第2話 新学期と後輩ちゃん

 

 新学期。

 新しい高校生活が始まる。

 教室は新しいクラスメイト達で賑やかだ。ワイワイと少し緊張した、でも楽しげな声で溢れかえっている。


「先輩! とうとう高校生ですよ!」


「そうだな」


「これから楽しみですね!」


「そうだな」


「わからないところがあったら教えてください!」


「後輩ちゃん、成績優秀だろ?」


「いいじゃないですか! 先輩も頭がいいんですから! ね? いいでしょ先輩?」


「わかったよ。何でも聞いてくれ」


「わーい!」


 後輩ちゃんはとても嬉しそうだ。そして、なぜか俺だけに話しかけてくる。


「私の高校の制服はどうですか?」


 俺は隣に座る・・・・後輩ちゃんの制服姿を眺める。

 中学校の制服に見慣れていたから、真新しい高校の制服は新鮮だ。少し大人っぽくて、後輩ちゃんの可愛らしさと綺麗さがより際立っている。


「なんか、少し大人っぽいな。似合ってるぞ」


「そ、そうですか。あ、ありがとうございます」


 照れている後輩ちゃんも可愛い。

 クラス中の生徒たちが後輩ちゃんに視線をよせている。他クラスからも覗きに来ているようだ。後輩ちゃんは中学校の時と同じように人気者だ。


「先輩?」


「なんだ?」


「入学式が終わってからずっと聞きたいことがあったんですけど、質問いいですか?」


「どうぞ」


「コホン、では。どうして私より一つ上の先輩が同じクラスにいるんですかぁ!?」


 咳払いして隣の席の後輩ちゃんが大声を上げた。クラス中の注目を集める。

 しかし、後輩ちゃんは全く気にしていない。俺だけを見ている。今にも掴みかかってきそうだ。

 俺は後輩ちゃんから視線を逸らしてボソッと呟いた。


「………………留年した」


「はぁ?」


 後輩ちゃんが物凄く低い声を出した。全く理解できないという表情だ。


「だから留年しました」


「どうしてですか! 先輩頭いいですよね!?」


「出席日数が不足しました」


「なぜですか!?」


「出席日数ギリギリまでズル休みしていたら、最後の最後に風邪をひいて出席日数が足りなくなりました。ここは出席日数には厳しくて、留年するか、退学するか、転校するか、の三択だったので留年を選びました」


 後輩ちゃんが俺の説明を聞いて頭を抱えている。そして、真顔で言い放つ。


「あなたはバカですか? あなたはバカなんですか!?」


「なんで二回言った!?」


「あなたはバカですよね!?」


「三回目!?」


 隣に座る後輩ちゃんがため息をついた。俺を憐みのこもった瞳で見つめてくる。


「私、何も聞いていないのですが……」


「後輩ちゃんを驚かせようと関係者に口止めしました」


「まぁ、誇れることもありませんし口止めはするでしょうけど、ご家族から何も言われなかったんですか?」


「謝りに行ったら、なぜか両親も妹も温かい目で俺を見つめるだけで何も言わなかったぞ」


「なぜですか?」


「なぜだろう?」


 俺たちは首をかしげる。全く心当たりがない。ただ俺の家族がバカなだけだろうか。多分、あんな馬鹿な手紙を送ってきたから馬鹿なだけだろう。

 状況を理解した後輩ちゃんが顔を赤らめて俺をチラチラと見つめてくる。


「まぁ、先輩が同じクラスというのもいいですね」


「妹がこの高校じゃなくて良かったよ。同じ高校だったら絶対に揶揄われたな」


「安心してください! 私が楓ちゃんのぶんまで揶揄ってあげます!」


「ですよね~! 後輩ちゃんはそういうの好きだよね」


「はい! 大好きです!」


 あらゆる人が見惚れる輝く笑顔で後輩ちゃんが言い切った。

 視界に入った何人かの男子生徒が胸を押さえてノックアウトされているのが見えた。

 俺もドキッとしてしまったのは内緒である。


「ほどほどにしてくれよ」


「無理です!」


「即答!? はぁ、わかったから、今日からよろしくな。何かあったら遠慮なく相談してくれ。恋愛相談でも学校生活の悩みでも何でもいいぞ」


「よろしくお願いします。早速ですが、相談いいですか?」


 後輩ちゃんが恥ずかしげに、でも真剣そうに俺を見つめてくる。


「私には好きな人がいます。でも、相手はヘタレです。どうすればいいと思いますか?」


 マジな恋愛相談ですか。冗談で言ったのに。この美少女に想われているなんて、その相手は幸せ者だなぁ。


「……後輩ちゃんから告白するとか?」


「私はするよりもされるのが好みです」


「胃袋を掴むとか?」


「私、自慢ですが家事能力皆無です! それに私の胃袋はせん……好きな人に掴まれてます!」


 おいおい。家事能力皆無なんて自慢することじゃないだろ。なぜ得意げに胸を張っているんですかね。何かドヤ顔してるし。そのドヤ顔もムカつくくらい可愛い。


「そうかぁ。じゃあ、しばらく待ってみたらどうだ? 高校生になったからそろそろ相手も告白を考えているんじゃないか?」


「そうですか? そうですね。告白してくれるのを待ってます。相談ありがとうございます、ヘタレ先輩!」


 後輩ちゃんが小さくウィンクした。俺はクラスの男子から嫉妬と殺意の視線でブスブス刺される。うぅ、胃が痛い。俺、殺されるかもなぁ。

 後輩ちゃんが周りの視線を無視して俺を見つめてくる。はいはい。期待に応えられるよう頑張りますよ。


「先輩には好きな人いないんですか?」


「俺か? 普通に居るぞ?」


「どんな人ですか!? 教えてください!」


 おいコラ知ってるだろうが。だから自爆戦術止めろよ。顔を赤くして挙動不審になるな。


「甘えん坊のかまってちゃん、だな。二人きりになると物凄く甘えてきて可愛いぞ」


「そ、そうなんですか……へぇー。そ、その人のことはどのくらい大好きですか?」


「そうだなぁ………来世でも好きになりたいくらい好きだな」


「くはっ!」


 なぜか後輩ちゃんが机に突っ伏した。見える素肌が全て赤くなっている。俺に恋愛相談して、聞き返してくるからそうなるんだ。何回同じことをすれば気が済むのだろうか。


「どうした? 後輩ちゃん?」


「い、今は私のこと見ないでください」


「じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


「先輩のバカ!」


 後輩ちゃんの顔が隠れてしまった。恥ずかしがる後輩ちゃんも可愛い。でも、そろそろ俺も限界だ。体が熱くて火が出そうだ。

 これから俺は高校一年生を繰り返す。お隣の後輩ちゃんに今まで以上に振り回されそうだ。

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