第4話 お弁当と後輩ちゃん

 

 二回目の高校一年生になって二日目。


 俺はお弁当を持って食堂に来ていた。親友と待ち合わせをしているのだ。



「おーい! はやてー! こっちだこっちー!」



 俺の親友である鈴木田裕也すずきだゆうやが大声を上げて手を振っている。


 彼は周囲の生徒、特に女子の視線を集めているイケメンだ。スポーツ万能、成績優秀、文武両道のお金持ちの息子だ。ちょっと残念なところもあるけど。


 俺は唐揚げ定食を食べている裕也の前に座った。女子からの視線が突き刺さる。



「おーっす! 二日目はどうだ?」


「男子から嫌われたよ」



 俺は昨日後輩ちゃんと仲良くしていたことで男子から反感を買った。嫉妬と殺意の視線で見てくる。


 そんなに嫉妬するなら後輩ちゃんと喋ればいいのに。


 裕也がニヤニヤしている。ニヤニヤしているのにイケメンなのがムカつく。



「理由はお前の嫁か?」


「嫁って誰だ!? 俺に嫁も彼女もいない!」


「山田葉月ちゃんだよ。二年生でも有名になってるぞ。誰かが突撃するのは時間の問題だな」



 俺と裕也は幼稚園からの付き合いだ。当然、中学校で一緒だった後輩ちゃんとは面識がある。



「で? いつ告るんだ?」


「ノーコメント」


「ほぼ同棲してるって聞いたぞ」


「なんで知って………………楓か」


「そのとおり!」



 情報源は俺の妹の楓。俺の親友の裕也と俺の妹の楓は付き合っている。二人はとてもラブラブだ。それに裕也だったら楓を任せられる。


 だけど、恋愛相談を俺にしないで欲しい。妹とその彼氏のイチャイチャなんて聞きたくない。ファーストキスをしたときなんか、俺に抱きついてきたからな。男に抱きつかれても嬉しくない。気持ち悪いだけだ。



「んで? いつ告るんだ? 楓ちゃんと賭けをしてるんだけど」


「賭け!?」


「颯が勇気を出して告白するか、葉月ちゃんがお前のヘタレに我慢できなくて襲うか、のどっちかだな。俺はお前が告白するに賭けたぞ」



 人のことで賭け事をしないで欲しい。


 というか、後輩ちゃんが『告白する』じゃなくて、『襲う』になっているのはなぜだろうか?


 ………………気になったけど深く追及はしない。



「っと、噂をすれば本人のご登場だ」



 俺が振り返るとお弁当を持った後輩ちゃんが一人で食堂に来ていた。キョロキョロと誰かを探している。


 食堂が騒がしくなり、周りから熱心なお誘いがあるが後輩ちゃんは丁寧に断っている。


 俺と視線が合った。


 後輩ちゃんが輝く笑みを浮かべて俺たちのほうへ歩いてくる。



「先輩! お隣いいですか?」


「座ってから言うな!」



 後輩ちゃんは俺の許可を取る前に座って、もうお弁当を開けている。


 このお弁当は俺が作ったものだ。



「よう義姉ねえさん! 久しぶり」


「お久しぶりです、裕也先輩」



 少し冷たい声で後輩ちゃんが言った。後輩ちゃんは基本的に俺以外の男子には冷たい。


 後輩ちゃんの男嫌いは今はどうでもいい。何やら裕也の口から聞き捨てならない言葉が聞こえた気がした。



「おい裕也。今、後輩ちゃんのことを何て言った?」


「んっ? 義理の姉、義姉さんだけど?」


「なんで後輩ちゃんが義姉さんになる!?」


「だって、将来そうなるだろ? お前は俺の義兄さんで、葉月ちゃんは義姉さん。別におかしいところはない!」


「はあ……こいつは馬鹿だった」



 俺は呆れる。楓にフラれることは微塵も考えていないな。まぁ、別れたら別れたで俺は裕也を殺すけど。



「馬鹿はお前だろ? 好きな人と同じクラスになりたいから留年したくせに」


「えぇっ!? 先輩そうなんですか!? そんなに私と同じクラスになりたかったんですか!?」



 後輩ちゃんが頬を赤く染めながらも、楽しそうにニヤニヤと笑っている。



「………おい。俺の好きな人が後輩ちゃんなんて一言も言ってないぞ」


「おっと、失礼しました。それでその話は本当ですか?」


「違うからな! ただ出席日数ギリギリまでズル休みしたら最後の最後で風邪を引いただけだ。偶然だ偶然!」


「ふぅ~ん?」


「絶対照れ隠しだよな」



 疑い深い後輩ちゃんと話を聞かない親友。どっちも面倒くさい。


 俺は二人を無視して黙々と弁当を食べる。


 そう言えば、家族に留年することを言ったら裕也のような顔をしていたな。もしかして、俺が好きな人と一緒のクラスになりたいから留年したと思っているのか? 俺の家族だったら思うな。


 訂正しても意味がないから放っておこう。



「しっかし、葉月ちゃんモテるよなぁ。男子がすごい視線で睨みつけてくるぞ」



 学食にいる男子は全員こっちを見ているのではないだろうか。殺意が迸っている。


 特に後輩ちゃんの隣に座る俺は今にも殺されそうだ。



「面倒です」



 後輩ちゃんは全く気にせずお弁当を食べている。



「まぁ、気持ちはわかるなぁ。葉月ちゃんメチャクチャ美人だし」


「裕也が後輩ちゃんを口説いてたっと。楓に送っとくな」



 俺はスマホを取り出し素早くタイプして妹に送信する。



「おいっ! 颯!」


「裕也先輩に口説かれましたっと。楓ちゃんに送りました」



 流石後輩ちゃん。後輩ちゃんも送信したようだ。



「送った!? 過去形!? えっ! マジですか!? マジで送ったの!?」



 ピロリン! 軽やかな音がして俺のスマホに妹から連絡が来た。


 ほうほう。裕也君、頑張ってくれたまえ。



「楓から”有罪”だとさ」


「私のほうには”死刑”だそうです」



 裕也が顔を真っ青にする。青を通り越して青白い。


 俺と後輩ちゃんが顔を見合わせて同時に裕也に言った。



「「ガンバ!」」


「ガンバじゃねー! あっ! 俺のスマホ、教室だ! 楓ちゃん誤解だからー!」



 いつの間にか食べ終わっていた裕也が食器をそのままで食堂から走り去っていく。


 ものすごく慌てている。教室に戻って電話をかけるのだろう。頑張れ。


 まぁ、俺たちが裕也を揶揄っているのは楓もわかっているだろうから大丈夫だろう。


 楓は時々裕也を慌てさせて愛でているらしいし。俺にはその気持ちは全く分からないが。


 俺は後輩ちゃんと二人きりになってしまった。少し気まずい。



「先輩、お弁当美味しいですよ」


「そりゃどうも。冷食だけどな」


「先輩が作ってくれたから、より美味しく感じられるんです。間接キス効果と同じですよ!」


「………誰が聞いているのかわからないから、迂闊は発言は止めて頂きたい」



 俺は後輩ちゃんから目を逸らす。冷食の唐揚げが美味しい。


 後輩ちゃんが小さい声で囁いてくる。



「あ~んしてあげましょうか?」



 だから! 顔を赤くして恥ずかしがるくらいなら言わないでくれ!


 家でならいいけど、ここは沢山の人に見られているから! ほら、男子の視線が強くなった!



「止めてくれ。俺が殺される」


「私は告白されずに済むんですけど。今日の放課後に誰かが話があるそうです。もう面倒くさいです。先輩が代わりに行ってください」


「断る! 告白するにはメチャクチャ勇気がいるんだぞ。同じ男子としてそれは許されない!」


「わかってますよ、そんなこと。冗談です。私もそこまで馬鹿じゃありません」


「そうか」



 後輩ちゃんは中学の時も沢山告白されていた。高校でもきっと沢山告白されるだろう。


 後輩ちゃんが断ることはわかっているが、俺は心の中がもやもやする。今すぐ告白したほうがいいのか?


 そんなことを考えていると、後輩ちゃんが真剣な瞳で俺を見つめていた。



「先輩……好きな人には本当に本当に言いたいときに好きって言ったほうがいいですよ。他の人に告白されるのが嫌だから告白しても、先輩の好きな人はちょっと微妙な気持ちになると思います。ヤキモチを焼いてくれるのは嬉しいですけど、ヤキモチで告白されたくありません。好きで好きで堪らなくなった時に、好きな人に告白してください。焦らなくて大丈夫です。先輩の好きな人はずっと待っててくれますよ」



 後輩ちゃんが優しく微笑んでくれる。


 まったく、後輩ちゃんは素敵な女性だ。これほど素敵な女性はこの世にいないだろう。アドバイス通り、好きで好きで堪らなくなった時に告白しよう。



「後輩ちゃんありがと。後輩ちゃんの言う通りだな。俺たちには俺たちのペースがあるからな」


「俺たち、ですか?」



 後輩ちゃんがわかっているのにわざわざ聞いてくる。



「おっと失礼。俺だな。俺には俺のペースがある。好きな人に告白するのはゆっくりでいいか」


「あっでも、あんまり遅いと先輩の好きな人は我慢ができなくなって、先輩のことを襲っちゃうかもしれませんよ。気を付けてくださいね」



 後輩ちゃんが可愛らしくウィンクしてくる。


 なぜ、告白じゃなくて襲うなのだろうか? 俺の好きな人は肉食系なのだろうか?


 本人は、するよりもされるほうが好み、と言っていたのに。



「いつ襲われてもいいように避妊具を用意しておこうかな……」


「ひっ、避妊具!?」



 後輩ちゃんの顔が真っ赤になって下を向く。


 これで少し時間が稼げるだろう。後輩ちゃんは意外と初心だし。


 初心なくせに、俺を煽ってくるんだよなぁ。



「後輩ちゃん後輩ちゃん! アドバイスのお礼。俺が作った卵焼き」



 俺は弁当から卵焼きを箸で掴むと、後輩ちゃんのお弁当に置く。


 恥ずかしそうな後輩ちゃんの顔が輝く。



「ありがとうございます! 実は先輩の卵焼きをずっと狙ってたんです!」



 後輩ちゃんの笑顔を見て、次から俺が作った料理を少し多めにお弁当に入れてあげようと思った。


 後日、後輩ちゃんのお弁当は俺の料理が多くなった。でも、何故か俺のお弁当からも奪い取るのを止めない。


 結局、俺のお弁当に俺が作った料理を多めに入れて、それを後輩ちゃんが奪い取るのが日課になった。そして俺は後輩ちゃんのお弁当の冷食を奪った。


 後輩ちゃんのお弁当から奪う冷食は、なぜかとても美味しく感じられた。

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