね。僕からすれば、そういう言動こそ、頭がおかしい人間のものにしか見えないけれど」

 僕が最後まで話し終える前に、桃花はふふんと鼻の頭に皺を寄せてみせた。血の気のない唇がめくれて、小さな白い歯がきらめいた。

「何を得意気に、くどくど喋ってるのよ。それで私を責めているつもりなの? 何を云いたいのか全然解らないわよ。頭が悪いんじゃないの?」

 僕はできるだけトーンを上げないようにして言葉を返した。

「もう一度、同じことを云うよ。君は感情的だ。僕は責めるつもりで話しているんじゃない。争う気もないし、云い負かそうともしていない。君が一方的に、相手を云い負かすつもりで話しているんだ。僕はただ、君に考えてほしいだけなんだ。もし、櫻子伯母さんが本当に素晴らしい人ならば、それはそれで構わない。でも、そうじゃないのなら、それを認識するべきだ」

「伯母さんは素晴らしい人よ。あんたなんか、足元にも及ばないわよ!」

 桃花は即座に云い返してきた。

「じゃあ、一つ訊いてもいいかな。君の云っているように、伯母さんが慈悲心に富んだ人格者なら、君はなぜ離婚したことを隠し続けているんだろう? 離婚したなんて云ったら、有村家の恥だと罵られて、蔑まれるのが解っているからじゃないのか?」

 一瞬、桃花は表情を強ばらせた。口元から、強ばったにやにや笑いが消えた。しかし次の瞬間には、「違うわよ!」と鋭く言葉を返してきた。

「何が、どう違うの?」

「離婚したなんて云ったら、伯母さんは心配するわ。心配させたくなかったから、だから、黙っていただけよ!」

 僕は呆れて溜め息をついた。

「本当に心配させたくないのなら、僕にも口裏を合わせるように云っておかないと駄目じゃないかな? 伯母さんから電話が来たら、僕は何も知らないから、離婚したことを話すと思うよ。それって、自分で話すよりも悪い結果にならないかな」

「伯母さんは、電話をよこしたりしないわよ!」

 怒鳴るような調子で、桃花は続けて反論した。確かに僕達が結婚していた時、櫻子が電話をかけてきたことは一度もなかった。櫻子は自ら電話をかけるよりも、相手から電話をもらうほうが、自分の立場に相応しいと考えているらしかった。僕には理解できない発想だが。

「絶対に電話が来ないなんて断言できるの? 伯母さんに急用ができることだって、充分ありえる話じゃないか。ねえ、どうしてそんな風に、思いつくまま闇雲に反論してくるのかな。少し考えれば、自分の主張には無理があるって、解りそうなことまで平気で口にしている。そのぐらいのことが解らないほど、君の頭が悪いとは思えないんだけれどね」

 桃花は黙り込んだ。敵意に満ちた眼差しのまま唇を噛んでいた。けれどしばらくの後、少し声の調子を変えて「なるほどね」と呟き、肩をすくめてみせた。

「じゃあ、あなたは、他人に欠点を指摘されても、絶対に云い返さないのね?」

 桃花は話題を替えてきた。何か反論できるうちは、筋の通らないことでも平気で云い返してくる。そして反論できなくなると、今度は話題を変えてしまう。相手に指摘された問題を、真剣に吟味しようという考えなど、微塵も持ち合わせていないのだ。

「何年も一緒にいたんだから、思い返せば解るんじゃないかな。相手が真剣に何かを云ってきた時、僕が感情的に反論したことが一度でもあったかな?」

 桃花は一瞬沈黙した。でもそれは、やはりほんの一瞬だった。

「そんなの判らないわよ。云い返したいけれど、何も反論できないだけかもしれないじゃない。それを自分に都合よく解釈してるだけかもしれないじゃない。私にはあなたが、ただのナルシストだとしか思えないわ。欠点を指摘されても謙虚に認めるなんて、あなたは格好をつけて、自惚れて、本当はできもしない綺麗ごとを云っているだけじゃない」

「僕は自分が可愛いから、欠点はなるべく自覚して、直したいって思っているだけだよ。欠点があって損をするのは自分自身じゃないか。それのどこが綺麗ごとなんだろう? 単純に損得勘定で考えても、当然だと思うけれどね。いいかい? 人は完璧じゃないんだ。不完全な生きものなんだ。誰だって間違いを犯すし、欠点もたくさんある。そんな当然のことが、いつまで経っても受け入れられないのは、どうしてなんだろう?」

 桃花は大袈裟に顔をしかめてみせた。目が不幸せそうだった。彼女もまた、噛み合わない会話に嫌気がさしているのだ。おそらく、こんなことを云い合っても何の意味もない。それは去年までの生活で、繰り返し確認してきたはずだった。こうした状況下での彼女の思考能力は、理解することではなく、ひたすら相手を否定することにのみ使われている。そうなったら、どんなに簡単な事柄でも、桃花に理解させることは不可能だ。

「もうやめよう」

 僕はそう告げた。 「こんな話を始めたのは、僕が悪かったのかも知れない。君に何を話しても伝わらないことは、最初から解っていたんだ」

「それは、私がバカだって云ってるの?」

 憎悪に満ちた眼差しで、桃花は僕を睨みつけた。

「そんな風にしか理解できないのなら、そう思っていればいいよ。君達にとって、頭がいいとか悪いとかいうことが、とんでもなく重要だってことはよく知ってる。でも僕は、そんなの本人の手柄でも何でもないし、重要じゃないと思っているんだ。生れつき恵まれているっていうのは、すごく幸福なことだし、羨ましいとは思うけれどね」

 桃花はあからさまに軽蔑を含んだ笑みを浮かべた。

「いつもそうよ。自分の手に入らないものは、価値がないって云い出すのよ。自分を認めない人間のことは、ボードビリアンだとかいって、バカみたいな優越感を持ってるのよ」

「優越感ね」

 僕は苦笑した。ボードビリアンと接している時に、優越感を持つことができたなら、どれほど楽だろうか。優越感というのは、少なくとも不快な感情ではないだろう。しかし僕が抱いているのは、嫌悪と失望だけだ。それも何日間も暗い気分にさせられるような、堪えがたい種類のものだ。

「さよなら」

 桃花の瞳を見て云った。そのまま踵を返し、砂浜のうえを歩き出した。

「そうやって逃げるのは、私の云ったことを認めるってことよね? 自分が間違っているって認めなさいよ! 頭がおかしいんだって!」

 桃花は背後から、ヒステリックに喚き散らした。だがその声も、やがて耳に届かなくなった。僕は意識的に、足元だけを見詰めて進んだ。柔らかい砂のうえに、自分の軽い足音だけが響いた。防波堤まで来た時に、一度だけ海岸を振り返った。純白の砂とエメラルドグリーンの海、そして濃いブルーに染まった空は、現実の景色とは思えないほど美しかった。




         31


 タクシーのリアシートへ、ぐったり身体を預けたまま、救いようのない気分に陥っていた。最初から乃菜美に任せるか、必要なことを告げたらすぐ立ち去るべきだったのだ。桃花と……、ボードビリアンと突っ込んだ話をすれば、ああいう結末になると解っていながら、余計なことを云い出した僕が愚かなのだろう。

 高校の時だった。とある教師が「誰もが劣等感をバネに頑張っている」と云った。聞いていた僕は心底ウンザリさせられた。すべての人間に短所があるのは間違いないだろう。だが、すべての人間が劣等感を持っているわけではない。優越感や劣等感なんてものは、自分と他人との比較をやめれば霧消する。必要なのはちょっとした思考の切り替えだけだ。

 けれどボードビリアンは、そんなことさえ理解しようとしない。「劣等感を持たない人間」は「無呼吸で生存できる人間」と同じくらい、非現実的な生き物であるらしい。すべてが常にそうした壁に阻まれている。ボードビリアンにとって、僕の人格が非現実的である以上、彼等と理解し合うことなど不可能だ。彼等の認識では、人間というものは、一人残らずボードビリアンなのだ。

 だから、僕の言葉は彼等に通じない。こちらが何を云っても、彼等は負けまいとして、悪口雑言を思いつくまま吐きかけてくるだけだ。最終的に僕は沈黙し、孤独へ逃げるしか手立てがなくなる。

 もっとも桃花と話したおかげで、唐突に思い出せたこともあった。最初に紗季と会った時、僕は彼女と面識があるような気がした。それは大学時代の友人と、紗季の雰囲気が似ているせいだと気づいた。その友人は七尾菜摘という名前で、大学で桃花と同じサークルに所属しており、桃花をひどく嫌っていた。僕が知る限りで、あれほど桃花を嫌っている人間はいなかった。僕と桃花が親密になり始めたころ、彼女はわざわざ僕を呼び出し、「有村桃花は裏オモテがあるから、注意したほうがいいよ」と忠告したほどだ。

 今にして考えれば、七尾の言葉に従っておくべきだったのだろう。あの時、七尾が話してくれたのは、サークルのある女子に対し、桃花の態度が辛辣だという話だ。それはヤベちゃんと呼ばれている娘で、僕も見かけたことは何度かあった。ずんぐりした体型で、お世辞にも華やかとはいえない女子だった。ヤベちゃんはしばしば見当違いのことをやって、そのうえ真面目で融通が利かないものだから、ことある毎にからかわれていた。イジメの対象とまではいかないが、彼女をネタにして笑いを取ろうとする奴が何人もいたらしい。

「けれど、ヤベちゃんは悪い娘じゃないのよ。なのに有村の態度は異常だわ」

 確かに他のメンバーも、ヤベちゃんに手厳しい冗談を云ったりする。だが桃花は度を超していて、相手の身体的欠点をあからさまに口にし、嘲笑したりもするらしかった。七尾はいわば正義感に駆られ、桃花へ制裁を加えるような気持ちで、僕を呼び出した様子だった。

「有村がひどいことを云っても、一緒になって笑う連中がいるから、ひどいのは有村一人だけじゃないって感じになるの。私が怒っても『まあまあ冗談だから』って止める奴がいるから、有耶無耶になっちゃうし。でも、そういうやりかたって、すごく汚いと思わない? もっとも魚住君の眼には、有村がまったく逆のタイプに見えているんだろうけれど」

 確かに普段の桃花は、対人恐怖症気味と表現してもいいくらい、周囲へ気を遣っていた。隣人の顔色には病的なほど敏感で、誰かの態度が少し冷たかったりすると、自分が嫌われたんじゃないかと気に病むタチだった。そんな風に弱腰だから、桃花はほとんどの場合、理不尽な仕打ちに泣き寝入りをする結果となった。僕との離婚間際、アルバイト先で先輩からひどいことをされた時もそうだったし、櫻子との従属関係などはその典型的な例だろう。

『魚住君の眼には、桃花が逆のタイプに見えている』と七尾が云ったのは、多分そういうことを指していたのだと思う。それでも僕は、七尾の言葉のほとんどを信用した。いや、むしろ普段の桃花を知っているからこそ、桃花のひどい仕打ちというのが本当らしく思われた。すべての隣人にかしづき、盲従することなどできるわけがない。普段が奴隷的な人間ほど、どこかで欝憤を晴らさなければ、バランスが取れないに決まっている。最も安易な選択は、世間から軽視されている相手を虐げることだろう。あるいは、自分の立場が強いと感じて、なめてかかっている相手だ。そのような相手に対し、彼等が……、つまりボードビリアンが、驚くほど残虐な言動に出るのを僕は何度となく目にしていた。

 七尾は桃花に憤慨していたが、憤慨してもどうなるものでもなかった。仮にヤベちゃんの件に関して、僕が桃花を諭したところで、それも一時的な効果しかなかっただろう。なぜなら桃花の友人知人のほぼ全員が、桃花を「協調性があって、おとなしくて、デリケートな人物」と認識していたからだ。それはボードビリアンである桃花にとって、疑う余地のない『事実』だった。桃花自身が「私は神経が細やかで、他人にすごく気を遣うタチだ」と信じ込める状況にある以上、自分の残虐性を省みる必要などまったくないのだ。

 それでも僕が桃花と付き合ったのは、自信があったからだ。桃花のそういった残虐さは、一種の埋め合わせだった。ならば彼女が、周囲からの理不尽な扱いにきちんと抗議し、自分の当然の権利を主張できるようになれば、七尾が指摘した問題は霧消するはずだった。そんな風に桃花が変わることは、一朝一夕にはいかないかも知れないが、時間をかけさえすれば不可能ではないと思われた。

 しかし、あれからもう八年もの時が経っている。結局僕達は何一つ解り合うことができなかったし、桃花は何一つ変わらないままだった。八年を経た現在、僕が桃花に感じているのは嫌悪感でしかない。それは桃花のほうでもまったく同じだろう。

 何気なく窓の外へ目をやると、正面に大きなビルが並んでいるのが見えた。タクシーはようやく那覇の中心街へ入ったようだった。気持ちを切り替えるため、自分の両頬を軽く掌で打った。ホテルの自室へ戻ったら、紗季へ連絡を入れなければならない。花城薫の相手役を、任せ切りにしてあるのだ。

「今はそちらのほうが、ずっと重要な問題だ」

 小さく声に出して呟いてみた。桃花と気まずく別れたことは、この先の展開に影響を及ぼさない。小野寺と彼の姉のことを考えてみようとした。小野寺の姉が犯人なのかどうかも、まだ確信が持てないままだった。ルミのファックスを入れた封筒を取り出し、読み返してみることにした。気持ちを切り替えることが目的だったが、読み進めていくうちに、引っかかる部分を見つけた。

 小野寺が小学四年生の時、両親が離婚した。その後、父親は再婚したのだろう。小野寺は継母に馴染めなくて、中学へ入ると一人暮らしを始めたと書いてある。数日前、小野寺の姉から聞いた話からすれば、ここは姉弟二人で暮らすほうが自然に感じられた。小野寺の姉はこう云っていた。『両親が離婚した時、私は二十歳を越えていました。母親の代わりとして、隆司を支えてやれるのは私だけでした』

 それにルミのファックスには、姉の行動について何一つ触れられていない。

 僕は記憶を整理してみることにした。両親が離婚したのは、小野寺が小学四年生の時だ。コオロギの情報通りに、小野寺の姉が十六・七歳上だとすれば、当時の彼女は二十六・七歳だった計算になる。それから二年後……、小野寺が中学に入学するころには、三十歳も目前だ。弟を支えることを第一に考えていたなら、社会人として自立しているほうが自然だろう。どうして彼女は、弟と一緒に暮らさなかったのか? 考えているうちに、僕は明らかな矛盾点に気がついた。

(両親が離婚した当時、小野寺隆司は小学校の四年生で、姉が二十六・七歳。そして母親が三十代の半ば?)

 これでは母親と姉の年齢が近過ぎる。母親は十歳くらいで、姉を出産した計算になってしまう。軽い混乱を覚えながら、記憶を整理しようとした。とにかく、何かが間違っているのだろう。あるいは小野寺と姉は、異母兄弟なのか? 考えがまとまらないうちに、タクシーがビジネスホテルに到着した。とりあえずコオロギを捕まえて話を確認しようと思った。彼が見返りに情報を要求してくるなら、それをすべて教えてもやってもかまわない。

 フロントカウンターには誰もいなかった。「すみません」と声をかけたが、反応がなかった。奥側には人の気配があったし、微かに話し声も聞こえていた。どうやら電話で何らかの受け答えをしているようだ。しばらく待っていたが、電話は長引いているらしかった。

 僕は煙草を取り出して火をつけた。そうして灰皿を探そうとした時に、壁にかかった絵に目が止まった。濡れたアスファルトの上で、仔犬がこちらを振り返っている油絵、小野寺の姉が描いたという油絵だ。左隅にS・Mとサインが入っている。

 どこかに違和感を覚えた。瞬間、首筋を冷たいもので撫でられたような感じがした。小野寺のイニシャルはOだ。姉のファーストネームが何であれ、イニシャルはS・Mにならない。僕は煙草をくわえたまま、しばらく油絵を見詰めていた。それから気持ちを落ち着けようとして、大きく息をついた。

(小野寺が高校二年生の時、姉はいくつだったんだ?)

 気が動転しているせいで、簡単な計算にも時間がかかった。しかし間違いなく、姉の年齢は三十代の半ば近くに、当時の増田整子先生と同年齢になるはずだった。美術を担当していた女性教師……。裏庭で話した時、姉の指先についていた朱い絵の具……。そういった気憶の断片が、脳裏を掠めた。

 もう一度、壁の油絵に視線を向けた。自殺した女性教師の死体が見つからないのも当然だろう。彼女はちゃんと生きていて、ずっと小野寺と暮らしていたのだ。このサインは、セイコ・マスダのイニシャルだ。

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