#05 決意


 久しぶりに母さんと一緒に夕ご飯を食べた。今まではDOM内に入り浸って、夕食を一緒にするなんてことは無くなっていたので母さんは驚いていた。


「あんた、一緒にご飯食べるなんて珍しいと思ったら、なんて顔してんのよ」


「そう? いつも通りだよ」


 なんて作り笑いをしてみせるけれど、そんなの母さんには見破られていただろう。鏡を見みれば今の俺はきっと酷い顔しているんだろうな。


 なるべく自然を装いたかったけれど、どうしても食事が喉を通らない。無理やり飲み込んだら逆流しそうになって。水を飲んで押し込む。こんな調子なのだから当然食事は残してしまった。気持ちが悪い。


 母さんは心配そうな顔で俺を見ていたけれど、ゲームで知り合った彼女が寝取られ、ギルドを追放、アカウント凍結された、なんて言ったところでアナログ人間の母さんに意味が通じるはずもないし、第一こんなこと恥ずかしくて言えるはずがない。



 再び部屋に戻ると、無理だって分かっていてもVRヘッドギアを装着してDOMにログインが出来ないか試してしまう。それでも表示されるのは黒い画面に並ぶ白い文字。


【このアカウントは凍結されているため、ログインすることが出来ません】


 嗚呼、何もやる気が出ない。文字通り心にぽっかりと穴が空いているような気分だ。じゃあ、この空いてしまった穴はどうやって塞げばいいのだろう。他の人なら熱中できる何かを見つけたり、時間経てば解決してくれるなんて言うのかもしれないけれど、今の俺にとってはそんなの信じられないほどに心はズタズタだ。


 アリサがフィロソフィとか言うおっさんに抱かれているイメージが浮かぶ。


「気持ち悪い……」


 悪心を起こした俺はトイレに駆け込む。


 悔しい。どうしてあんな奴にアリサは取られてしまったんだ。一体俺の何が悪かったんだ。なんて何度も自分の胸に問いかけても答えは出てこない。人間不信になってしまいそうだよ。


 出すものを出してしまうと気分が落ち着いてきたので、部屋に戻ることにした。


「俺、失恋しちゃったなぁ……」


 改めて言葉に出してみると、現実味が一層増して涙が溢れてくる。失恋で泣く男なんて女々しいって馬鹿にしていたけれど、何だよコレ。結構きついじゃねえか。



「学校に遅刻するよー! 早く起きなさい!」


 一階から響く母さんの声で目を覚ます。


 気が付いたら俺は部屋でそのまま眠ってしまっていたようだ。夜を過ごした記憶がないからなんだか損した気分になる。


「ああ憂鬱だ。学校に行きたくねぇ」


 そう思いながら無理やり体を起こしてみると、自然といつもの朝と同じ動作をするよう頭が切り替わった。大丈夫。あとは惰性でなんとかなるだろう。


 どんなにダルくても学校だけは休んだことが無い、それだけが俺の人生の誇りだった。


 まあ、その学校の過ごし方は決して誇れるものではないけどね。


 俺にとって学校は充電期間のようなものだった。授業中は板書が終わると残りは睡眠に使っていたし、休み時間も、友達と話すことはせず、一人突っ伏して眠っていた。これだけ寝溜めしておけば、家に帰ってから快適にDOMを遊ぶことが出来る。


 周りになんと言われようと、DOMの中では俺は人気者なんだ。もう1つの世界での何を言われても俺は気にしない。家に帰ればあんなに楽しいDOMの世界が待っている。そう思えば学校なんて簡単に乗り越えられた。



 だが、そんなDOMはもう出来ない。それでも習慣というのは抜けずに今日も学校は寝て過ごしたんだ。寝るのはいい。嫌なことを考えなくてもいいのだもの。


 いつものように帰りのホームルームが終わると真っ直ぐ家に帰る俺。


 DOMはアカウントが凍結されているので早く帰ってきてもすることがないのにな。ベッドに横になってスマホで時間で時間を潰すか。


「DOM アカウント凍結 解除方法っと……」


 自分でも未練タラタラだなあって思う。ついDOMのことを調べてしまうが、やはり解除方法は見つからなかった。分かったのは、アカウントはVRヘッドセットに紐づけされているらしく、凍結されたらそのVRヘッドセットでそのキャラのデータを消して最初から始めることも出来ないらしい。


「俺はRMTなんかやってないってのに酷いな」


 再び理不尽な垢BANに腹が立ってきた。ただBANされただけならここまで落ち込むこともないのだが。


 昨日の出来事を反芻してみる。本当に最悪な日だった。あのフィロソフィってやつ、俺の彼女を奪うだけでなくギルドまで追放しやがって。


 思い出したら怒りだけじゃなくて、胸が締め付けられるような哀しい気持ちになってくる。あまり思い出すもんじゃないな……。


 いや、待てよ……。あることが引っかかるな。


「どうして俺が垢BANされる前に、フィロソフィはRMTをしたということを知っていたんだ? 薬草が999万ヴィルで落札されたことは誰にも話していないのに……」


 ギルドを追放するためのデタラメにしてはタイミングが良すぎるような気がする。俺は椅子に座り、再びスマホを手に持つ。


 試しにRMT販売サイトにアクセスしてみることにした。案の定DOMの通貨販売も行われている。テキトーな金額を入力し、進めてみると、受け取り方法を選択する画面に移った。


『受け取り方法:冒険者マーケットでの通貨の受け渡し』


 さらに画面を進めてみる。


『出品してあるアイテム名と金額。そして受け渡しをする出品者名と出品番号を入力してください。』


 思った通りだ。


 もし、フィロソフィがRMT業者に俺の薬草を999万ヴィルで落札するよう頼んでいたとしたら……?


「これなら全てが繋がるんじゃないのか?」


 間違いない。フィロソフィはRMT業者からゲーム内通貨を買ったんだ。その通貨の受け取り方法としてRMT業者に冒険者マーケットで俺の出品した薬草を購入させる。一見フィロソフィに得は無いが、俺に汚れたRMTの金を握らせることが出来る。これらは俺を垢BANさせるために仕組んだ罠だったんだ。


 俺はフィロソフィに嵌められた。疑惑が確信に変わった瞬間だった。


 そう考えると余計悔しくなってくる。俺はアイツに何もかもやられっぱなしじゃないか。


 このまま終わっていいのかよ……。


 何もかも、アイツの思うまま。敗北者のまま終わっていいのか?


「……いや、俺はこのままじゃ終わらない」


 どんなに時間が掛かろうと、絶対に復讐してやる。


 待っていろよ。今度はお前の人生を終わらせてやるよ。


 密かにそう決意した。

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