1章 求めていた

1章 1

 玄関先で大きく背を伸ばし少女は、水無月留美は今日も元気よく登校する。

 制服の身だしなみをチェックして、腕時計を確認して

「よし、予定通り」

 急ぐ必要もないのでゆっくりと進み出す。


 空は快晴。夏まではもうちょっとあるが気温は暖かい。あくびも出てしまう。だらしなくゆがんだ口元を慌てて手で覆い隠してから、誰にも見られていないかと辺りを確認して、ほっと胸をなで下ろす。


 私立神楽中学校。それがこれから彼女が向かっている中学校。

 ほぼ隣り合わせで神楽小学校があるので、この辺りの子供はそのまま神楽中学校へと進学する。なので中学生はもちろん

「おはよー」

「うん、おはよ」

 顔なじみの小学生からも挨拶をされて、笑顔でそれに答える。


 中学生活も2年目が始まって一ヶ月ちょっと。もうちょっとお姉さんの雰囲気を纏おうと、続けて挨拶してきた小学生への挨拶を気取ってみたが、笑われて水無月は子供っぽく頬を膨らませた。

「はぁ。もうちょっと大人っぽくならないかな」

 ため息を吐きつつ自分の胸元を見下ろす。ほとんど高低差のない胸元を。


 中学校の校舎が近づくに連れて、小学生の姿は殆ど見られなくなり周りは中学生だらけ。知っている顔はいないものかと見回してみるが、タイミング悪く知った顔はなかった。校門を通って校舎へと足を踏み入れる。昇降口で靴を脱いで上履きに履き替えて廊下をぺたぺたと歩き出す。


 校舎に辿り着く前に友達に出会えれば、教室へと向かうこの時間をおしゃべりに消費することができるのだが、今日は一人窓の外の中庭の景色を見ながら進んでいく。

 階段を登って2階の自分のクラス前まで辿り着く。半開きだったドアに手をかけて

「おはよう!」

 今日も水無月留美の学校生活が始まった。


 水無月留美は全てにおいて平均的なパラメーターを持っていた。特別勉強ができるわけではないが、赤点をとってしまうほど悪いことはない。交友関係には恵まれていたが、彼女自身が好意を持っている異性は今のところいない。

 顔の評価は自分ではつけ辛かったが、友達には『留美ってさ、甘えてほしそうな可愛さがあるよね』と評されていた。お世辞であっても嬉しくて、思い出すたびにニンマリと笑みがこぼれてしまう。授業中にまた思い出し笑みを浮かべてしまって、運悪くそこを担任の教師に見つけられて名指しされてしまうが、いま教科書のどこのあたりを読んでいたかわからないので素直に謝った。


 特別運動や文化系のスキルがあるわけでもなく、無いなら無いなりで楽しんでみたい部活もなく、放課後になると帰宅部所属の彼女はただ帰るだけ。

 同じ帰宅部の友達と長時間話し合う時もある。たわいない話を続けて、笑い合って、先生に見つかって教室を追い出されて仕方なく帰路につく。

 そんな、平凡だけど楽しい日常が続いていた。


 彼女もそんな日常を楽しく感じていた。

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