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Fame side-Yutaka- 1

 ――Age 18――



 高校を卒業して、俺は県内で唯一ある美容専門学校に進学した。

 美容師の育成だけでなく、メイクやネイルなどのコースも併設されていて、生徒はそこそこ多い。

 年齢層が幅広くて、俺と同じクラスには、二人の子供を育てている四十代のオジサンもいる。

 しかしそうして色んな人がいる中で、クラスは和気藹々としていて仲がいい。

 同じ目標、夢を持っている人達が集まっているからだろうか。

 切磋琢磨していくなかで、自分の向上心も上がっていくような気がする。



 大学に進学したクラスメイトから、式部は国立大学へ進学したと聞いた。

 成績が良かったし、学級委員もしていたし、納得のいく進学先だ。

 今頃どんな風にして過ごしているだろうか。

 話に聞くような、ゼミやサークル仲間と飲み会に明け暮れているだろうか。



 ――いや、式部に限ってそれはないか。



 誰よりも真面目で、真っ直ぐで、静かだけど、そこにいるだけで空気が和らぐ。

 彼女を嫌うようなクラスメイトはいなかった。

 

 いつも、式部を思い出すときは四つ葉のクローバーを思い出す。

 俺の手元にある一枚。彼女のレシピにある一枚。

 そして、卒業アルバムの余白にメッセージとして残したもの。

 卒業して、二ヶ月。

 未だに彼女から連絡はなかった。

 俺が弱気にならずにちゃんと告白していれば、今頃――。



 そんな妄想を、ずっと断ち切れないでいた。







 俺はお客さんに見立てた、クラスメイトの髪を洗っていた。

 頭皮をしっかりお湯で濯ぎ、汚れを落とす。


「お湯は熱くないですかー」

「はーい」


 シャンプーを手に乗せて、頭皮全体で泡が立つようにして洗う。

 爪を立てないように、指の腹で揉むようにしながら、髪の一本、一本を絡まないように梳いていく。


「かゆいところはないですかー」

「はーい」


 それからシャンプーを流して、コンディショナーを髪に馴染ませて、頭のマッサージを施す。

 力を入れすぎないようにマッサージすることはなかなか難しい。

 しかも、施す相手によっては指圧が強めなのが好きな人もいれば、苦手な人もいる。

 お客さんの様子を窺いながら、コミュニケーションを取りながら、となかなか気を揉む職業ではある。

 髪を洗い終えると、今度はドライヤーでブローの練習。

 髪の長い女性は乾かすだけでも結構時間が掛かる。

 ちなみに今回のパートナーの八城は腰まであって、クラスの中でも長いほうだ。

 同じクラスになったことはないものの、同じ高校の卒業生の八城は、俺にとって一番気安い女子だ。


「やっぱ九重上手いよね。指先が繊細な感じ!」

「それってどんな感じだよ」

「そんな感じなんだよー。んあー、ドライヤー気持ちいいー」


 八城は猫のように、頭を俺の手に擦りつけてきた。


「なに、かゆい?」

「そんなんじゃないよ。……なんかさ、九重の指が好きなんだよね」

「そう」


 長い髪の一房、一房を指で掬うようにして、温風を当てていく。

 八城は気持ち良さそうに目を瞑っていた。

 ふと、高校時代、図書室で式部の髪に触れようとしたことを思い出して、心苦しくなった。

 いつまでも、あの光景が目の前にある気がする。

 触れたくても、触れられないまま。


「ねえ、九重ってたまにそういう表情するよね。失恋でもした?」

「は? してねーし」

「ふーん。もしかして、初恋もまだだったりして?」

「そんな純情じゃねーよ」


 それから髪を乾かしている間、八城はずっと恋愛の話を繰り返して、俺は適当に流しながら髪を乾かした。


「はい、終了。お疲れ様でしたー」

「えー。まだ聞きたいことあるのにな」

「はいはい。また今度な」

「約束よ?」


 返事の代わりに適当に笑っておく。他のペアもシャンプーの練習を終えていく。

 八城がシャンプーの感想をシートに書いて提出すると、次は俺がシャンプーしてもらう番だった。


「じゃあ、九重どうぞ」

「はいはい」


 シャンプー台の椅子へ腰を下ろすと、ゆっくりと背もたれを倒された。

 顔にタオルを掛けると、お湯を後頭部全体に掛けていく。


「お湯加減どうですか?」


 八城の真面目な声は、どこか色気を感じさせる。

 目を隠して横になっているせいもあるのかもしれない。


「大丈夫でーす」


 俺が緩く返事をすると、八城は小さく笑った。


「次はシャンプーさせて頂きますね。かゆいところはないですか?」

「左の後ろのほう」

「ここですか?」

「そうそう」


 八城の指先が揉み込むようにして、頭皮の汚れを落としていく。

 八城は爪を伸ばせないと散々ぶーたれていたけれど、ちゃんと整えている辺りに美容師になろうという強い意志を感じる。


「それでは流していきます。熱かったらお声かけてくださいね」

「はーい」

 


 授業が終わると、教室に戻ろうとしていた俺を八城が呼び止めた。


「ねえ、九重。今日みんなでカラオケ行かない?」

「カラオケ?」

「そう、岸本くんとか安田ちゃんとか来るよ」


 岸本くんは一歳上の兄貴分で、安田ちゃんは八城と仲が良いちょっとギャルっぽい子だ。

 よく考えると、カラオケは高校卒業以来行っていない。

 岸本くんとは初めてになるし、カラオケは少し楽しみだ。


「あー。いいよ、行く」

「じゃあ、放課後ね」

「おー」


 次の授業は座学で、ヘアカラー剤についてだったような気がする。

 基本的に授業は技術を学ぶことが中心となっているけれど、薬剤を扱うこともあるため、知識を得る必要がある。

 特にアレルギーや皮膚に疾患を持つ人は少なからずいる。

 そんなお客さんに、合わない薬剤を使って傷つけてしまうことは避けなければならない。

 

 最近暖かくなってきたせいか、座学は眠気との戦いになってきた。

 俺は席に着くと、両腕を上に伸ばして背を伸ばした。



 ――ちゃんと真面目に受けなきゃな。



 久しぶりのカラオケが楽しみではあるけれど、ちゃんと切り替えようと教材に目を通した。

 夢を叶えられるかは、ここでどれだけ努力できたかだ。

 卒業して、美容師になったら、式部に報告しよう。

 そして、今度はちゃんと言おう。

 君が好きだ、と。



 

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